ESG投資ムーブメントの背景

 経済・投資メディアにおいて、「ESG投資」という言葉を頻繁に目にするようになりました。ESG投資とは、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素に配慮したESG経営を行う企業などに投資することを指します。

 こうした社会的な要素に配慮した取り組みといえば、持続可能な開発目標(SDGs)を連想する人も多いでしょう。SDGsとESGの関係は、前者が持続可能な社会を創るためのゴールであるならば、後者はそのゴールを達成するためのツールです。

 投資にESGの視点を組み入れることに同意した機関投資家は、その投資原則であるPRI(国連責任投資原則)に署名を行います。署名を行う機関投資家は右肩上がりで増えており、2020年時点で、署名した投資家の資産運用残高は合計127兆ドル(約1京2,700兆円)にまで増加しています。これは、金融市場に影響力を持つ機関投資家が、より強くESGに着目して投資スタイルを変えていることを示唆しています。言い換えると、利益は出していても、二酸化炭素排出や人権問題などを考慮しない企業には投資マネーが入りにくくなることを意味しています。

 しかし、なぜこれほどまでに機関投資家がESGを意識するようになったのでしょうか?

 実は、その背景にはニューヨーク大学スターン・スクール・ビジネスのバルーク・レブ教授らの研究結果(*1)が影響していると言われています。教授たちは、この研究で、株価(≒企業価値)を分析するのに財務情報がどの程度有効かについて米国のデータを用いて検証しています。そこには衝撃的な内容が記載されています。1950年代は、株式市場における企業の株価(時価総額)のうち約90%は、損益計算書や貸借対照表などの従来の財務情報で説明できたが、2013年には財務情報による説明力は50%にまで低下している、と報告したのです。株式投資を始めると、まずは財務情報を読めるようになろう等々が言われますが、財務情報を読み解くだけでは、株価予測が年々難しくなりつつあるのです。

 では、何を見て株式投資を行えばよいのでしょうか?

 そこで、注目されているのが、非財務情報であるESGに関する企業情報です。財務情報だけでは投資リターンを上げるのが難しいからこそ、企業のESG情報をくみ取ることが、投資パフォーマンスに直結しやすくなっているのです。つまり、多くの機関投資家は、社会をよくしたいからESG投資を行うだけではなく、投資リターンを上げるためにESG情報取得が必須なのです。だからこそ、PRIに署名する機関投資家も増えているのでしょう。

ESG投資の課題

 しかし、課題もあります。それは、ESG経営への評価軸です。極端な例ですが、利益を出し、脱二酸化炭素に注力して環境(Environment)への取り組みも、社外取締役の設置や情報開示も積極的に行いガバナンス(Governance)にも配慮しているけれど、脱税をしていることで社会(Social)に配慮していない企業は、ESG企業として何点を付けるのが妥当なのでしょうか? また、E・S・Gの全ての項目に配慮しているけれど、全く利益を出しそうにもない企業に対して、お金を投じたい投資家はどれほど存在するでしょう?

 2014年にノーベル経済学賞を受賞したジャン・ティロール教授は著書(*2)で、株主だけでなく企業を取り巻く全てのステークホルダーに配慮した経営は素晴らしいが、評価が非常に曖昧になり難しく、だからこそセカンドベストとして数値として評価しやすい株主利益を意識した経営が浸透してきたことを示唆しています。

 その評価の難しさから、数年前までは、ほとんどの機関投資家がガバナンス(Governance)しか意識していないことも学術研究では指摘されています(*3)。しかし、そのトレンドも変わりつつあります! E・S・Gを一緒くたに評価するのではなく、それぞれ別々に評価して投資をしようという動きができつつあります。例えば、世界的な運用機関ブラックロックでは投資先企業に脱炭素を求めるだけでなく、脱炭素計画だけでなく実行度合いの開示も求めるなど、環境(Environment)を単独で評価するなどを始めています。

ESG投資でパフォーマンスを上げるための2つのコツ

 このようなESG投資ムーブメントの中で、個人投資家はどのように行動すれば良いのでしょうか?

 私は2つの手法を提唱したいです。1つ目は、機関投資家が組成するESGファンド(投資信託)などに組み込まれている企業に対して、どのような基準から評価されているかを理解した上で投資を行うことです。

 先行研究(*4)では、コロナ禍などでも、ESGファンドに組み込まれた企業の株価は相対的に下がりにくかったと報告しています。守りの投資をする上でも、こうした手法は貢献してくれそうです。

 2つ目は、PBR(株価純資産倍率)を意識した投資です。企業のESG経営の頑張りは、PBRに現れやすいとの仮説(*5)が有力視されており、PBR1倍を超えた部分に、財務情報では示されてない、企業経営の強さが織り込まれているとも言われています。

 PBR1倍企業というのは、割安銘柄ということで注目されやすいですが、実はESG経営として評価されていないことを示しているかもしれません。なぜ、PBR1倍を超えているかを、改めて意識する投資戦略がこれからの時代は必要になりそうです。

 次回は、実際にESG投資はもうかるかや、ESG情報を個人投資家が取得するためのコツについても考察予定です!

*1  Baruch Lev, Feng Gu, “The End of Accounting and the Path Forward for Investors and Managers” ,Wiley Finance
*2  Jean Tirole, “The Theory of Corporate Finance” ,Princeton University Press
*3 Wilma de Groot, Jan de Koning, Sebastian van Winkel, "Sustainable Voting Behavior of Asset Managers: Do They Walk the Walk?", SSRN, February 10, 2021
*4 Hidenori Takahashi, Kazuo Yamada, “When the Japanese Stock Market Meets COVID-19: Impact of Ownership, China and US Exposure, and ESG Channels”, SSRN, Apr 17 2020
*5柳良平著『ESGの「見えざる価値」を企業価値につなげる方法」』,ハーバード・ビジネス・レビュー2021年1月号「ESG経営の実践」より

<執筆者紹介>

崔 真淑氏
エコノミスト(MBA in Finance):研究分野は、コーポレート・ファイナンス。一橋大学院大学院博士後期課程在籍。
株式会社グッド・ニュースアンドカンパニーズ代表取締役、株式会社カオナビ社外取締役。
学術的エビデンスを軸に、企業に対してファイナンスやガバナンスに関するアドバイスを行う。
同時に、メディアで経済・資本市場を解説。主な出演番組は、テレビ朝日『サンデーステーション』、フジテレビ『Live News α』、テレビ東京『昼サテ』、日経CNBCなど。
最近の研究では、山田和郎博士と"Does Passive Ownership Affect Corporate Governance? Evidence from the Bank of Japan’s ETF Purchasing Program"を執筆。

<書籍>投資一年目のための経済と政治のニュースが面白いほどわかる本

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