約7兆円の巨額買収を検討中の武田薬、財務への不安から株価急落

 武田薬品工業(4502)による、アイルランド製薬大手シャイアーの買収は25日、大筋合意に達しました。武田薬の最新提案で、買収総額は460億ポンド(約7兆円)まで引き上げられました。シャイアー社の全株取得を目指します。同社経営陣は、武田薬による買収に同意するよう株主に求める見込みです。

 実現すると、日本企業による海外企業のM&A(企業の買収・合併)で、過去最大規模となります。現時点で、過去最大のM&Aは、2016年のソフトバンクグループ(9984)による、英半導体大手アーム・ホールディングスの買収(約3兆3,000億円)です。それを大きく上回る巨額買収となります。

 武田薬の株価は25日、巨額買収による財務悪化の不安から、前日比7%下がって、4,510円となりました。ただし、同社による巨額買収検討が、株式市場に伝わったのは、25日が初めてではありません。

 最初に、武田薬がシャイアーの買収を検討していると発表したのは、3月29日でした。この日も、買収による財務悪化懸念で、同社株は1日で7%下がりました。このときの発表では、「(買収の)検討はごく初期かつ調査段階であり、現時点においてシャイアー社の取締役会に対していかなる提案も行っておりません」としていました。武田薬による買収の噂が出て、シャイアー株が急騰したことに対するコメントでした。

 その後、買収検討が進んでいることが武田薬の適時開示で明らかになるにつれて、武田薬株は下げ続けてきました。

武田薬品工業の株価推移:2018年1月4日~4月25日

出所:楽天証券経済研究所が作成

買収がまだ確定したわけではない

 武田薬は当初、4月25日までに正式に買収提案をするか否か、決定するとしていました。ところが、資産査定などに時間を要することから、シャイアー社の同意のもとで、正式決定を5月8日まで延期しました。したがって、現時点で、買収が確定しているわけではありません。

 武田薬が出している最新の買収提案では、約7兆円の買収総額のうち、約54%を現金、56%を武田薬品の株式の割り当てによって、支払うとしています。その通り実行すると、買収完了後に、武田薬品の発行済株式総数の約50%をシャイアー社株主が握ることになります。

 

アナリストとしては、まだ投資判断できない

 シャイアー社は、稀少疾患の治療で世界トップクラスの強みを持つ安定高収益企業と、考えられます。買収が実現すれば、武田薬の国際展開力、重点分野(消化器・神経・オンコロジー領域)の強化、新薬パイプラインの拡大に、大いに寄与すると考えられます。

 ただし、どんな良い会社を買っても、買収価格が高すぎては、問題です。シャイアー社は、武田薬による買収検討の噂が出るまでは、時価総額4兆円(日本円換算)強で評価されていました。それを7兆円あまりかけて買うのは、高すぎる買い物ではないか、との見方もあります。

 別の見方では、7兆円でも割安な買い物と言えないこともありません。シャイアー社が、2017年10月期に、42.7億ドル(約4,650億円)の純利益を上げているからです。同水準の純利益を上げ続けることができると仮定するならば、買収価格7兆円でも、PER(株価収益率)で約15倍の評価となります。武田薬品の4月25日時点でのPER(株価を2018年3月期の会社予想ベース1株当たり利益で割って算出)が、23倍であることを考えると、巨額買収でも1株当たり利益の希薄化は起こらない可能性もあります。

 ただし、シャイアー社の詳しい内容については、武田薬も現在精査中で、まだわかりません。シャイアー社が本当に安定高収益企業なのか、現時点でわかりません。買収した後で、問題がぼろぼろ出てくることもあり得ます。情報不足なので、アナリストとしてはまだ、良い買収と明確に判断することはできません。

ファンドマネージャーとしては少し買ってみたい

 私は過去25年、日本株のファンドマネージャーをやっていました。ファンドマネージャーとしては、すべてが明らかになる前に、ここで武田薬を少しだけ買ってみたいと考えます。株価急落で、武田薬の配当利回りは4%【注】まで上昇しているからです。

【注】2018年3月期の1株当たり年間配当金(会社予想)180円を、4月25日の株価4,510円で割って算出

 今回の買収検討の話が出る前から、私は、武田薬を、好配当利回り株として、評価していました。既存大型薬の特許切れによる収益悪化局面をようやく脱し、これからM&Aやバイオ薬の強化で、収益を回復させていくと期待していたからです。

 もし、シャイアー買収が破談になれば、買収による財務悪化不安で売られた株価のリバウンドが期待されます。

 買収実行が正式に決まると、さらに株価が下がる可能性もあります。それでも、長い年月かけて、良い買収であったことが証明されれば、長期的には株価の上昇が見込まれます。

 現時点で、投資判断するのは、リスクが高すぎると言えますが、ファンドマネ-ジャーをやっていたときには、何もかもがわかる前に投資判断しなければならないことだらけでした。ファンドマネージャーとしては、少しだけ買ってみてもいいと、考えます。

買収で企業価値を高めてきた好配当利回りの4社

 巨額買収の評価は、短期的には定まりません。良い買収だったか、悪い買収だったか、最終的に決着がつくのに、10年以上かかることもあります。

 以下4銘柄は、買収巧者として、私は高く評価しています。思い切った買収で、企業価値を高めてきた実績があるからです。好配当利回り株としても、注目しています。

思い切った買収で企業価値を高めてきたと筆者が考える4社

コード 銘柄名 配当利回り 決算期 最低投資額
2914 日本たばこ産業 5.2% 12月 289,500
5108 ブリヂストン 3.5% 12月 461,200
8306 三菱UFJ FG 2.4% 3月 75,030
8766 東京海上HD 3.1% 3月 511,000

出所:配当利回りは会社予想ベース、楽天証券経済研究所が作成

 上記は、買収巧者で、現在予想配当利回りが高めの銘柄です。買収巧者といえば、ソフトバンクグループ(9984)(予想配当利回り0.5%)、日本電産(同0.6%)が有名ですが、どちらも予想配当利回りが低いので、上記リストには挙げていません。

(参考)ブリヂストンが世界トップ企業になるまでの苦悩

 大型買収の正しい評価は、10年、20年の長い年月を経てからでないと下せません。投資家やアナリストの評価は往々にして短期的で、大型買収の本質をわかっていないことが多いので要注意です。それをつくづく感じさせられるのが1988年のブリヂストンによる米ファイアストン買収です。世界企業として飛躍した今日のブリヂストンを見れば、この買収は大成功だったと結論づけることができます。ただし、その評価は二転三転しました。

 買収直後の1988~1992年、投資家やアナリストからは「割高な買収」と批判されました。イタリアのピレリ社と買収を競う形になったため、買収価格は当初予定より大幅に高くなりました。それに加え、買収直後に米GMがファイアストンからのタイヤ調達をやめる方針を発表したことや、ファイアストン工場の生産や品質管理に想定以上の問題があることが発覚したことが痛手になりました。

 ブリヂストンは歯をくいしばってファイアストンの立て直しにまい進しました。その成果でGMへの納入も再開し、ファイアストンは高収益会社に生まれ変わりました。1990年代にはブリヂストンの海外収益の柱として育ち「買収の好事例」としてアナリストから高く評価されました。

 2000年に買収の評価が再び暗転しました。米国で「ファイアストン製のタイヤを装着したフォード車が横転事故を起こし多数の死傷者が出ている」との報道が出てから、ファイアストン・バッシングが始まったからです。事故原因が特定されていない中で、ブリヂストンはファイアストン製タイヤ1440万本を自主回収しました。フォード社とは事故原因をめぐり訴訟になりました。

 この影響でブリヂストンは収益が悪化、株価も大きく下がり、「ブリヂストンはとんでもない会社を買収した」と批判されました。フォード車の事故については、最終的に「タイヤだけが原因ではない」との調査結果が出て、フォードとも和解し、ファイアストンは再び立ち直りました。長い苦労を経て、ファイアストンは今、ブリヂストンのグローバル戦略を支える要となっています。

 買収で売られる株、買われる株の評価は、短期投資家の視点ではなく、会社とともに生きる超長期投資家の目で見ていかなければならないと、私は痛感しています。

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