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著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「米大統領選まで2カ月。サリバン訪中から見る米中対立と台湾有事の行方」
サリバン大統領補佐官が初の訪中
私はしばしば、日本の経済や安全保障に実質的な影響を与え得る「最大のマクロ」は、「米中対立×台湾有事×中国経済」という三角形だという表現をします。この3要素が相互に作用しながら、アジア太平洋地域で生きる日本の平和や繁栄に切実な影響をもたらす、この三角形の動向次第で、日本の安定感と繁栄感が左右され得るという意味です。
米中対立が激化すれば、地政学や経済安全保障といった分野で巻き込まれる可能性が高くなり、かつ台湾有事が緊迫化する確率も高まる。(米中が「接近」した場合の不確定要素はここでは議論しません)
そうなれば中国が台湾海峡で武力行使をする、その過程で米中が軍事衝突をすれば、世界経済はもちろんのこと、中国経済も外資が撤退したり、金融制裁に遭ったり、国際的に孤立したりして、打撃を受ける。そしてこれらの事象やプロセスは、日本の経済や安全に予測不能な影響を与えるでしょう。株式市場も蚊帳の外にはいられません。
本稿では、この三角形の動向を象徴するような話題を扱いたいと思います。
8月27~29日、米国のジェイク・サリバン国家安全保障担当大統領補佐官が中国を訪問し、カウンターパートである王毅(ワン・イー)政治局委員兼中央外事工作委員会弁公室主任、および習近平(シー・ジンピン)国家主席、張又侠(ジャン・ヨウシア)中央軍事委員会副主席と会談をしました。
外交のトップ、党と国家のトップ、制服組軍人のトップ(習近平氏は中央軍事委員会主席ですが文官)という「三役」が出てくるというのは異例で、中国側が戦略レベルでサリバン補佐官の初訪中を重視し、対応していたのがうかがえます。
米中ハイレベル協議の制度化は日本にとってグッドニュース
今回のサリバン氏訪中は王毅氏との米中戦略対話の開催という名目で行われました。それぞれ国家主席と大統領を外交や安全保障といった分野で支える右腕としてのキーマンが、両国間に横たわるクリティカルな問題を率直に議論することで、両国関係の安定化を図ろうという試みです。危機管理や首脳会談に向けての準備といった意味合いも含まれます。
11時間に及んだ両者の会談では、違法合成麻薬や不法移民への対処、AI(人工知能)や気候変動を巡る協力、軍同士の対話メカニズムの構築、そして次回首脳会談の実現に向けた計画などが議題に上がりました。
会談後、両国政府が発表したプレスリリースでは「二国間、地域、および世界的な問題について、率直で実質的、建設的な議論を行った」と書かれています。外交や安全保障を統括するトップ同士が、互いの思惑や意図を、探り合いや駆け引きを伴いつつも、率直にぶつけ合うのは、特に米中のような大国間関係を管理していく上で極めて重要です。
昨今、米中間では外交、通商、気候変動、公安、人工知能、軍事などあらゆる分野でのハイレベル対話・協議が定期的に開催されています。ある程度「制度化」されているということです。
この現状は、米中関係の安定にとって非常に重要で、米中二大国に挟まれている立場にいる日本にとってもグッドニュースだと思います。米中が対立する、あるいは対話する、それぞれの局面で日本が受けるメリットとデメリットがあると思いますが、総じていえば、米中が状況次第では軍事衝突も辞さないような対立局面にあるよりは、競争しつつも対話を重ねている局面のほうが、日本にとってのリスク要因は低減されるというのが私の見方です。
中国経済という観点から見ても、習近平政権が米国との関係を安定的に管理している局面のほうが、国内外を問わず、市場関係者にとっての安心材料になるでしょう。
その意味で、今回のサリバン訪中は日本を取り巻く「最大のマクロ」という観点からしても、リスク要因が低減されたという意味で、日本にとってグッドニュースだと分析できます。
米大統領選後を見据える中国と台湾有事の行方
台湾問題についても突っ込んだ議論が行われました。中国側は、台湾問題は核心的利益であり、越えてはならないレッドラインだという従来の主張をサリバン氏に要請しました。サリバン氏も、米国側は「台湾独立」や「二つの中国」、「一中一台」を支持しないという従来の立場を伝えています。
言うまでもなく、このやり取りを持って、米中関係にとっての台湾問題が解決したわけでは決してありません。「一つの中国」を巡っても、中国側は「原則」と言っているのに対し、米国側は「政策」としか言いません。米国は台湾への武器売却を続けますし、議員や高官が台湾側と接触、交流する局面も止まらないでしょう。中国はそのたびに反発し、報復措置を取るでしょう。米国と台湾の動き次第では、中国が武力行使に出る可能性は全く否定できません。その意味で、台湾問題は引き続き米中関係にとっての最大のリスクだと言えます。
ただ、仮に表面的、形式的だったとしても、米中がこの問題を巡って対話をし、互いに譲れないこと、歩み寄れることを話し、詰めるプロセスには価値があるということです。米中が競争する、攻防を繰り広げることは避けられません。大国間関係というのはいつの時代もそういうものです。ただ、競争が衝突にならないように、攻防が戦争にならないように、そのための対話と協議は続けていこうということです。その点で、米中の思惑は一定程度嚙み合っている、というのが私の見方です。
今回のサリバン訪中は、米大統領選まで残り2カ月というタイミングで実行されました。言い換えれば、半年以内にバイデン政権はなくなるわけです。サリバン氏の処遇も分かりません。そんな中なぜ「初」の訪中に踏み切ったのか。
前述した「米中関係を安定的に管理するための戦略対話」というのは当然目的の一つですが、もう一つ、大統領選を見据えた両国現政権間の「打ち合わせ」という動機も作用していたと私は見ています。
端的に言えば、サリバン氏は「仮にハリス候補が勝った場合、対中政策はバイデン政権を基本的に踏襲する」という立場を、中国側は「中国の対米政策には安定性と連関性があり、バイデン氏からハリス氏に大統領が変わっても(もっと言えば、トランプ政権になっても)、やることは同じだ」という立場を伝えあったのでしょう。
私も、習近平政権は米国にもはや幻想は抱いていないですし、民主党政権でも共和党政権でも競争、場合によっては対立すら避けられないと見ていると思います。ただ、相手がハリス氏かトランプ氏かによって、戦略は変わらなくても、戦術は微妙に調整してくるでしょう。ハリス氏の場合現政権との連続性が、トランプ氏の場合は不確実性が高まるということです。
今回、中国がサリバン氏を自国に迎え入れた背景に、大統領選後の対米関係に対してより綿密に備えるという目的があったということでしょう。