今日のレポートは、昨日のレポート「利回り5.2%!高配当だが高リスク『日本製鉄』の投資判断、USスチール買収どうなる?(窪田真之)」と、ぜひ併せてお読みいただきたいと思います。 

セブン&アイHDへの買収提案は同社の長期的成長にマイナスと判断

 セブン&アイホールディングス(3382)に対し、カナダのコンビニ大手アリマンタシォン・クシュタール(以下「クシュタール」と表記)から買収提案が出されています。セブン&アイHD経営陣はこの買収を拒否すると回答しましたが、私はその判断を支持します。クシュタールによる買収提案は、セブン&アイHDの将来の成長ポテンシャルを損ねると考えるからです。

 私は昨日、日本製鉄(5401)によるUSスチール買収提案を、トランプ前大統領とバイデン大統領が拒否すると述べていることを遺憾とするレポートを出しました。

 二つの買収提案に対する私の意見をまとめると、以下の通りです。

【1】日本製鉄によるUSスチールへの買収提案に賛成、両社の長期的成長に寄与すると判断
【2】セブン&アイHDに対するクシュタールの買収提案に反対、セブン&アイHDの長期的な成長ポテンシャルを損ねると判断

 つまり、私は日本企業が米国企業を買収することに賛成し、日本企業がカナダ企業に買収されることに反対しているわけです。ただし、私は偏屈な自国中心主義で、意見を述べているわけではありません。

 日本製鉄によるUSスチール買収に賛成するのは、日本製鉄とUSスチール両方にメリットがあると考えるからです。日本製鉄はUSスチールにない差別化された技術を有し、USスチールに技術を導入し、設備を刷新することで、USスチールの価値を高めることができると考えているからです。

 私がクシュタールによるセブン&アイHD買収に反対するのは、クシュタールにメリットがあるもののセブン&アイHDの成長にとってマイナスと考えるからです。

 クシュタールのコンビニ事業は、後述する通り、今のままでは行き詰まると考えられます。一方、セブン&アイHDは、小売業として生き残り、世界で成長するビジネスモデルを確立していると考えています。クシュタールは、セブン&アイHDを買収すれば大きなメリットを得るが、セブン&アイHDは、クシュタールに買収されても、得られるものは何もないと、私は考えています。

クシュタールとセブン&アイHDのコンビニ事業比較

 クシュタールは、ガソリン販売を中心としたコンビニで、以下二つの理由から今のままでは行き詰まると考えられます。

【1】脱炭素が世界的に進む中、ガソリン販売への依存が大きいことは小売業としてリスク大。
【2】小売業として生き残るには、仕入れて売るだけでなく、自ら製品を企画開発、生産管理、流通管理して高いマージンをとる力が必要。ガソリンのような汎用商品への依存は、いずれ行き詰まる。

 一方、セブン&アイHDは、以下の3点から、小売業として生き残り、世界で成長していくビジネスモデルを確立していると考えられます。

【1】他社にまねのできない「商品開発、生産、物流、販売」のインフラを作り上げた

 販売のほぼ全てが自社企画製品。かつて「ジャンクフード中心」と見られていたコンビニを、10年以上かけて「セブンプレミアム」といわれるブランド商品に入れ替えた。さらに消費者ニーズに応えるサービスを増やし、街のインフラとしての価値を高めた。これからも、消費者ニーズの変化に合わせて、機動的に商品やサービスを変革していく力があると考えられる。

【2】国内だけでなく、海外でも利益を稼ぐビジネスモデルとした

 米国のセブン-イレブンを、日本型コンビニに作り替えることで、収益力を高めた。その経験を生かし、米国でスピードウェイのコンビニ事業を買収し日本型コンビニに変えることで、収益力を高めつつある。これからも世界各地で、日本型コンビニ展開で成長していく余地があると考える。

 ファミリーマートやローソンも、日本国内ではセブン-イレブンに近いビジネスモデルを作り上げているが、平均日販でセブン-イレブンに大きく水をあけられている。

 また、セブン-イレブンのように海外展開で利益を成長させるビジネスモデルができていない。ファミリーマートは、海外に進出する際に、現地の小売大手と提携する戦略をとったために、日本型コンビニを徹底できていない。

【3】競合他社に実現できないビジネスモデルとした

 セブン-イレブンのビジネスモデルは、小売店舗だけでできあがっているわけではない。わらべやなどの協力工場、日に3回の配送を実現する物流ネットワーク、消費者ニーズを反映した小刻み・リアルタイムの商品開発・入れ替えによって構成される。

 生産工場や物流を含む装置産業であることから、他の小売業者が簡単にまねできない。海外において、このビジネスモデルを実現しているのは、セブン-イレブンだけと考えられる。

ビジネス面で弱い親会社を持つマイナス

 親会社が子会社よりすぐれたビジネスモデルを持っていれば、それを子会社に導入していくことは容易です。親会社は、子会社の重要な人事や経営方針の決定権を握っているからです。

 ところが、子会社の方が親会社よりすぐれたビジネスを有している場合は、話が別です。親会社が、子会社のビジネスに悪影響を及ぼす懸念が生じます。

 セブン&アイHDは、かつてイトーヨーカ堂を親会社、セブン-イレブン・ジャパンを子会社とする企業でした。それではセブン-イレブン・ジャパンの成長に足かせになる可能性があるため、2005年9月に両社を兄弟会社とする現在のグループ形態に改め、そこからセブン-イレブン・ジャパンの成長が加速しました。

 セブン&アイHDの親会社が、ガソリン販売主体のコンビニに代わることは、セブン-イレブン・ジャパンの成長にとってネガティブに働くリスクがあると思います。

 クシュタールはM&A(買収や合併)を繰り返して、巨大化してきた小売企業です。M&Aで投じたキャッシュを何年で回収するか、重要な経営戦略となるはずです。セブン&アイHDに巨額の資金を投じて買収すれば、その後、セブン&アイHDからのキャッシュ回収を重視する経営になる可能性があります。それが現在のビジネスモデルの維持・成長にネガティブに働く懸念があります。

ルノーと日産自動車のケース

 日産自動車(7201)は、経営危機に陥っていた1999年にルノーから約8,000億円の出資を受け、経営危機を脱しました。最高経営責任者に就任したゴーン氏のもとで1兆円を超えるコストカットを行って財務を立て直しました。

 その後、世界中で販売を拡大し、高収益企業に生まれ変わりました。ただし、経営危機を救ってもらったときにできたルノーを親会社とする経営体制に、その後、長く苦しむことになったと私はみています。

 私は、30年以上前から、日産自動車の決算説明会に出席し、企業価値について分析してきました。ゴーン元会長が経営するようになった1999年以降は、経営説明会でゴーン元会長のプレゼンを何回も聴きました。

 あくまでも私の個人的見解ですが、ゴーン元会長が、日産自動車の株主価値を高めるのに大きな功績があったのは、1999年から2005年まででした。

 2005年にルノーの会長を兼務するようになってからは、少しずつ日産ではなくルノーとフランス政府の方を向いて経営するようになっていったと考えています。そんな元会長に経営の全権を与えてしまったのが、日産自動車の問題と思います。

 ゴーン元会長の発言で、私がよく覚えているのは、「人件費の高い国には投資しない」です。日本ではなく、メキシコなど新興国に積極投資していく戦略を説明するときに出ていた言葉です。それは、日産が生き残るために必要なことだったかもしれません。

 ところが、2005年以降は、人件費が高いフランスに生産を移していく戦略をとっていました。それは、当時聴いた話から考えると、整合性がありません。フランス政府の意向が、ゴーン元会長の経営のかじ取りに影響していた可能性があります。

 ゴーン元会長は、ハイブリッド車を重視せず、EVに全面注力する戦略を打ち出していました。世界的にハイブリッドが見直される流れになっている現在、その戦略は裏目に出ています。

 私は、ルノーと日産のケースを詳細に見てきた経験から、クシュタールがセブン&アイHDの親会社となる提案に、危惧を覚えます。ただし、クシュタールがどのような経営をするか、詳しいことは分かっていませんから、あくまでも私の推測です。また、日産自動車に与えたルノーの影響についても、さまざまな考えが出ていますので、私の見方が必ずしも正しいとは限りません。

クシュタールの次の一手に注目

 クシュタールは、セブン&アイHDが買収拒否を伝えたことを遺憾とし、買収に向けての提案を続けるとしています。

 今後、買収価格をさらに引き上げるのか、合意なきTOBを実施するか、あるいは突然買収断念を発表するのか、全く分かりません。今後の展開をウオッチし、新たな展開があったらまたレポートで私の見解をお伝えします。

 最後に「株トレ」新刊出版のお知らせです。ダイヤモンド社より8月1日に私の新刊が出版されました。

 一問一答形式で、株式投資のファンダメンタルズ分析を学ぶ内容です。

▼著者おすすめのバックナンバー

2024年7月18日:セブン&アイ、イオン:コロナ後の成長が見えてきた「小売株」投資戦略(窪田真之)
2022年7月7日:セブン&アイHD、武田薬品の投資価値を見直し。キャッシュフロー表に表れる構造変化