ジャック・マー氏がついに帰国

 3月27日、アリババ・グループの創業者のジャック・マー(馬雲)氏が、生まれ故郷である浙江省杭州市に姿を現しました。

 2020年10月24日、上海市で開催された第2回外灘金融サミットで講演をしたマー氏は「中国金融にシステミックリスクは存在しない、なぜならシステムがないからだ」、「多くの監督管理組織は、任務を遂行する過程で、自らの組織にはリスクがなくなる一方で、経済全体にリスクを生んでしまった」などと金融管理監督当局を痛烈に批判。10日後の11月3日、上海証券取引所が、2日後に予定されていたアリババ・グループ傘下の金融会社アント・グループのIPO(株式の新規公開)を延期する旨を突然発表しました。

 マー氏、アリババ、アントをめぐる状況については、私も本連載で継続的に扱ってきました。以下に整理するので、興味のある方はお読みいただければと思います。

中国アント、史上最大規模のIPO延期の理由。ジャック・マーは誰を怒らせた?(2020年11月12日)

ジャック・マーはいまどこで何をしている?アントの行方と共産党の真意(2021年1月14日)

アリババ、独禁法違反で罰金3,000億円。中国政府との手打ち金?(2021年4月15日)

IPOは夢?ジャック・マーと中国企業の処世術(2021年6月10日)

アリババ、香港に重複上場へ。中国市場で生き残るための戦略(2022年7月28日)

 そこから、マー氏は公の場にほとんど姿を見せなくなりました。この期間、「ジャック・マーはどうしたのか」「当局と決裂したのか」「もう中国に帰ることはないのか」「アリババは終わったのか」「民間企業家に生き残る道はないのか」など、さまざまな疑問や臆測が市場関係者やチャイナウオッチャーの間でうわさされてきました。

 実際、この1年、マー氏は中国の外に身を潜めてきました。スペインにゴルフをやりにいったり、タイに家族で旅行に行ったり、日本にも比較的長期にわたり滞在していました。香港にも複数回赴き、関係者と面談を行ったりしました。この期間、古里と異なる地で、異なる景色を見て、異なる人々と話をしながら充電しつつ、アリババ・グループとして今後どう事業を展開していくのか、そして自身がこれからどんな道を歩んでいくのかを探索していたのは想像に難くありません。

 マー氏は二度と中国の地に戻ることはないのではないか?多くの関係者がそんな見方をする中、マー氏は中国に帰国しました。

マー氏帰国と同じタイミングでアリババ・グループが過去最大の組織改革を発表

 帰国したマー氏が最初に姿を現したのは、アリババが出資する杭州雲谷学校。同校は27日、中国の対話アプリ「微信」(WeChat)のアカウント上で、マー氏が学校の責任者らと教育の将来について語り合ったこと、訪問の目的が、技術革新が教育にもたらす課題と機会に関しての意見交換だったことを報告しました。マー氏が同校の教師や生徒と笑顔で触れ合う映像も見られました。

 翌日の28日、今度はマー氏が創業したアリババ・グループの現CEO(最高経営責任者)であるダニエル・チャン(張勇)氏が「自己変革を通じてのみ、未来を切り開くことができる:アリババ・グループの組織、ガバナンス変革に関する決定」と題した手紙を全社員向けに送り、アリババ本体を六つの事業主体に分割する旨を発表しました。六つに分割された事業は以下です。

(1)クラウド・インテリジェンス(クラウドと人工知能)事業
(2)天猫(Tモール)などの電子商取引事業
(3)物流サービスのツァイニャオ・スマート・ロジスティクス事業
(4)料理宅配などのローカルサービス事業
(5)映画や動画配信サービスなどのデジタルメディア&エンターテインメント事業
(6)アリエクスプレスなど国際イーコマースのグローバル・デジタル・コマース事業

 各部門にCEOと取締役会を設置した上で、外部資本を含めた資金調達を独自に行い、IPOを目指していくとされます。アリババ・グループは持ち株会社の経営モデルを採用し、グループ会長兼CEOは引き続きチャン氏が務めるとのこと。チャン氏はクラウド・インテリジェンス事業のCEOを兼務し、天猫(Tモール)などの電子商取引(EC)事業はアリババ本体の完全所有部門として存続させます。

 また、チャン氏は、「今日この日、我々はアリババ創業24年以来最も重要な組織変革を迎える」と断言した手紙の中で、今回の組織改革がフロント部門(営業部門)を支えるミドル部門(経営企画や広報、マーケティング、リスク管理など)とバック部門(決済事務)のスリム化につながると指摘。今回の改革の出発点と根本的な目的は、「組織を一段と機敏にし、意思決定を迅速化し、素早く対応できるようにすることだ」との意思を明らかにしています。

ジャック・マー氏とアリババの前途

 久しぶりの帰国で、マー氏が公の場でアピールしたのは、教育の現場に寄り添う自身の姿でした。私自身、中国当局のアリババ社、マー氏、大手IT企業への風当たりが強くなってきたころから、マー氏は表舞台からは基本的に引退し、アリババの経営とも距離を置きつつ、次なる標的として教育をやるのではないかと随所で指摘しました。

 マー氏は近年「自分はこれからマー先生になるんだ」という発言を複数の場でしているのを私も把握しています。マー氏は英語も堪能でスピーチも抜群にうまい。何より、何も持たなかった状態からアリババを創業し、同社を育て、自らも大金持ちになり、世界中からその一挙手一投足が注目される存在にまで成り上がったわけですから、幼稚園、小中高校生らを前に語ることには事欠かないでしょう。「マー先生」は根本的に教育が大好きだという情報も各方面から入ってきています。

 アリババ・グループとしてこのタイミングで発表した過去最大の組織変革は、特にアント・グループ上場延期後、同グループが中国人民銀行や中国証券監督管理委員会などの指導を受けながら、時間をかけて取り組んできた一つの結果だといえます。マー氏も当然その一部始終に関与しており、全てのプロセスを知った上で帰国したという流れです。

 タイミングという観点からいえば、3月の全人代を経て、新政府が発足、始動したのが一つの契機になったとも言えます。これから、マー氏は自らが創業したアリババ・グループ、および六つに分割された各事業の成り行きを見守っていくことでしょう。大きな方向性や発展の大勢に関しては、CEOのチャン氏と密に話をしていくにせよ、現場における細かい事象については口出ししないでしょう。あくまでも、見守っていくというスタンスです。

 最後に、マー氏やアリババ・グループの今後という意味で、私が注目しているポイントを3点書き留めておきます。本連載でも適宜アップデートしていくつもりです。

(1)「マー先生」が教育を中心に、公の場でどんなパフォーマンスを見せるか
(2)アリババ・グループとして国家戦略である「共同富裕」にどう関与していくか
(3)アント・グループがいつどのような形で再上場するか