昨年7月12日大阪での楽天証券セミナーで申し上げた通り、株式相場を見ている我々にとっては、自動車大手GMやクライスラーの破綻は時間の問題でした。しかし延命措置に次ぐ延命措置が採られた挙句、ようやくクライスラーが破産法を申請したのは先月末でした。GMも6月1日の期限をもって破産法を申請する可能性が高いでしょう。この間、財務的には到底続きそうにないところ、株主は蚊帳の外で、専ら債権者とUAWが交渉を続けるという、実質的には破産法申請後の債権者集会の姿でした。政府も、債権者も、UAWも、誰もアメリカの一つの象徴と言える自動車大手破綻のスケープゴートになりたくないがための延命措置でしたが、ようやくオバマ大統領がその役割を担った事で一件落着したかに見えます。しかしその処理は、アメリカの資本市場にとって致命傷となりかねない方法が採られたと考えざるを得ません。
政府に定められた3月末の再建案提出期限の時点でも、銀行団を含むクライスラーの有担保債権者は、一部でも貸付金が焦げ付く可能性は想定していなかったでしょう。何故なら通常の破産法申請は債権者を守るためのものであり、特に有担保債権者はいざとなれば担保を差し押さえれば貸付金は回収できるからです。しかしオバマ政権の自動車担当チームはUAWと提携先のフィアットの持分を確保するため、銀行団に対していきなり85%の債権カットを要求してきたのです。
政府は、もしクライスラーが清算されれば、有担保債権者には30%弱しか戻ってこないとの試算を出していました。銀行団は工場や設備などを担保に貸出をしていましたが、それはクライスラーが操業している事を前提に工場や設備の担保価値を計算していたのであり、クライスラーが廃業となった際の工場や設備に殆ど価値はありません。政府はこの、クライスラーが廃業となった際の担保価値をもって有担保債権者に債権カットを迫ってきたのです。銀行団の殆どはTARP(不良資産買取プログラム)の下、公的資金を受けていて、政府の方針に逆らえる立場ではありません。結局、頑なな姿勢の政府から殆ど譲歩を引き出す事もできないまま、UAW55%、フィアット35%、有担保債権者10%という持分が決まってしまったのです。
破産法申請直後から、「Non TARP(公的資金を受けていない)有担保債権者」の団体から訴訟が起こりました。公的資金を受けている銀行団が過半数を占めている事によって上記持分が決められ「Non TARP有担保債権者」の権利が著しく失われた、と。その通りだと思います。確かにクライスラーが廃業となれば担保価値は大幅に毀損するとはいえ、破産後に主導権を握れる立場にある有担保債権者が10%しかもらえず、一方でUAWとフィアットが残りの90%もの持分を与えられているのは明らかに不公平です。途中から政府が介入して債権者の権利が侵され、公的資金という「リベート」によって銀行団を黙らせる今回のやり方は、公的資金も受けていない、他の有担保債権者にとって不当以外の何物でもありません。 しかし今回の金融危機でアメリカ国民はウォール街に対して感情的になっており、「Non TARP有担保債権者」の言い分を聞き入れる耳は持っていません。結局先々週「Non TARP有担保債権者」は、やむなく訴訟を取り下げるに至りました。
お金を貸しても政府の介入が入れば返って来ないかもしれない、と思えば誰もお金を貸さなくなるでしょう。そして「Non TARP有担保債権者」のように、黙って資本市場から去っていく事になるでしょう。オバマ政権としては、69億ドルあったクライスラーの有担保債権を大幅にカットして成果を上げたと思っているかもしれません。しかし、世界一の金融市場であるアメリカでこのような事が起こった事が世界の投資家の脳裏に焼き付けば、アメリカは政府も企業も有利に資金を集める事ができなくなります。結局69億ドルの何百倍もの損害となって返ってくる事になるでしょう。木を見て森を見ない処理方法が採られてしまったという事です。
オバマ政権は6月1日の期限に向けて、GMに対しても同様の条件を債権者に迫っています。クライスラーの債権者が46組であったのに対して、GMの債権者は数千組に上っています。GMの債権者が同様の扱いを受けるとなれば、問題は深刻化しそうです。
(2009年5月21日記)