1957(昭和32)年9月20日
観測衛星搭載の国産ロケット発射に成功
1957(昭和32)年9月20日、東大の研究開発チームが秋田県岩城町(現・由利本荘市)から打ち上げたロケット「K-4型」が大空に吸い込まれていきました。本格的な宇宙観測衛星を搭載した初の国産ロケットです。
ロケットの打ち上げを主導したのは、東大生産技術研究所の糸川英夫博士。日本のロケット工学の父と呼ばれる人物です。
糸川博士は1955年、「ペンシルロケット」と呼ばれた超小型ロケットの試射に成功。その後、実験を重ねるたびに機体を大型化。燃料や発射台、制御システムなどの改良も急ピッチで進み、1957年に全長約6メートル、重量378キロの「K-4型」ロケット打ち上げに成功しました。
「K-4型」ロケットは高度45,000メートルに到達。地球で積み込んだガイガーカウンターで宇宙空間の放射線量を計測しました。
秋田県のロケット発射場は1962年5月まで利用され、79機の実験が行われました。現在、日本海に面した実験場跡地にひっそりと記念碑が建っています。