ビジネス面で弱い親会社を持つマイナス

 親会社が子会社よりすぐれたビジネスモデルを持っていれば、それを子会社に導入していくことは容易です。親会社は、子会社の重要な人事や経営方針の決定権を握っているからです。

 ところが、子会社の方が親会社よりすぐれたビジネスを有している場合は、話が別です。親会社が、子会社のビジネスに悪影響を及ぼす懸念が生じます。

 セブン&アイHDは、かつてイトーヨーカ堂を親会社、セブン-イレブン・ジャパンを子会社とする企業でした。それではセブン-イレブン・ジャパンの成長に足かせになる可能性があるため、2005年9月に両社を兄弟会社とする現在のグループ形態に改め、そこからセブン-イレブン・ジャパンの成長が加速しました。

 セブン&アイHDの親会社が、ガソリン販売主体のコンビニに代わることは、セブン-イレブン・ジャパンの成長にとってネガティブに働くリスクがあると思います。

 クシュタールはM&A(買収や合併)を繰り返して、巨大化してきた小売企業です。M&Aで投じたキャッシュを何年で回収するか、重要な経営戦略となるはずです。セブン&アイHDに巨額の資金を投じて買収すれば、その後、セブン&アイHDからのキャッシュ回収を重視する経営になる可能性があります。それが現在のビジネスモデルの維持・成長にネガティブに働く懸念があります。

ルノーと日産自動車のケース

 日産自動車(7201)は、経営危機に陥っていた1999年にルノーから約8,000億円の出資を受け、経営危機を脱しました。最高経営責任者に就任したゴーン氏のもとで1兆円を超えるコストカットを行って財務を立て直しました。

 その後、世界中で販売を拡大し、高収益企業に生まれ変わりました。ただし、経営危機を救ってもらったときにできたルノーを親会社とする経営体制に、その後、長く苦しむことになったと私はみています。

 私は、30年以上前から、日産自動車の決算説明会に出席し、企業価値について分析してきました。ゴーン元会長が経営するようになった1999年以降は、経営説明会でゴーン元会長のプレゼンを何回も聴きました。

 あくまでも私の個人的見解ですが、ゴーン元会長が、日産自動車の株主価値を高めるのに大きな功績があったのは、1999年から2005年まででした。

 2005年にルノーの会長を兼務するようになってからは、少しずつ日産ではなくルノーとフランス政府の方を向いて経営するようになっていったと考えています。そんな元会長に経営の全権を与えてしまったのが、日産自動車の問題と思います。

 ゴーン元会長の発言で、私がよく覚えているのは、「人件費の高い国には投資しない」です。日本ではなく、メキシコなど新興国に積極投資していく戦略を説明するときに出ていた言葉です。それは、日産が生き残るために必要なことだったかもしれません。

 ところが、2005年以降は、人件費が高いフランスに生産を移していく戦略をとっていました。それは、当時聴いた話から考えると、整合性がありません。フランス政府の意向が、ゴーン元会長の経営のかじ取りに影響していた可能性があります。

 ゴーン元会長は、ハイブリッド車を重視せず、EVに全面注力する戦略を打ち出していました。世界的にハイブリッドが見直される流れになっている現在、その戦略は裏目に出ています。

 私は、ルノーと日産のケースを詳細に見てきた経験から、クシュタールがセブン&アイHDの親会社となる提案に、危惧を覚えます。ただし、クシュタールがどのような経営をするか、詳しいことは分かっていませんから、あくまでも私の推測です。また、日産自動車に与えたルノーの影響についても、さまざまな考えが出ていますので、私の見方が必ずしも正しいとは限りません。

クシュタールの次の一手に注目

 クシュタールは、セブン&アイHDが買収拒否を伝えたことを遺憾とし、買収に向けての提案を続けるとしています。

 今後、買収価格をさらに引き上げるのか、合意なきTOBを実施するか、あるいは突然買収断念を発表するのか、全く分かりません。今後の展開をウオッチし、新たな展開があったらまたレポートで私の見解をお伝えします。

 最後に「株トレ」新刊出版のお知らせです。ダイヤモンド社より8月1日に私の新刊が出版されました。

 一問一答形式で、株式投資のファンダメンタルズ分析を学ぶ内容です。

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