中国恒大集団(チャイナ・エバーグラン・グループ)のデフォルト(債務不履行)危機は依然、予断を許さない状況。同集団傘下の不動産会社が買収される見込みも取り沙汰されています。一方、ニューヨークや香港の金融関係者からは、悲観的な声があまり聞かれません。

 恒大ショックが示唆する「ほんとうの中国問題」とは何なのか、今回解説していきます。

恒大集団への監督と指導を強める中国当局

 先々週先週のレポートでも「恒大ショック」について扱いました。

 これらのレポートでは、習近平(シー・ジンピン)政権として、生かすか(救済)、殺すか(破産)という両極端ではないやり方で、今回の事態を「軟着陸」させようとしていること。一方で、習近平新時代の特徴からすれば、恒大集団が政権の「餌食」になるのは必然的であるということ。矛盾しているように見えますが、それが中国市場の実態であり、中国問題をめぐる真実なのだという私の考えを述べました。

 現時点でも、恒大集団のデフォルト危機は予断を許さない状況が続いています。

 9月下旬、米ドル債への利払いが相次いで先送りされました。30日間の猶予期間中に支払えるかどうか。同集団にとって、利払いが期限を迎える社債が続々と襲い掛かってきます。事業や資産の売却を通じて、あらゆる手段を講じつつ資金を調達していかなければ、同社のデフォルトが現実味を帯びてきます。

 目下、同集団を直接的に監督、指導する政府機関は、主管部門の住宅建設部ではなく、中国人民銀行(中銀)と中国証券監督管理委員会です。これは当局として、恒大ショックがもたらし得る悪影響やリスクが、不動産業界を越えて、金融システムや実体経済にまで波及する事態を懸念している状況証拠と言えます。

 そして私から見て、もう一つ、恒大集団が当局の監督、指導の下で企業再建や資産売却を進めていることを示す状況証拠があります。

 それは、9月29日、恒大集団が、傘下の地方銀行・盛京銀行(遼寧省瀋陽市)の発行済み株式19.93%分を約100億元(約1,700億円)で売却すると発表した事実。同市にある国有企業・瀋陽盛京金控投資集団が買い取ることになります。

 これらの事象がすなわち恒大集団の「国有化」を意味するわけではありませんが、中国当局としては「党や政府の支配が直接及ぶ国有企業に働きかけ、恒大集団の資産を買い取らせることで、同集団の資金繰りを実質下支えしつつ、グリップする」(中国大手国有銀行幹部)ことをもくろんでいるようです。私も、当局は引き続きそのように動いていくと考えています。

恒大集団の資産売却、香港での取引停止は何を意味するか?

 ここに来て、恒大集団の「次」をめぐって、もう一つの関連ニュースが飛び込んできました。

 同集団の不動産管理子会社・恒大物業集団の過半株式を、50億ドル(約5,500億円)超で同業のホプソン・デベロップメント・ホールディングス(合生創展集団;0754、香港)に売却する可能性が浮上。実現すれば、恒大集団にとって過去最大規模の資産売却となり、この資金調達により、向こう6カ月の外貨建て債の支払いを賄うことが理論上可能となります。

 10月4~5日にかけて、恒大、合生両集団の香港市場における取引は共に一時停止されています。理由は明らかになっていませんが、「次」へ向けた布石と見るべきで、今後の動向が注目されます。

 もちろん、50億ドルという額は、同集団が抱える負債総額3,000億ドルの60分の1に過ぎません。従って、同集団の資産売却はまだまだ序の口といったところで、中国当局もその前提で引き続き、同集団への指導を行っていくでしょう。

 一方、私が本件に関して話を聞いた米ウォール街、香港金融界の関係者たちは、同集団の香港における取引停止を総じてポジティブに受け止めているようでした。

 理由は、「現状維持」ではデフォルト危機を免れないであろう恒大集団が、資産売却に後ろ向きにならず、「売却先の選定も理にかなっている」(米国駐香港投資銀行勤務ブローカー)というもの。

 そして、彼らが声をそろえて評価するのが、恒大集団の動きが合理的であるとして、それを中国政府の監督や指導がなせる業だと認識している点なのです。

ほんとうの中国問題、私たちも「共犯」

 先々週のレポート「中国当局は恒大集団債務危機をどう“軟着陸”させようとしているか?」の最終部分にて、次のように結論付けました。

 私の分析によれば、中国当局は、恒大債務危機への対処を通じて、対自国民、海外投資家へのアピールという意味でポイントを稼げると踏んでいます。

 あれから2週間がたちましたが、中国当局が恒大ショックに対処する上での姿勢、および戦略的目標は何ら変化していません。そして、前述のウォール街や香港から中国市場を眺める海外投資家たちの現状認識は、中国当局からすれば「狙い通り」だと解釈できるのです。

 時間軸、空間軸をやや広げて考えてみます。

 ちまたで、今回の恒大ショックを「中国版リーマン・ショック」だと揶揄(やゆ)する声が散見されるように、私たちは、多かれ少なかれ、米中関係、米中対立、米中競争という視角から本件を捉えることがあります。実際に、私が議論をしたウォール街関係者数人が、「米国当局のリーマン・ショックへの対処に比べて、中国当局の恒大ショックへの対処のほうが優れている」「世界的金融危機を引き起こしかねないような事態に陥った場合、中国のガバナンス体制のほうが力を発揮する、危機管理に適している」と語っています。

 私から見て、このような米中比較は決して氷山の一角ではなく、一定の普遍性を内包するものです。実際に、1970年代後半以降、改革開放の歴史を簡単に振り返ってみると、天安門事件、アジア通貨危機、SARS(重症急性呼吸器症候群)、四川大地震、リーマン・ショック、米中対立、香港問題、新型コロナウイルス、そして今回の恒大ショックなど、経済、社会、政治、外交的要素が複雑に絡む分野で、中国共産党のガバナンス(統治)は歴史の審判にかけられてきました。そのたびに、市場や世論では「中国崩壊論」が声高く叫ばれました。

 しかしながら、中国は崩壊しなかった。それどころか、年を追うごとに、危機に直面するたびに、国力や影響力を向上させてきた。「チャイナモデル」(中国語で「中国模式」)「ベイジン・コンセンサス」(中国語で「北京共識」)といった概念が取り上げられ、もてはやされ、皮肉られるのは、マルクス主義、社会主義を堅持する中国が共産党一党支配体制の下、あらゆる危機を乗り越え、“期待”を裏切り、追い抜く対象として残るは米国だけという現在地にまで登り詰めてきた証左でもあるのです。

 中国共産党は、恒大ショックという、国にとっては局地的な危機と言える今回の事態に臨むにあたっても、これまでと全く同じ姿勢と目標を持っているというのが私の理解です。

 端的に言えば、ショックへの対処を経て、中国共産党一党支配体制、中国の特色ある社会主義、習近平新時代、チャイナモデル、ベイジンコンセンサス(言葉は何でもいいですが)などの、とりわけ米国に対する優位性を内外に見せつけ、結果的に、中国共産党の正統性維持と強化という最大の国家目標を担保することにほかなりません。

 そして現状は、上記のように、資本主義世界に生きる海外投資家の多くが、中国共産党の思惑に沿った形で現状を認識しているように私には映ります。

 他方、米中関係は引き続き緊張状態にあり、自由や人権、香港や新疆ウイグル問題などをめぐって、来年2022年2月の北京冬季五輪に向かって、西側と中国の間の摩擦や矛盾は激化していくでしょう。西側の中国に対する不信や不満の根幹には、中国の特色ある社会主義、習近平新時代が横たわっているのです。

 このように見てくると、西側資本主義・民主主義世界において、政府と民間、戦略界と実業界の間の「中国観」はかなりバラバラであり、そもそも中国問題とは何なのか、をめぐっても、全くコンセンサスが取れていない。そして、中国共産党はそこを突いてくる。自国の政治体制や発展モデルに対してますます自信過剰になり、「戦狼外交」を繰り広げ、西側諸国との国家間関係は悪化、相互不信は助長されます。経済や市場への悪影響・リスクは当然生じます。悪循環です。

 これこそがほんとうの中国問題、というのが、本稿で最も主張したいことです。

「これ」とは、中国問題とは、中国の当局や企業の言動によってのみ生ずるのではなく、それらと付き合う側、すなわち私たちにも原因があるということです。

 もちろん、全てのステークホルダーが同じ方向を向いているなどと言うことはありません。全体主義は不健全です。

 ただ、官民や業界の垣根を越えて、「恒大ショックの何が問題か?」「中国問題とはそもそも何なのか?」という根源的な部分にまで踏み込んだ上で、中国という強大経済・巨大市場を捉え、付き合っていく必要があるのではないか。理解を示すもしかり、注文を付けるもまたしかり、です。

 さもなければ、健全な圧力を受けない中国は不健全に膨張し、結果的に私たちの利益をもむしばむ悪循環さえ招きかねません。ブーメラン現象です。その意味で、恒大ショックを前にして、私たちも試されている。中国に関わる全てのステークホルダーは「共犯」だということです。