ダイバーシティ経営とは?
「ダイバーシティ経営」という言葉を頻繁に聞くようになりました。
経済産業省では、「多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」と定義しています。
ここでの「多様」とは、能力・人種・国籍・ジェンダーなどにおいて、異なる特徴・特性を持つ人がともに同じ企業内に存在することを指します。特に、日本で課題として認識されているのは、企業内ジェンダーの多様性です。
令和4年7月、世界経済フォーラムが「グローバル・ジェンダー・ギャップ報告書2022(The Global Gender Gap Report 2022)」を発表しました。ここでは、毎年、世界各国における「経済」、「政治」、「教育」、「健康」において、男女平等度合いを測る「ジェンダーギャップ指数ランキング」を算出しています。日本は、146カ国中116位と男女の平等度合いは低いと見なされる順位でした。
ランキングを低下させた大きな要因は「経済」の項目です。「所得の男女平等」や「管理職における男女平等」が極めて低い評価だったのです。
そうした背景から、日本では女性の管理職比率や役員比率を向上させると政府も躍起になっています。そして上場企業ではESG経営における「S」を向上させようと女性役員・管理職の積極登用が加速しています。
女性役員・管理職の積極登用に対する懐疑的な見方
しかし、投資家の立場からは「女性役員や女性管理職が増えることで、企業価値も株価も上がってくれるならいいけど…本当に、そんな好影響ばかり期待できるの?」という懐疑的な見方があります。例えば、「女性役員や管理職を増やしたから企業業績が改善した、ではなくて、企業業績にゆとりがあるから女性役員や女性管理職を増やしただけではないの?」という批判です。実は、ファイナンス分野の学術研究では、こうした問題に対処した実証論文が多数報告されています。
女性役員の積極登用で「株売り」となりやすいケース
日本では女性役員・管理職の登用は企業の自助努力に任せられています。しかし、欧州や米国の一部の国・州では登用義務化されている地域もあります。ノルウェーでは2008年から上場企業に対して女性取締役比率40%を義務付けました。ジェンダーダイバーシティの視点からは喜ばしいことに見えますが、企業経営においては大きな変化となりました。
理由は、女性取締役比率が0%だった企業は、取締役の40%を交代させるか、取締役の人数を大幅に増やす必要があるからです。取締役会は企業経営の最高意思決定機関であり、あまりに大きすぎる変化は意思決定が歪む可能性すらはらんでいるのです。
この時、株価はどういう反応をしたかについて、因果関係の問題に丁寧に対応した有名な研究があります(*1)。
ここでは、女性取締役登用義務化が始まる前に、女性取締役比率が低かった企業ほど、株価が下落する傾向と報告しています。理由は、多くの投資家は取締役会での意思決定が大きく歪むことを懸念し、先回りして株売りをしていたようです。
日本でもいつか来るかもしれない、女性取締役登用の義務化政策が行われた場合、女性取締役比率0%などジェンダー経営に関心のない企業には容赦無く売りが出る可能性があります。
ぜひとも、今の投資先企業や投資候補企業の「ジェンダー経営に対する度合い(向き合う姿勢)」にも関心を持ってください。
企業のホームページで、ダイバーシティに関する記述や女性取締役がいるかどうかをチェックしてみてはいかがでしょうか。
女性役員の積極登用で「株買い」となりやすいケース
一方で、女性役員・管理職の積極登用で「株買い」となりやすいケースも実証研究では報告されています。米国の上場企業を対象に行った研究(*2)では、ガバナンスレベルも低く、企業業績も低迷し、取締役が高齢の男性しかいない企業においては、女性取締役という異質な存在が入ることで空気が変わり、ガバナンスも改善され、企業価値も改善し、株価にも好影響が出る可能性を報告しています。
同性ばかりの取締役会では連む傾向があり社外取締役も社長にモノを言えないことが多々あり、こうした高齢男性だけの取締役会を欧米では「Old boys club」と揶揄(やゆ)しています。このような状況に、女性という異質な取締役が入ることでモノが言える空気感への変化が起きているようです。
ここでの示唆は、女性取締役だらけの取締役会でも、モノが言えない空気が醸成されるかもしれないということです。つまり、女性をとにかく登用ではなくて、ダイバーシティが経営意思決定において重要であり、株価形成にも重要ということです。ぜひとも、男性だらけの取締役会を持つ企業に、女性が入ったら、何が起こるかウオッチしてみてください!
*1
Kenneth Ahern and Amy K. Dittmar, “The Changing of the Boards: The Impact on Firm Valuation of Mandated Female Board Representation”, The Quarterly Journal of Economics, 2012, vol. 127, issue 1, 137-197
*2
Renee Adams and Daniel Ferreira, “Women in the boardroom and their impact on governance and performance”, Journal of Financial Economics, 2009, vol. 94, issue 2, 291-309 3
<執筆者紹介>
崔 真淑氏
エコノミスト(MBA in Finance):研究分野は、コーポレート・ファイナンス。一橋大学院大学院博士後期課程在籍。
株式会社グッド・ニュースアンドカンパニーズ代表取締役、株式会社カオナビ社外取締役。
学術的エビデンスを軸に、企業に対してファイナンスやガバナンスに関するアドバイスを行う。
同時に、メディアで経済・資本市場を解説。主な出演番組は、テレビ朝日『サンデーステーション』、フジテレビ『Live News α』、テレビ東京『昼サテ』、日経CNBCなど。
最近の研究では、山田和郎博士と"Does Passive Ownership Affect Corporate Governance? Evidence from the Bank of Japan’s ETF Purchasing Program"を執筆。
<書籍>投資一年目のための経済と政治のニュースが面白いほどわかる本
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