企業年金でちょっと流行している「グライド・パス」戦略とは何か

確定給付型の企業年金を中心に、「グライド・パス戦略」という運用方針が流行しています。グライド・パス、というのはもともとは飛行機の空港着陸時の侵入ルートのことです。

これになぞらえ、運用方針を一定のルールにもとづき見直していくような戦略をグライド・パス戦略と呼んでいます。

ここでいう運用方針の見直しは、政策アセットミックス(運用の基本方針としてのアセットアロケーション)を運用状況の見直し、特に積立剰余が生じているときには保守的に転換していくことを予めルールに織り込んでいく見直しスタイルを指すことが多いようです。

日本では企業年金連合会が行う投資スタイルがグライド・パスのスタイルを採用していることで知られています(こちらについては連合会のホームページでその採用の意図や計画について情報開示を行っていますので興味がある方はご覧ください)。

先日、野村證券フィデューシャリーサービス研究センターのレポートを読んでいたところ、海外では3分の2の機関投資家(企業年金等)がグライド・パス戦略を採用しているという調査もあるそうです。

一般的な企業年金の運用計画は、固定的な資産配分を数年間は堅持します。これに対しグライド・パス戦略は、積立の剰余が出ている場合、資産配分を安定的に見直すことを予め計画に織り込みます。これは、投資担当者個人の投資力量で運用方針をみだりに変えるリスクは避けたいが、リスク許容度の変化や市況の変化にはある程度計画的に対応したい、というねらいがあります。

このグライド・パス戦略、ちょっとおもしろそうです。何か個人の運用にも応用できないものでしょうか。

年齢に応じたグライド・パス戦略は、ターゲット・デート・ファンドで対応できる

グライド・パス戦略は確定給付型の企業年金と確定拠出型の企業年金で違った使われ方をしています。

確定拠出年金については、グライド・パス戦略としてターゲットイヤー型の投資信託がよく紹介されます。最近はターゲット・デート・ファンドと呼ぶことも多いようですが、基本的には同一の商品です。つまり、基本ポートフォリオを年月に従い変化させていくことを運用方針に組み入れている投資信託です。

これらの投資信託の特徴は一般的なバランス型投資信託として分散投資が行われているわけですが、さらに退職時年齢などを勘案して、リスクウエートを抑制していきます。特に株式投資比率を引き下げていくことで、退職直前の株価急落が老後財産の数割を損失させることがないようにします。

つまり、年齢に応じたグライド・パス戦略については、ターゲット・デート・ファンドを利用すればよい、ということになります。

ただし、運用手数料を考えると割高なターゲット・デート・ファンドも多く、5~10年に一度、資産配分を見直しスイッチングすることでも同程度の効果は期待できます。

積立超過に対応するグライド・パス戦略の活用はあるか

確定給付型の企業年金でいわれているグライド・パス戦略は、年齢よりむしろ積立状況に着目しています。本来保有しておきたい資産額に比して積立超過になっている場合に、もともとの政策アセットミックスを見直し、やや保守的な投資比率に切り替える、という戦略を自動的に採ります。

企業年金連合会の例でいえば、積立水準が105%未満の場合、内外債券50:内外株式50のポートフォリオを基本としますが、運用好調などの理由で積立超過状態になった場合、株式投資比率を45%、40%と段階的に引き下げることが運用計画に予め織り込まれています。40%に引き下げられるのは積立水準が目標の110%相当に達した場合です。

これにより、リバランスによる利益確定以上の資産の安定性を確保することができ、市場の急落時の影響を軽減することができるわけです。もちろん、さらに市場が高騰した場合には、資産配分を保守的にした分、積立超過状態を拡大することはできなくなります。

市況が上昇している時期ほどリスクを抑える意識は持っておきたい

企業年金の場合、年金数理を用いて将来の目標額に対して現在必要とすべき積立額が把握できますが、個人の場合そうはいきません。目標額に対する現在価値の把握はざっくりと行うほかありません。

厳密に個人が採用するには難しさも多いグライド・パス戦略ですが、いくつかのヒントはあるように思います。

たとえば、運用状況に余裕があるとき、特に利益を多く確保しているとき、投資ウエートを下げていくというのは個人投資においても一考してみても良いのではないかと思います。

私たちは投資が好調であるときこそ自信過剰に陥りがちです。もともとの投資目標比率を現状追認して引き上げてしまうことで、リバランスを怠ります。結果として市場の高騰が終了したときに利益確定のチャンスを失ってしまいます。

それだけならまだいいのですが、株価が上がっているときに自信過剰のゆえにさらに投資資金を上積みして(最悪の場合、レバレッジもかけて)大勝負をかけ、結果として株価の下落に伴うダメージを残すことすらあります。

金持ち喧嘩せず、などと慣用句を持ち出すと俗っぽくなりますが、余裕がある状態になって、高いリスクウエートを取り続ける必要がないなら、リバランスに加え、あえて投資割合を引き下げることも投資戦略、というわけです。

グライド・パス戦略に似ているようだがリスクコントロール型投資信託への安易な委任は避けたい

ここまで話をしてくると、「グライド・パス戦略って、要するにリスクコントロール型ファンドですね」と感想を持つ人もいるかもしれません。

確かに運用方針が市況の判断により保守的なものに変化するなどして大きな下落リスクを抑えるリスクコントロール型ファンドはグライド・パス戦略に似ています。

しかし、リスクコントロール型ファンドは「常に」リスクコントロールを行うため、市況が低調なときは下げ止まることがあっても、市況が好調なときはインデックスに及ばない、ということがしばしば起こります。

リスクコントロール型ファンドだけずっと保有するのは二兎を追う者は一兎をも得ず、となる恐れが高く、運用好調時のリスク抑制のみ志向するグライド・パス戦略とは異なります。

(また、リスクコントロール型ファンドの多くは同じ投資対象のインデックスをベンチマークとしないため、基準価額の推移と同じグラフに示さないこともしばしばで、個人にはわかりにくいものとなっている事にも問題があります)

さらに、リスクコントロール型ファンドの困ったところは販売手数料や運用管理費用(信託報酬)の割高な商品の多いことで、手間暇をアウトソースするコストとして考えても販売時3%、年率1.5~2%の運用管理費用は払いすぎです。ファンドラップでもこうした商品を組み入れる傾向があり、割高手数料には注意したいところです。

結論をいえば、確定給付企業年金がやっているグライド・パスをまねようとリスクコントロール型ファンドを買う必要はありません。好況時のリバランス時にアセットアロケーションごと見直しも行い、投資比率を引き下げるだけで、個人にとっては価値があるはずです。手数料もこのほうが割安です。

目の前のマーケットは株価が下がっている時期になっているため、ただちにグライド・パス戦略、というわけにはいかないかもしれません。しかし、次に株価が回復してきたときには、あなたの投資方針についてもちょっと参考にしてみると面白いのではないでしょうか。