銘柄選択のヒント

 前回は一時的なPBR(株価純資産倍率)向上策になりうる、自社株買いや配当増銘柄を狙うのでなく、長期的にPBR向上=企業価値向上を狙う銘柄を選ぼうという提言をさせてもらいました。しかし、言うのは簡単ですが、選択は難しいものです。そこで、今回はファイナンス分野の最新研究を参考にしながら、マクロ視点とミクロ視点から銘柄選択のヒントを考察していきます。

なぜ日本の上場企業は低PBR銘柄が多いのか?:マクロ視点

 2023年に東証が発表した資料(*1)では、主要企業におけるPBR1倍割れ企業の割合は43%と報告しています。一方で米国は5%、欧州は23%となっており、その割合の高さが目立ちます。なぜ、このような事態になっているかについて、日本の上場企業の生産性が低い、株主還元策が不十分などの意見が散見されます。たしかに、こうした批判は当てはまるかもしれません。しかし、そもそもの日本の上場企業における構造的要因の影響を指摘する、宮川壽夫教授による国内研究(*2)が存在します。

 この研究では、全上場企業を対象に検証を行っています。1980~90年代前半までは、PBR1倍割れ企業はほとんど存在していないのに、1990年後半からは半数近くかそれ以上の企業が恒常的にPBR1倍未満に陥っていることを報告しています。さらに、驚くべきことに、日経平均株価はこの10年間で約3倍に上昇しているにもかかわらず、全上場企業を対象にした平均PBRはほぼ上昇していないのです(!)。下記の式からも分かるように、株価が3倍も上昇していれば、本来はPBRも上昇しやすいはずなのです。

 PBR=株価/純資産

 では、なぜPBRは上昇していないのか? 当然ですが、分母の純資産がそれだけ急増していることが考えられます。宮川教授は、「純資産の増加要因には利益剰余金の蓄積もあるだろうが、為替換算調整勘定の資本化を考慮しないわけにいかないだろう。特に直近の10年間は円安が進み、日本企業が保有する海外資産が、株高、円安で純資産を膨らませている可能性が大きい」と指摘しています。つまり、この10年間で日本の上場企業の海外戦略が急速に進んだことで、海外資産の増加と円安による影響で、純資産が膨らみやすくなっているということです。

 人口減少と少子高齢化も重なり、国内GDP(国内総生産)の縮小は続いてもおかしくない状態です。IMF(国際通貨基金)は、円安の影響もあり国内GDP評価が下がり、世界ランキング4位に転落する可能性を指摘しています。この状況では、上場企業といった大企業が海外進出をより加速度的に進める可能性は高いでしょう。となれば、海外ビジネスを行う上場企業は構造的に低PBRに収まりやすいことが続くと考えられます。であれば、PBR指標がどうなるかを考えるには、投資家としては為替トレンド、つまり円安トレンドがどう変化するかも見る必要があるでしょう。

 今年は、米国の金融政策は利下げ方向に行くのではと期待されている一方で、日本は金融緩和を縮小させていくと予想されています。経済学には政治的景気循環という考え方があります。これは、選挙前に与党が財政政策によるバラマキや、中央銀行に金融緩和を求めるように圧力をかけることで、景気が動くという考え方です。ファイナンス分野の一部の研究では、米国大統領選挙前には、FRB(米連邦準備制度理事会)が金融緩和寄りになりやすいことがデータ分析により指摘されています。となれば、11月の米国大統領選挙を巡り、米ドルが売られやすくなり、円高に振れやすくなるのか…注目です。

PBR向上が期待できる企業戦略とは?:ミクロ視点

 一方で、PBR向上が長期的に上昇しやすい銘柄の判断には、資産を効率的に企業価値向上に生かしているかどうかです。最近の研究(*3)では、PBRにはESG経営の評価が反映されるという指摘をしています。ただし、本業を逸脱するようなESG経営はむしろ企業価値を損なわせると報告する研究(*4)も存在しますし、投資先企業のESG経営の詳細な中身を知るのは難しいです。そこで、おすすめしたいのが、まずはESG経営に関する開示をしっかり行っているか、中身が空っぽでないかの確認をして、その企業のESG経営の取り組み度合いを知ろうということです。

 例えば、まずはESG経営関連のS項目情報が詰まった人的資本開示において、ぞんざいな開示になっていないか。具体的には、政府から開示要請をされている数値について、低いことについて詳細な解決策が発表されているか、開き直っているかなどです。ESG経営のE項目は、CO2排出量が業界で濃淡があるので、取り組みも業界によって違いがあるのは当然です。しかし、S項目は株主価値に直結しやすい従業員に関するものであり、ここを軽視している企業が長期的にPBRを上げてくれるのか、投資家としても注視する必要は強まっていくでしょう。

 さて、私も2024年は改めて社会に対して何ができるか、人だからこその価値を見つめていきたいです。

(*1)金融庁 第24回 金融審議会市場制度ワーキング・グループにおける資料3より
(*2)宮川 壽夫著『長期データから見る 日本企業の資本効率と株主価値との関係』月刊資本市場2023年8月号より
(*3)柳良平著『ESGの「見えざる価値」を企業価値につなげる方法』,ハーバード・ビジネス・レビュー2021年1月号「ESG経営の実践」より
(*4)Friede, G., Busch, T., Bassen, A., 2015. ESG and financial performance: aggregated evidence from more than 2000 empirical studies. J. Sustain. Fin. Investment 5 (4), 210-233.

<執筆者紹介>

崔 真淑氏
エコノミスト(MBA in Finance):研究分野は、コーポレート・ファイナンス。一橋大学院大学院博士後期課程在籍。
株式会社グッド・ニュースアンドカンパニーズ代表取締役、株式会社カオナビ社外取締役。
学術的エビデンスを軸に、企業に対してファイナンスやガバナンスに関するアドバイスを行う。
同時に、メディアで経済・資本市場を解説。主な出演番組は、テレビ朝日『サンデーステーション』、フジテレビ『Live News α』、テレビ東京『昼サテ』、日経CNBCなど。
最近の研究では、山田和郎博士と「Does Passive Ownership Affect Corporate Governance? Evidence from the Bank of Japan’s ETF Purchasing Program」を執筆。

<書籍>投資一年目のための経済と政治のニュースが面白いほどわかる本

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