債務危機に陥った不動産大手・中国恒大集団(チャイナ・エバーグラン・グループ)に対する抗議活動が中国全土で広がっています。同社が差し迫る負債利払いをどう処理するのか、当局がどこまで「救済」するのか、注目が集まりますが、本件には、中国人の資産運用に対する姿勢も如実に表れています。

 中国恒大事件は何処へ向かうのか。今回は解説していきます。

中国恒大集団の債務危機。経済官僚が語る「ギリシャモデル」

 中国恒大集団が抱える債務がデフォルト(債務不履行)危機に直面しています。一民間企業の衰退にとどまるのか、あるいは金融システム危機、不動産市場の暴落、サプライチェーン全体へ波及するのか、そのような事態を回避すべく、当局は同社を救済しようとするのか、するとしたらどこまでするのか。市場ではさまざまな分析や憶測が飛び交っているのが現状です。

 本業の不動産だけでなく、EV(電気自動車)、サッカーチーム「広州恒大」で知られるスポーツ、遊園地などに事業を拡大する過程で、放漫経営も重なり、負債総額は33兆円まで膨張。9月下旬以降、過去に発行した社債の利払い日が集中するなど、同社の資金繰りをめぐって予断を許さない状況が続くのは必至です。

 事態が進行中ということで、本件がいつ、どこに着地するのかを断定的に語ることは不可能ですが、中国共産党の政策研究をなりわいとする私の見方によれば、当局は本件をAll or Nothing、すなわちゼロか10か、生かすか(救済)、殺すか(破産)という両極端のやり方ではなく、各方面に説明できる形で、全てのステークホルダーに(程度の違いはあれ)一定の代償を伴ってもらう形で、事件を「軟着陸」(ソフトランディング)させるでしょう。

 例えば、債権者に一定程度中国恒大に対する回収を諦めてもらうのは必至でしょう。債務者である中国恒大に対しては、事業の譲渡や物件の売却、経営陣の刷新、ビジネスモデルの再建などを要求するでしょう。放漫経営や行き過ぎた事業拡大やレバレッジ策が金融システムや実体経済に悪影響を及ぼさないように、これまで以上に管理監督を強化するはずです。2019年、中国人民銀行と銀行保険監督管理委員会が包商銀行の公的管理に踏み切った一例もあります。

 本件について議論をした中国経済官僚は「ギリシャモデル」という言葉を使って中国恒大の前途について語りました。2009年、国家としてデフォルト危機に陥ったギリシャに対してIMF(国際通貨基金)やEU(欧州連合)は、金融支援する条件として、同国に対して増税、年金改革、公務員改革、公共投資削減、公益事業民営化など、痛みを伴う緊縮財政・構造改革を要求しました。市場や経済へのシステミックリスクを回避するためにも、救済の手は差し伸べるが、タダではやらない、という論理です。私もこの官僚の見方に賛成で、中国当局は中国恒大に対して、同様の姿勢や方法で、水面下でさまざまな要求を課しているのが現状です。

恒大事件に垣間見る中国人の資産運用をめぐる特徴

 ここからは、中国恒大が陥った債務危機をケーススタディーに、中国人の資産運用について改めて掘り起こしていきたいと思います。以前も、本連載で2回分、このテーマについて扱いました(中国人の資産運用ってどうなってるの?実は、超投資先進国!?「理財」の9割が投資信託か。高いリスク許容度:中国人の資産運用はどうなってるの?(続編))。

 その中で、私自身の知人へのインタビューを通じて、中国人の資産運用をめぐる特徴として、次のような点を洗い出しました。

・中国では資産運用のことを「理財」(「財産を管理すること」)と呼ぶ
・中国人の「フィナンシャルリテラシー」は総じて高い
・中国人はリスクヘッジをしながら、自らの身の丈、性格、価値観、家族・親戚構成などに応じて多種多様、臨機応変な資産運用を行っている
・中国において「理財とは人生」、終わりはない。資産運用を通じて人生を豊かにする、家族を幸せにする。そこには儒教の「孝」、すなわち親孝行という目的も体現されている
・中国人の「理財」には政治がつきまとう

 中国恒大の債務危機が過熱化するに伴い、同社が本部を構える広東省深セン市などで抗議活動が起こっています。抗議者たちは、同社に対し「カネを返せ!」、「詐欺だ!」などと叫びながら、デモ行進や座り込みを行っています。実際、同社は資金繰りの一環として大量の「理財商品」(中国国内で販売されている高利回りの金融商品。投資信託に近い)を販売してきましたが、7万人を超える(個人)投資家が損失や償還遅延に見舞われています。また、100万人以上が、同社が関与する住宅建設の遅延や停止による影響を受けています。

 私の周りにも、同社の理財商品、住宅、そして株を購入したことのある知人がたくさんいます。彼ら・彼女らと話をしていると、「急速な事業拡大は問題だとは思っていたが」、「ただそれをやっているのは恒大だけではないし」、「銘柄としては有力だと思っていた」などという声が聞こえてきます。本件に対する見方はさまざまですが、共通していたのは、彼ら・彼女らの手元にほとんどキャッシュ(現金)がないという現状。この「キャッシュを持たない」、言い換えれば、「資産を恒常的に運用する」という点は、上記の中国人の資産運用をめぐる特徴に書き加えるべきでしょう。

 私が見る限り、中国の人々は、銀行預金にすら極めて消極的です。生活に必要な最低限の額は預金口座に残し、キャッシュレス決済の代表格であるウィーチャットペイ、アリペイに随時引き落とせるようにしておく程度です。それ以外は、理財商品を買う、株に投資する、不動産を買うなどして、家族や人生のために投資をするのです。私の周りで、不動産を居住目的だけで購入している知人は皆無で、皆多かれ少なかれ投資目的で動いています。もちろん、不動産は大きな買い物ですから、一般人の人生にそう何度も訪れる局面ではないでしょう。そう考えると、やはり利回り、期間、金額などを分散させつつ、常時、複数の理財商品を購入するというのが、多数の中国人民にとって最も身近な資産運用であるように思われます。

 今回の中国恒大事件の背景に、中国人の資産運用をめぐる特徴が如実に影響していること、なぜ抗議者たちが憤るのかが見て取れるでしょう。

中国当局は恒大事件を軟着陸させ、ポイント稼ぎしようとしている?

 9月も中旬になり、「恒大破産か!?」といった議論が広まるようになると、13日、同社は自社のサイトで声明文を発表し、次のように短く表明しました。

「最近ネット上で見られる弊社が破産する、合併されるという言論は全く正しくない。弊社は確かに現在未曾有の困難に直面している。しかし、企業主体としての責任を断固履行する。全力で生産に取り組み、住宅の受け渡しをしていく。全ての手段を尽くして正常な経営を回復し、顧客の合法的な権利と利益を保障する」

 18日、声明を具現化するかのように、同社は満期を過ぎた理財商品について、現金に代わり不動産資産の大幅値引きという形で返済する手続きを開始。投資家は住宅物件が28%、オフィスが46%、駐車スペースは52%のディスカウント価格で不動産投資が可能になり、既に購入した住宅の支払いについて割引を受ける選択肢も示されました。現金で返済を望む場合は、四半期ごとに金利と元本の10%の支払いを受ける選択も可能だとしています。

 当局側の動きですが、上記のように、事態を軟着陸させるべく、恒大側を水面下で監視監督しつつ、事態を「静観」しているのが現状です。9月15日、記者会見で本件に関して質問された付凌暉(フー・リンフイ)報道官は、「全体的に見ると、一部の大手不動産企業の生産経営過程にいくらかの困難が出現しているが、業界全体の発展に及ぼす影響についてはもう少し観察しなくてはならない」とし、不動産市場全体への影響は顕著ではないと示唆。

 8月19日には、人民銀行と銀行保険監督管理委員会が同社の幹部を呼び寄せ、経営の安定化、債務リスクの緩和、不動産市場と金融の安定などに尽力することなどを求めると同時に、この期間、事実とは異なる情報を伝播しないようにとくぎを刺しています。特筆に値するのは、同社幹部を呼び寄せた当局が、不動産業界の主管部門である住宅建設部ではなく、人民銀行と銀行保険監督管理委員会だった事実(2019年、包商銀行の公的管理を主導した2大組織)です。共産党・政府指導部として、恒大債務危機がもたらしうる影響は不動産業界・市場を超え、金融システム、サプライチェーン、実体経済全体に広がり得るリスクをはらんでいると捉え、対策を練っている状況証拠と言えます。

 習近平(シー・ジンピン)総書記率いる共産党指導部が、最も懸念しているのが「人民の動向」にほかなりません。キャッシュを持たず、理財商品や不動産に人生を賭けて投資してきた人民は、現在も中国全土で抗議活動を繰り広げています。集会の自由が実質認められていない中国では、あらゆる種類の抗議デモは往々にして当局によって抑制されます。ただ、今回に関して言えば、公の道路でデモ行進したり、恒大本社に詰め寄せ、座り込む人民を当局は抑え込もうとしていません。一定の治安や秩序を守るべく警察を動員しつつも、人民に好き勝手に暴れさせています。

 どういうことか。

 当局として、恒大の放漫経営によって被害を被った人民側を抑え込もうとすれば、批判や抗議の矛先が自らに跳ね返ってくる事態を懸念しているからです。要するに、上記で、生かす(救済)か殺すか(破産)の二者択一ではないという観点から問題提起した点に関して、当局として最も重視するのが「人民にどう映るか」だということです。昨今の一連の規制強化策にもにじみ出ているように、低所得者層に寄り添う政治を展開してきた習近平政権ならなおさらです。

 そう考えると、当局が、目下「人民の敵」と化している恒大に巨額の公的資金を投じる形で同社を救済することはしないでしょう。一方で、同社に破産されてしまえば、路頭に迷う人民が大量に出現するリスクが高い。さすがの中国共産党も、恒大債務危機で損失を被り、路頭に迷う人民に対して直接現金を配ることはできません。債権者に一定の代償を払ってもらいつつ、ギリシャモデルを応用する形でステークホルダーへの説明責任を果たしつつ、事態を軟着陸させることを考えているのではないでしょうか。私の分析によれば、中国当局は、恒大債務危機への対処を通じて、対自国民、海外投資家へのアピールという意味でポイントを稼げると踏んでいます。