今回のサマリー

●投資で「買う」のは、自らリスクを積み上げる主体的判断のプロセス
●下げ相場で「売る」のは、値動きが速く、恐怖と切迫感で判断は不可抗力的に
●上げ相場のうちに「売る」のは、まだ上がるかもというちゅうちょを伴う
●「売り方」は、あらかじめイメージを持っていないと、適切なタイミングでの判断が困難
●今般の米国と日本の株高には「売り」判断が難しい事情がある

「買う」と「売る」では大違い

 投資で株式など資産を「買う」のと「売る」のでは、「売る」方が判断は難しく、まともに判断できない状況にも陥りがちです。

「買い」は、相場状況を見て、自分なりに投資ポジションを保有する覚悟をして行います。ポジションは、読みが当たれば収益を生む源泉ですが、一方、読みが外れれば、損失をもたらすリスクそのものです。

「売る」ケースとして、第1に、相場下落に見舞われての売り逃げを考えてみましょう。相場には「上がり百日下げ三日」という格言があります。地道にポジション=リスクを積み上げる上げ相場に対して、下げ相場はリスクからの逃避行動です(図1)。買い手という出口がひるんで細るときに、売り手が避難者として集団で殺到するので、相場は下げ足を速めます。

 投資家は、含み損になるかもしれないという不安、実際に含み損が膨らんでいく恐怖に見舞われます。売り抜け方をじっくり考えようにも、速い下げ相場では、強い切迫感と恐怖が相まって、正常な判断力は失われがちです。

 第2として、相場の上昇途上、ピーク前の利益確定の「売り」ケースを考えます。この場合の難しさは、相場は自分が売った後もまだ上がり続けるかもしれないという逡巡です。それで、つい長居して、第1ケースの下げ局面に見舞われることも少なくありません。

 なお、人には、まだ相場が上がると確率的に客観評価できる場面でも、利益確定売りを急ぎがちという性向が知られています。しかし、相場の成功則は、トレンドに乗ったらできるだけ長くポジションを保持することにあります。ところが、相場が上昇し、含み益が膨らむと、気が大きくなって、自分の判断力を過大評価し、リスク管理が飛躍的に緩くなり、さらに過大な投資ポジションをつくるという成功則に反する行動に走りがちです。投資に表れる人の性(さが)というのは悩ましい限りです。

図1:相場波動の基本パターン

出所:田中泰輔リサーチ

「売り方」のイメージを

 このように、リスク保持を覚悟して踏み出す「買い」と、もうけの可能性を途中で止めたり、損失の恐怖におののいたりしての「売り」は、サクッと行える対称的判断ではないのです。この問題を対処するためには、どのような術があるでしょうか。

 筆者が勧めるのは、あらかじめ「売り方」のイメージをしておくこと、具体的には、売りの兆し・シグナル、損切りルールを決めておいて淡々と執行すること、これに尽きます。そのためには、自身の投資スタイルを、短期、中期、長期の投資の時間軸のどれに沿ったものか、そして自らが関わっている時間軸の相場がどのようなメカニズムで動いているかを、きちんと客観視しておく必要があります。

 自身の投資スタイルと、相場の現在地を踏まえておくことは、基本中の基本であり、「そんなの当たり前」と思われるかもしれません。しかし、実際に相場環境に入ると、よほど心しておかないと、この基本はあっさり見失われ、さまざまな撹乱要因に惑わされることになりがちです。

 今般の日米の株高も、1~2カ月前に相場がモタついていた頃と、相場が上がってからとでは、市況解説の論調が様変わりです。相場が上昇すると、その動きを追認して、好条件ばかり強調するようになるのは毎度のことです。しかし、データを客観的に見れば、ファンダメンタルズにそれほどダイナミックな変化があったでしょうか。

 どんな理屈を言ったところで、相場が上がっているのだから、相場が正しい、と言いたい読者もいるでしょう。実は、市場には、ファンダメンタルズという市場外の変化がもたらす需給で動く他律変動と、相場参加者の多くがそう信じるからそう動くという自律変動があります。

 ファンダメンタルズに変化が確認されないのに、相場が大きく動く今相場は、多分に自律変動を生んでいる心理・行動面から評価すべき部分が小さくないと言えます。この観点から、比較的大きな短期相場になり得る、ただし、ファンダメンタルズからの明快な売りシグナルを確認できない可能性があり、特別な材料がなくても、ポジションの自重で勝手に落ちる自律相場の展開もあり得ます。