習近平(シー・ジンピン)総書記が国家戦略として掲げる「共同富裕」が物議を醸しています。
有力企業が成長していく上での足かせとなり、結果的に中国経済を低迷させ、巨大市場の吸引力をそいでしまうのではないかという懸念が国内外で散見されます。一方、共同富裕は今後長く続いていく「新常態」でもあることは間違いないでしょう。
こういった状態下で中国への投資は「アリ」なのでしょうか? 投資するとして、どの分野・業界が魅力的なのでしょうか?
今回は、みなさんが中国への投資に抱く課題や懸念などについて、中国の政策研究を生業(なりわい)とする私の立場から解説していきたいと思います。
今後豊かになるべき市場規模は約13億人
「共同富裕」については、これまでも随所で触れ、扱ってきました。この構想は、まさに習近平新時代を象徴し、「先富論」に依拠して改革開放を推進してきた鄧小平(ダン・シャオピン)旧時代へ別れを告げるもので、歴史的大転換といえます。
一部の人間や地域から率先して成長させるモデルから、経済を全体的に底上げする、その上で、2021年比較で、2035年時点でGDP(国内総生産)、一人当たりGDPを倍増させることを目標に掲げています。
先月開催された6中全会を経て、来秋に予定されている第20回党大会後、習総書記の3期目突入がより現実味を帯びてきました。そして、この政局の問題と、共同富裕の強度は直接関係しています。習氏が長く政権を率いれば率いるほど、共同富裕は当初の方針や目標に基づいて展開される可能性が高くなるからです。
「第2の百年目標」の年、建国百周年に当たる2049年を視野に入れつつ、国全体の経済を底上げしようとしています。経済力、軍事力のレベルを上げることで、初めて中国は世界に羽ばたく強国になるのだという明確な意志を、習氏は持っているように見受けられます。
ただ、前途は多難です。2035年までに2021年比でGDPを倍増させるには、年平均で約4.7%成長していかなければなりません。
現時点での予測ですが、今年はコロナ禍からのV字回復もあり、8%前後の成長が期待できますが、その後、2035年にかけて5%前後で成長していくのは並大抵のことではありません。
習氏自身「貧困問題の解決には包括的な方法を持つに至ったが、いかにして富を創造するかに関しては、まだまだ経験を積んでいかなければならない」と認めています。富の創造と再分配について、中国共産党指導部として確信を持っているわけではない現状が見て取れます。
試行錯誤しながら、現在1万ドル強の一人当たりGDPを2035年で2万ドルに、2049年に4万ドル近く(日本の現在のレベル)まで持っていきたいと考えているのではないでしょうか。
「共同富裕」というネーミングや概念の良しあしはさておき、今、このタイミングで党指導部、中央政府としての戦略を、国内経済力の底上げに大転換すること自体に関して、私自身は適切であると考えています。
李克強(リー・カーチャン)首相や中国政府、政府系シンクタンクなどの主張や定義を統合すると、昨今、月収1,000元(約1万7,000円)以下で暮らしている低所得者層が約6億人います。年収6万~50万元(約100万~800万円)の中間層が約4億人(2025年までに5億人に到達する見込み)います。
これら低所得者層と中間層のはざまにも、日本円で年収20万~100万円の層がいて、このように見てくると、低所得者、中間層が約13億人はいるというのが私の認識です。
格差是正を最優先事項の一つとする共同富裕は、低所得者層に手を差し伸べると同時に、中間層を支援していく政策です。
裏を返せば、共同富裕はこの13億を対象にしているということです。全人口の絶対多数を占める層が豊かになっていくことは、中国の「世界の市場」としての魅力が高まっていくことと同義であり、私がこのタイミングで打ち出すのは適切であると考えるゆえんでもあります。
短期的には物議を醸し、ショックをもたらすかもしれませんが、長期的に見たら、中国強大経済、巨大市場の吸引力を高めるものというのが私の基本的な考えです。
中国で実業を営む、中国に投資する、中国とはいろんな関わり方があると思いますが、この2035年、2049年に向かって伸びていく傾向と特徴を、私たち外国人も念頭に置いておくべきと考えます。
「共同富裕」で恩恵を受ける業界と注目の4銘柄
常々指摘していますが、中国は政治の国であり、経済や市場の動向には政策が深く影響します。端的に言えば、当局が国策として重視する分野は、支援を受けやすいためビジネスとして伸びやすく、政治的には逆に安全である場合が多いのです(もちろん、例外はありますし、断定的に語れるものではありません)。
その意味で、昨今、“規制ラッシュ”の標的になり、懸念の対象と化しているイノベーション企業も、「共同富裕」に貢献していると認識されれば、いずれ当局に支援・激励されると、私自身は考えています。
要するに、いろんな分野に手を付けがちな中国企業にとっては、ポジションの取り方、目の付けどころが、かつてないほど重要になるということです。
あくまでも一例ではありますが、国策として後押しされやすい分野として、本稿では以下の3つを取り上げたいと思います。
政策の分野 | 具体的な業界 |
---|---|
ハイテク | 情報技術、製造業、金融 |
高齢化 | 養老、医療、保険 |
グリーン | 環境、エネルギー、EV(電気自動車) |
それぞれ具体的に解説します。
「中国製造2025」という産業政策にも反映されるように、ハイテク製造業は中国の国家戦略です。何をするにもハイテクを求める動きが続くでしょう。
「3人っ子政策」に踏み切ったように、中国でも今後、少子高齢化は不可逆的な趨勢(すうせい)です。
グリーン分野も習氏が最も重視する国家戦略の一つであり、国内経済の持続性、海外へのアピールという意味でも、ぜひとも官民一体で推し進めたい分野のはずです。
「ハイテク」「高齢化」「グリーン」の分野で動く企業やサービスは、当局から背中を押されやすいと見ていいのです。
私の専門は政策研究、および政策が経済や市場に及ぼす影響を分析することであり、市場における具体的な銘柄に口を挟むべき立場にはありません。その資格も能力もありません。
ただ最近、銘柄について学び、考える機会があり、複数の信頼できる機関投資家さんの指導を仰いだ経緯もあり、私が注目できると考える銘柄を参考までに列記しておきます。
注目の中国銘柄1: 信義玻璃控股(シンイー・グラス:00868/香港)
特徴
環境にやさしい建設用ガラスを作る会社。傘下には、太陽光発電用の超薄型ガラスで世界シェア1位の会社やソーラーファームを持つ。
注目の中国銘柄2:寧徳時代新能源科技(CATL:300750/深セン)
特徴
EV用リチウム電池で世界シェアトップ。どの完成車メーカーが今後強くなるかは不確定だが、どのEVにも絶対必要なバッテリーを作っている会社がいま人気。
注目の中国銘柄3:平安健康医療科技有限公司 (ピンアン・ヘルスケア・アンド・テクノロジー:01833/香港)
注目の中国銘柄4:中国平安保険集団 (ピンアン・インシュランス:02318/香港)
特徴
「平安」(Ping An)というブランド力で抜きん出ている。オンライン診療に関わるソフトウエア開発にも力を入れる。健康志向が強まる中国では保険サービスも、今後ますます需要が高まる見込み。
支援を受けやすい「豊かさ」分野で注目の5銘柄。日本企業にも恩恵期待
繰り返しますが、「共同富裕」が目標とするのは国内経済の底上げです。
そう考えると、直接最も恩恵を受けるのは、低所得者層、中間層に属する家庭や人々が豊かになる分野。つまり、物質的豊かさ(日常的に使う生活必需品)、そして精神的豊かさ(エンターテインメントなど)に関連するサービスを提供する企業だと思います。
もちろんこれらだけではありませんが、総合的に判断して、私が注目に値すると考える銘柄は以下です。
銘柄 | コード/市場 | 業種 | |
---|---|---|---|
1 | 小米集団 (シャオミ) | 01810/香港 | スマホメーカー |
2 | 李寧 (リネイ) | 02331/香港 | スポーツ用品 メーカー |
3 | 珠海格力電器(グリー・エレクトリック) | 000651/深セン | 家電 |
4 | 携程集団(トリップ・ドット・コム・グループ) | TCOM/ナスダック | 観光、レジャー |
09961/香港 | |||
5 | 海底撈国際控股(ハイディーラオ・インターナショナル) | 06862/香港 | 飲食 |
最近、中国消費者の間では、従来のように漠然と外国の商品やブランドを「面子(めんつ)」から追い求めるのではなく、値段が割安で、品質も保証されている国産ブランドを好んで買い、使う傾向があります。特に若い世代で顕著です。自動車、化粧品、衣類などを含め、分野は問いません。
例として、中国の元体操選手で、1984年に開催されたロサンゼルス五輪男子団体総合銀メダルおよび個人総合銅メダルなど計6個のメダルを獲得した李寧(リー・ニン)氏が立ち上げた李寧(02331/香港)などは、そういう国産ブランドの典型といえるでしょう。中国市場におけるブランド力としても、「ナイキ」「アディダス」「プーマ」の3強に割って入るほどの勢いです。2022年2月に開催される北京冬季五輪はその勢いに拍車をかけるでしょう。
中国消費者の物質的、精神的豊かさの追求にコミットしてきた日本企業も、「共同富裕」という今後長らく続くであろう「新常態」を戦略的契機としたいところです。
自動車、アパレル、飲食、家電などを含め、中国の当局、企業、消費者の間では日本のモノづくり、商品、サービスへの尊敬と信頼の念は非常に深いものがあり、捉え方、動き方次第で日本企業は、「共同富裕」政策の最大の受益者になり得る資質を持つのです。
と同時に、前述のハイテク、高齢化、グリーンという3大分野でも、日本の技術や管理経験、ブランド力は全体的に中国企業を凌駕(りょうが)しています。日本企業が中国の巨大市場から収益を上げるための契機が「共同富裕」政策だと、私自身は考えています。だからこそ、日本企業が従来の対中ビジネス、対中投資をリセットし、新たな戦略をもって臨むことが必要なのです。
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