昨年の7月、SEC(米証券取引委員会)は空売りに関する規制を緩和しました。具体的には、空売りをできるのは株価上昇時のみ、としていたアップティック・ルールを廃止し、株価下落時にも空売りできるようにしたのです。ちなみに2002年、日本は全く逆の空売り規制を導入しています。
さてこのアップティック・ルール廃止は株式市場における取引のルール変更の話であり、本来それ自体がビジネスの価値に大きく影響を与えるものではありません。しかし、重要な資金調達市場である株式市場での株価の変化は間接的にビジネスにも影響を与える事になります。それは以下のような経路を辿ります。
- 以前よりも空売りがしやすくなった事によって、ビジネスの価値とは関係のない水準にまで売り込まれる可能性が高まる
- 割安な水準にまで売り込まれた株式には買いが入り、今度は急速に株価が回復する
- このような形で、アップティック・ルール廃止前よりも株価の変動が激しくなる
- 投資家は変動の大きい株を「リスクが高い」と捉えるため、リスクプレミアムが上昇する
- リスクプレミアム上昇を受けて株価が下落する
- 株価下落によって資金調達コストが上昇する、又は資金調達が困難になる
それでは実際の市場に与えた影響を見てみましょう。このチャートはシカゴで取引されているS&P500指数の変動率の推移を示したものです。
それまで概ね15以下で推移していた変動率指数は、2007年7月を境に20-30での推移に変わっており、明らかにアップティック・ルール廃止の影響が出ている事が分かります。このうち、どれだけがクレジット市場の混乱による上昇であったかを計る事は困難です。しかし、空売りが容易になった事で、クレジット市場悪化の影響をいち早く株式相場に反映させる役割を果たした事は確かでしょう。
アップティック・ルール廃止にはこのように、情報をいち早く市場に反映させ、市場を効率的にできるという利点があります。一方で、ベアスターンズの実質的破綻の際に問題になったように、ベア・レイド(悪材料の噂を流しながら空売りを進める)が容易になったのも事実です。実際SECもアップティック・ルール廃止に際し、このような不正行為の摘発に全力を挙げるとしています。しかし実際の所、「全力を挙げ」たところで限界があるのは明らかです。変動率の推移を見る限り、明らかに市場はそのようなリスクをも織り込みつつあります。
今年3月、このようなルール変更に対抗するルール変更がなされました。それは連銀による、大手証券会社を含むプライムディーラーに対する直接貸出です。これにより、ベア・レイド→金融機関破綻→金融システム危機という仕掛けは難しくなりました。しかし、連銀による直接貸出は金融危機を回避するための緊急手段であり、早ければ半年後にも解除される可能性があります。ルール変更VSルール変更の行方に目を光らせておくにこした事はありません。