中国共産党が提唱する「共同富裕」に注目が集まっています。
一連の“規制ラッシュ”や恒大ショックを含め、低迷しているかに映る中国経済をめぐるあらゆる現象は共同富裕と切り離せない関係にあります。
習近平(シー・ジンピン)総書記本人は共同富裕をどう語っているのか。長年の懸案だった固定資産税の導入についに踏み切るのか。今回解説していきます。
習近平にとっての共同富裕とは何か?いつまでに実現しようとしているか?
習総書記が最近、党機関紙「求是」に「共同富裕を着実に推進していく」と題した論考を寄稿しました。これは、習総書記自身、および共産党指導部が共同富裕をどう捉えているのかを理解する上で、最上級の重要資料だと私は見ています。本稿で紹介する所以(ゆえん)です。
習総書記は、冒頭で次のように語ります。
「党の18回大会(筆者注:2012年11月開催)以来、党中央は発展段階の新たな変化を把握し、人民全体の共同富裕を徐々に実現することをより重要に位置付けるようになった。地域間の協調的発展を推進し、有力な措置を取ることで国民生活を改善、保障し、貧困撲滅という戦いに打ち勝ち、全面的に小康社会(筆者注:少しゆとりのある社会)を建設し、共同富裕の促進に良好な条件を創造してきた。そして今、共同富裕を着実に推進していく歴史的段階に来たのだ」
2012年秋にスタートした習近平新時代とは、富める人間から富むことを容認した「先富論」に別れを告げ、みんなで豊かになる「共同富裕」を推進していく歴史的段階だと言っているのです。
市場や世論の注目を浴びるようになった昨今ではなく、習氏が総書記に就任した段階からすでに「共同富裕」を視野に入れ、取り組んできたという指摘は、特筆に値します。
習総書記は続けます。
「我が国において、発展の不均衡と不充分問題は依然、突出している。都市部と農村部、地域間の発展や収入の分配格差は比較的大きい。新たな科学技術革命や産業変革は経済発展をもたらしたが、雇用や収入の分配に深刻な影響も誘発している。そこにはマイナスの影響も含まれる。有効に対応、解決しなければならない」
独占禁止法違反で処罰を受けたアリババ(9988:香港)、美団(メイトゥアン、香港:3690)などを含めたIT系イノベーション企業の成長は、中国経済に発展をもたらした一方で、所得を含めた格差の拡大を生じさせたと明確に指摘し、その問題に対して「有効に対応、解決していく」と明言しています。共同富裕の実現という大義名分の下、一連の規制強化を正当化している習総書記の基本的立場が見て取れます。
共同富裕をいつまでに実現しようとしているのか。習総書記は次のように述べています。
「異なる段階における目標を深く研究しなければならない。段階を踏みながら共同富裕を促進していくのだ。第14次五カ年計画の終わりころ(筆者注:2025年)人民全体が共同富裕に向けて確かな一歩を踏み出し、国民の収入、実質消費水準をめぐる格差を徐々に縮小していく。2035年までに、人民全体の共同富裕は顕著な実質的進展を遂げ、基本的な公共サービスは均等化を実現する。本世紀中ごろ、人民全体の共同富裕は基本的に実現し、国民の収入や実質消費水準をめぐる格差は合理的な幅まで縮小される」
2025年、2035年、そして「第2の百年目標」である2049年=中華人民共和国建国百周年を節目の時期に据えているのは重要な点です。
習総書記は「共同富裕を促進するための行動綱要を一刻も早く制定し、科学的かつ実行可能、国情に符合する指標体系と評価方法を提出しなければならない」と、次の一歩に向けた明確な指示を出しています。
ただ、習総書記の性格や信条がにじみ出ていると思うのが、次の部分です。
「共同富裕というのは長期的な目標であり、プロセスが必要である。一朝一夕にはいかない。その長期性、困難性、複雑性を充分に予測しなければならない。この課題に取り組むに当たり、待つことはできないが、急ぐこともできない。一部の先進国は工業化に数百年取り組んだが、社会制度が原因となり、現在に至っても共同富裕問題は未解決だ、それどころか貧富の格差がますます深刻になっている。我々は忍耐を持たないといけない。実質的に、一つ一つクリアしていき、その過程で実効性を高めるのだ。浙江省共同富裕示範区建設にしっかり取り組み、それぞれの地域に自らの条件に合った有効なやり方で取り組むよう奨励していく。経験を総括し、徐々に広めていくのだ」
決して急ぐことはしない。2049年を目がけて、これから約30年をかけてじっくり推し進めていくと言っているのです。
私たちも、共同富裕をめぐる足元の動向や政策に一喜一憂している場合ではありません。習総書記が掲げるこの国家戦略・目標はこれから少なくとも30年続く前提で、忍耐強く付き合っていく必要があるということです。
習近平が語る共同富裕は企業家・投資家にとって歓迎できるものか?
共同富裕を長期的な視野と時間軸で着実に推進していく上で、習総書記は何が重要だと考えているのか。私から見て、習総書記の肉声から注目に値するポイントを抽出してみました。
勝ち組の功績を容認しつつ、富の再分配へ向けた貢献を要求
一部の人間が先に富むのを容認するのと同時に、先に富んだ者が後に富む者を引き連れ、助けることを強調しなければならない。勤勉に労働し、合法的に経営し、起業に情熱を注ぐ人間が富んでいくことを重点的に奨励する
独占業界の改革と協調的発展の推進
業界間の発展の協調性を強化する。独占的業界の改革を加速させ、金融、不動産、実体経済の協調的発展を推進していく
資本拡張と独占を警戒、知財と起業家精神は奨励
長年の探索を経て、我々は貧困問題の解決には包括的な方法を持つに至ったが、いかにして富を創造するかに関してはまだまだ経験を積んでいかなければならない。知的財産権を守り、合法的に富を創造していかなければならない。資本の無秩序な拡張に断固として反対し、敏感な領域への市場参加にネガティブリストを設け、反独占をめぐる管理監督を強化する。と同時に、企業家の積極性は重んじ、生かさなければならない。各種資本の規範的、健康的な発展を促していくのだ
私から見て、貧困解決→富の創造の部分の記述は非常に新鮮で、習総書記の口からこの言葉が出てきたことに驚きました。
「資本の無秩序な拡張」は中国恒大集団やアントフィナンシャル、DiDiといった企業が当局ににらまれた原因と言えます。反独占はアリババや美団を含めたイノベーション企業を標的にしています。“規制ラッシュ”は決して一段落したわけではないと言えるでしょう。まだまだ注意が必要です。党指導部は人民に寄り添っているとアピールしたいわけですから、消費者のお財布事情や感受性に直接影響を与える商品やサービスを提供する業界や企業が規制の対象になりやすく、その意味で、不動産やIT系は典型例と言えます。
一方、知財の保護や企業家の積極性を重んじるといった言葉からは、一連の規制強化が、経済や企業の成長の足かせとならないように、市場をなだめようという当局の意思を感じさせます。当局としても、自らの政策が経済成長を停滞させる引き金となるのは望んでいないはずです。企業への監視や規制を強めつつ、企業家の積極性を重んじ、促す政策を打っていけるかどうかが鍵を握るでしょう。
習近平が長年の懸案だった固定資産税の導入に向けて、ついに重い腰を上げた
最後に、共同富裕の実現のために、習総書記が税制改革を視野に入れているのは注目に値します。次のように指摘しています。
「高すぎる収入を合理的に調整し、個人所得税制度を改善し、資本性所得管理を規範化する。積極的かつ穏健に不動産税立法と改革を推進し、試験的導入にしっかり取り組む。消費税収の調整強度を高め、消費税の徴税範囲の拡大を研究する」
今後、所得や消費をめぐる税率が調整されていくのは必至でしょう。高収入者からより多くの所得税を徴収し、「ぜいたくな消費」に対する一層の徴税が促されるのでしょう。具体的にはこれから出される政策の中身を見ていかなければなりませんが、前提として確かなのは、税率調整の目的が格差是正を通じた共同富裕の実現であるという点です。
そして、不動産税です。日本の固定資産税に相当しますが、長年、懸案になってきた同税導入に向けて動き出すと、習総書記が明言した意義とインパクトは計りしれません。
その言葉を裏付けるかのように、10月23日、全国人民代表大会(全人代)常務委員会が、不動産税を一部都市で試験的に導入するための権限を国務院に授与すると発表。期間は5年で、国務院傘下の各省庁が試験地の調査や策定を行い、どの地域に、どの程度の税率で不動産税を徴税するかを決定し、実行していくことになります。
中国では、2003年ごろ、導入案が初めて浮上しましたが、不動産需要や住宅価格、不動産事業や経済成長への影響などが懸念され、導入に至りませんでした。その後、2011年から上海市と重慶市で試験的に導入されましたが、徴税の対象となったのは建物の所有税のみで、今回の改革案では加えて土地使用権も含まれるようになります。
私自身は、権力基盤を確固たるものにしてきた習総書記だからこそ、党・政府として長年踏み切れなかった同税の導入に向けて動き出したと見ています。
これまで踏み切れなかった最大の理由は、党内外からの反発を招くのが必至だからです。不動産をたくさん購入したい富裕層、不動産業界でもうけたいデベロッパー、不動産建設のため土地を売却することで財政を潤したい地方政府、そしてこれらのプレーヤーと癒着、結託する党内勢力などは、不動産税の導入に強く反対し、時の政権に圧力をかけてきました。
反対勢力からの抵抗や圧力をはねのけるだけの権力基盤を持つ習総書記は、不動産投機を抑制し、住宅の価格高騰を抑えることを通じて、低所得者層や中産階級に寄り添うこと、格差是正を通じて、国家戦略に掲げる「共同富裕」を促進することを目的にしているのでしょう。
今後5年間は様子を観察していかなければなりませんが、試験導入が功を奏し、全国に広がり、同税が正式に導入されることになれば、不動産市場、および中国経済全体をめぐる構造に大きな影響を及ぼすことになるのは必至です。長い目で追っていきたいと思います。
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