G7サミットは日本にとってなぜ重要か?
6月11~13日、英国で主要7カ国首脳会議(G7サミット)が、2年ぶりの対面形式で開かれました。
米国、英国、ドイツ、フランス、イタリア、カナダ、日本という世界の平和と繁栄に大きな責任を負う西側主要国が地球規模の課題をセッティングし、解決に向けた方向性と方法を話し合う場であり、世界経済やマーケットの相場を占う上でも極めて重要です。
昨今の情勢下では、やはり新型コロナウイルスへの対応と経済復興が最優先課題として挙がり、閉幕後に発表された共同宣言では「2022年までにパンデミック終息」「来年にかけてワクチン10億回分の供与に相当する支援にコミット」などを明記。また、「必要な期間、経済への支援を継続」する点で、コンセンサスを得ました。
同時に、グリーン、およびデジタル分野での変革が経済成長につながること、重要鉱物、および半導体といった分野で、サプライチェーンの強じん性にかかるリスクに対処するメカニズムの構築などでも一致しました。
トランプ米政権時に不安定化した、自由や民主主義、法治や人権への尊重といった価値観、ルールに基づいた結束と多国間主義が、バイデン政権移行後、戻ってきた事実を象徴する今回のG7サミットだったと私は理解しています。
日米同盟を外交政策の基軸に据えてきた、自由民主主義国家である日本にとっては、プラスに働く現状です。
新型コロナ対策、経済復興、気候変動、そして後述する中国の拡張的な行動にどう向き合うかといった、グローバルな課題と挑戦をめぐって、日本が単独で構想、対処することはあり得ません。せっかく多大な外交的努力と投資を経て、G7という主要国の仲間入りをしているのですから、それを十二分に活用しない手はないのです。
今回のG7サミットにとって「陰の主役」は中国、というのが各種報道機関の論調でした。私もそうだったと思います。
本連載でも扱ってきたように、中国問題はすでに国境や領域を超え、国際関係や世界経済を翻弄(ほんろう)しています。
新疆ウイグル問題は、価値観の死守という観点から、人権への尊重を重視する西側諸国の外交政策だけではなく、同自治区で生産された綿花を使用して商品を製造している企業のレピュテーションリスク(企業に対する悪評のリスク)にも関わってきます。
私も約20年中国を見てきましたが、今日ほど、中国の政治問題が、広い範囲で、深い次元で、各国企業の商業活動に影響を与えている時期はありません。
G7諸国の中で、中国リスクを最も切実に感じているのは日本でしょう。最も近いから、中国の隣国だからというのが主要因です。
中国海警局の公船が連日のように尖閣諸島沖にやってきて、挑発的な動きをし、領海侵犯している状況はその最たるもの。仮に台湾海峡で武力衝突を含めた有事が発生すれば、そこから最も近い日本が巻き込まれるのは必至で、マーケットは大混乱、株式市場は大暴落するでしょう。
これらのリスクに日本が単独で対処することは不可能。真っ先に依拠すべきはやはり日米同盟+G7なのです。
その意味で、英国がTPP(環太平洋経済連携協定)への加盟を表明したこと、ドイツやフランスといった欧州の大国がインド太平洋地域に戦略的関心を強めていること、また、バイデン大統領も出席して行われたNATO(北大西洋条約機構)首脳会議で、「中国の野心と強引なふるまいは、ルールに基づく国際秩序とNATOが関わる安全保障への挑戦」と共同宣言に明記し、日本を含めたアジア太平洋の各国との連携を強化する方針を示したことは朗報といえます。日本は対中戦略、政策で孤立してはならないのです。
G7は「陰の主役」中国をどう“活字化”したか?
G7サミットが「陰の主役」中国をどう扱ったのかを、具体的に見ていきましょう。
中国はサミット期間中、首脳間で何が話されたのか、どういう思惑があるのかよりも、首脳宣言に活字化された内容を重視します。
私はしばしば「中国は文字の国」と説明しますが、中国は、政府から民間まで、文字として、特に公式文書にどう書かれるかを重視し、それによって判断する傾向が非常に強いのです。
中国に関して、宣言が活字化したのは主に以下の部分です。
「引き続き、世界経済の公正で透明性のある作用を損なう非市場主義政策、および慣行という課題に対する共同のアプローチについて協議する」
「多国間システムにおけるそれぞれの責任の文脈において、相互の利益になる場合には、共通のグローバルな課題において、特にCOP26(気候変動枠組条約)その他の多国間での議論で気候変動及び生物多様性の損失に対処するに当たり、協力する」
「同時に、そうした協力をする際にも、中国に対し、特に新疆との関係における人権及び基本的自由の尊重、また、英中共同声明及び香港基本法に明記された香港における人権、自由及び高度の自治の尊重を求めること等により、我々の価値を促進する」
G7外相会議に続いて、「中国」を名指しで取り上げています。
中国は、自らが欠席している舞台で名指しされることを極端に嫌う傾向にあります。その意味で、中国の反発は必至といえました。
これらの段落では、市場の公平性に関わる経済活動、新疆ウイグルや香港における人権と自由に関して、中国の姿勢やふるまいに懸念を表明し、改善を促すものです。
特筆に値するのは、(1)経済行為や人権問題で中国に厳しく求めつつも、協力の分野と可能性を排除していない点、(2)協力するには前提条件があると規定している点、(3)気候変動における多国間協力と人権問題における中国の対策をリンケージ(連鎖)させている点です。
最近、投資の分野でもESG(環境・社会・企業統治)が重視され、企業側、投資側双方にとって軽視できない基準となっていますが、気候変動と人権問題はまさにそのど真ん中の分野であり、今後、各国と中国との関係ややり取りを見ていく上で、ますます重要になるでしょう。G7は、人権をないがしろにする中国とは気候変動で協力しないと言っているのですから。ただ、以前本連載でも扱いましたが、「中国式人権」を掲げる共産党が人権問題で妥協する可能性は低く、そう考えると、中国と西側主要国との気候変動をめぐる協力は一筋縄にはいかないでしょう。
宣言は「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」「東シナ海、および南シナ海における状況を引き続き深刻に懸念し、現状を変更し、緊張を高めるあらゆる一方的な試みにも強く反対」とも明記。初めて「台湾」へ言及し、中国の台頭が招いた安全保障問題に、G7として前代未聞の懸念を示し、活字化した事実は重いです。
中国がG7サミットに「抑え気味」に反応した理由
ここからは中国の反応について検証していきます。
G7サミットを経て、西側と中国との関係がどれだけ緊張、悪化するのか。マーケットへの影響を計る上でも重要な作業になります。
中国の反応を3つの側面から分析していきたいと思います。
1:首脳宣言内容は想定内
一つ目に、首脳宣言の内容や言及は、中国共産党指導部にとっては「想定内」だったという点です。私もサミットの前後、党や政府の政策立案者らと議論しましたが、彼らは総じて、台湾への言及、中国への名指しなどは必至と予測していました。
サミット直後に、中国駐英国大使館の報道官が、中国を侮辱する内政干渉であるとし、「強烈な不満と断固たる反対」を表明しましたが、逆に言えばその程度の反応でした。
中国が端午の節句で3連休だったという事情もあったのでしょうが、新華社や人民日報といった官製メディアが、対G7、西側ネガティブキャンペーンを大々的に展開するといった様相も見られませんでした。
2:最重要政治イベント前の安全運転
二つ目が、中国の「抑え気味」の反応が、共産党結党百周年記念式典(7月1日)前夜というタイミングに関係している点です。
この政治の季節、習近平(シー・ジンピン)総書記にとっては、安全運転が絶対的に重要であり、党内で目立った政敵が見られない現状下、最も警戒すべきなのが失策です。
この意味で、G7諸国が中国の人権や海洋政策を警戒している、これらの問題をめぐって、中国と西側諸国との関係が劇的に悪化しているという印象を、14億の人民に持たれたくない。故に、“外交辞令”で抗議や不満を示しつつも、物事を穏便に済ませたい。また、コロナ禍の経済を安定的に運行させるために、引き続き外資を積極誘致するという意味でも、中国が国際的に孤立しているという印象を与えたくないのでしょう。
3:西側諸国に対する分裂工作
三つ目に、中国としてG7を一枚岩でとらえず、対西側分裂工作を図っているという点です。
以前も、中国がG7メンバーであり、今年G20の議長を務めるイタリアを取り込もうとしている現状をレポートしました。今回、サミット終了後の記者会見で、フランスのマクロン大統領が、「G7は中国を敵視する集まりではない」という発言をしましたが、中国の官製メディアはこの発言を大々的に報じていました。
中国としては、昨今、G7、NATO、QUAD(米、日、豪、印)など、重層的対中包囲網が形成されている情勢下、悪いのはあくまでも米国であるのだという、ナラティブ(物語)を作ろうとしています。6月15日、定例記者会見を開いた中国外交部の趙立堅(ジャオ・リージェン)報道官は、「米国は病気だ。軽くない。G7は米国の脈を測り、薬を出すのがいいだろう」と皮肉っています。
また、NATO会議を受けて、中国はEU(欧州連合)を全面的・戦略的パートナーシップだと見なしていて、「米国がイデオロギーを対立軸に、中国に対して小サークルで対抗しようとしているが、中国と欧州は多極化世界における2つの重要な力量を代表している。我々はEUが不断に戦略的自主性を増強し、他国の誤った対中政策に拉致されないと信じている」と、欧州と米国と分裂工作を図っています。「他国」が米国を指すのは言うまでもありません。
このように見てくると、中国の米国に対する不信感は強まっていて、経済や気候変動といった一部分野での対話や協力はあっても(実際に、財務、商務の閣僚対話は進んでいる)、外交関係が根本的に改善する可能性は低いです。
ただ、中国としても、米国が原因で、欧州や日本を含めた西側諸国との関係が全面的に悪化することは望んでおらず、特に共産党百周年記念期間にある昨今、できる限り穏便に対外関係を管理し、安定的な経済政策につなげようとするでしょう。
本コンテンツは情報の提供を目的としており、投資その他の行動を勧誘する目的で、作成したものではありません。銘柄の選択、売買価格等の投資の最終決定は、お客様ご自身でご判断いただきますようお願いいたします。本コンテンツの情報は、弊社が信頼できると判断した情報源から入手したものですが、その情報源の確実性を保証したものではありません。本コンテンツの記載内容に関するご質問・ご照会等には一切お答え致しかねますので予めご了承お願い致します。また、本コンテンツの記載内容は、予告なしに変更することがあります。