前回のコラムで、次の金融危機の引き金になると申し上げた「レバレッジ倍率5倍組」、その正体は平均的なアメリカの住宅保有者です。

リーマン・ショックの半年前、2008年3月に証券会社ベアスターンが実質破綻するまで、アメリカの適格住宅ローンは、自己資金が20%、ローン上限金額417,000ドル、一定以上のローン支払い能力というのが要件でした(但し自己資金は3%以上であれば一応、要件を満たすとされていました)。自己資金が20%以下、という事は1÷20%=5で、レバレッジ5倍以上です。これが平均的なアメリカの住宅保有者の姿です。

便宜的に、417,000ドルを4000万円に置き換えて考えてみましょう。自己資金1000万円を拠出し、銀行から4000万円を借りて5000万円の住宅を購入したとします。アメリカ主要都市の住宅価格動向を表すケース・シラー住宅指数は最新の数字で前年同月比17%下落していますから、前年の同時期に5000万円で購入した住宅は「平均で」4150万円にまで値下がりしています。「平均で」4150万円ですから、中にはもっと価値が下がっている住宅もあれば、そこまで下がっていない住宅もあるという事です。

一方で住宅ローンを借りて1年しか経っていないという事は、元本はまだ殆ど返済していないでしょうから、ほぼ4000万円そのままでしょう。もし今、この住宅を4150万円で売って住宅ローンを返済したら、当初1000万円拠出した自己資金の部分は150万円しか残りません。恐らくその150万円の中から住宅売却に伴う様々な手数料や税金を負担しなければなりませんから、既に自己資金はほぼ消えてしまっている計算になります。

自己資金がほぼ消えただけならまだマシな方かもしれません。中には、例えば3500万円に値下がりしてしまっている住宅もあるでしょう。このような住宅をもし今売却しても、4000万円残っている住宅ローンは完済できない事になります。このような住宅ローンはUnderwater(水面下)ローンと呼ばれます。この例では住宅ローンの4000万円が「水面」で、住宅価格がそれ以下に値下がりしてしまっているという事です。先日ドイツ銀行が発表したレポートによると、このようなUnderwaterローンは2011年までに住宅ローン全体の48%に上ると言われています。ちなみにアメリカでは、住宅保有者の約7割が住宅ローンを保有しています。私がこの「レバレッジ倍率5倍組」が来年以降、大きな問題となると考えている理由は以下の通りです。

アメリカでは半数強の州で住宅ローンは「ノンリコース」(担保を超える返済義務を負わない)です(たまに日本の評論家の方で、アメリカの住宅ローンは全てノンリコース、というような言い方をされる方がいますが、それは誤りです)。それではノンリコースによってどういう事が起こるのでしょうか?

通常、住宅ローンのデフォルト(債務不履行)は、住宅ローン保有者の所得減少、失業など、返済しようにも出来なくなる場合に起こるものです。しかし住宅ローンがUnderwaterと分かった場合に人々はどのような行動を取るでしょうか?現在4000万円の住宅ローンを抱えているが、隣で同様の住宅が3500万円で売っています。すると、銀行に対する信用さえ気にしなければ、住宅ローンの返済を止め、今住んでいる住宅を銀行に差出し、隣の住宅を買うなり借りるなりした方が有利という状態になります。即ち、住宅ローンはUnderwaterになった瞬間、これまでには居なかった「銀行に住宅を渡した方が得」という層が急増してしまうのです。言うまでもなく、銀行が住宅を持つとロクな事はありません。差し押さえにかかる弁護士、裁判所の費用や、売れるまでの住宅の管理費や固定資産税、空き家の場合は傷みが激しく空き巣に入らる事もしばしばです。この結果、住宅の価値もローンの価値も更に下がってしまうのです。

アメリカで住宅金融が現在の、政府系住宅金融機関を柱とするシステムになってから、平均住宅価格が前年比10%以上下落するのは初めての事です。しかも今回は大半の住宅ローンがUnderwaterとなりかねない、20%の下落に近付いてきています。アメリカは今後急増すると見られる、「銀行に住宅を渡した方が得」という人達と対峙しなければならないという、大きな爆弾を抱えているのです。

(2009年8月12日記)