米国市場では大統領選挙の行方を巡る不確実性が高まりそう

 米国株式は9月に乱高下しました。NYタイムズ紙は28日、トランプ大統領が就任前にほとんど所得税を払っていなかった疑惑を報道。29日の第1回・大統領候補者TV討論会を迎えました。同討論会でトランプ氏は、バイデン候補に対して挑発的な姿勢を押し出しましたが、このスタイルが多くの有権者を遠ざけた可能性も指摘されており、「候補者討論会として過去最低の一つ」と報じたメディアもありました。

 直後に実施された各種世論調査によると、トランプ氏がバイデン氏に対する劣勢を跳ね返すには至りませんでした。追加経済対策を巡り議会(民主党と共和党)が合意していない状況(30日現在)に加え、市場が「増税と規制強化」を公約に掲げるバイデン民主党候補の優勢をあらためて警戒する可能性はあります。2回目(15日)と3回目(22日)のTV討論会でトランプ氏が形勢を逆転する事態も想定され、大統領選挙の動向はいまだ予断を許しません。ただ、「現職大統領の再選失敗」の可能性に加え、最近は「トランプ氏が敗北を認めない(当選者が決まらない)」とのリスクも視野に入ってきたことで、米国株式は当面上値の重い神経質な動きを示す可能性があります。

 トランプ氏が挽回を目指し、対中姿勢を強めるなどして「オクトーバー・サプライズ」(10月の危機)に直面するとの観測も根強くあり、香港株式市場は軟調を鮮明にしています(図表1)。

<図表1>日本、米国、香港の株価指数推移

出所:Bloombergより楽天証券経済研究所作成(2019年10月初~2020年9月30日)

第1回・大統領候補者TV討論会でトランプ氏は挽回ならず

 9月29日に第1回・大統領候補者TV討論会がオハイオ州クリーブランドで開催されました。トランプ大統領(共和党)とバイデン候補(民主党)は、司会者(FOXニュース)を交えて、新型コロナ対策、経済政策、連邦最高裁判事、人種差別(暴力)問題、選挙の公平性などについて直接対決しました。

 印象として、トランプ氏が司会者の制止を無視しながらバイデン氏の発言を遮る場面が多く、「あなたの息子(ハンター・バイデン氏)がロシアから巨額の資金を得たことを説明せよ」と問い詰めたり、バイデン氏を「社会主義者だ」と決めつけるなどし、相手を追い込む姿勢を強くし過ぎたあまり、公平で実のある議論が展開されたとは言えない結果でした。一方、(想定されていた以上に)バイデン氏は笑顔を交えて冷静に対応。トランプ氏の言動にやや「焦り」がみられたこともあり、相対的にバイデン陣営が無難かつ優勢に討論会を消化した感があります。

 図表2でみるとおり、TV討論会の直後に「トランプ当選予想」は一段と低下した(バイデンの当選予想が上昇した)ことがわかります(30日)。 

<図表2>TV討論会後、トランプ当選予想は一段と下落

出所:Real Clear Politicsより楽天証券経済研究所作成(2020年4月初~9月30日)

 市場参加者は、バイデン民主党候補の経済政策が「大きな政府」、「増税」、「規制強化」を志向していることを警戒しています。

 図表3は、トランプ大統領(共和党)とバイデン候補(民主党)の方針や政権公約に関する概略を比較一覧にしたものです。バイデン氏は、「10年間で約4兆ドル規模の増税を実施する」との方針を示しています。法人税率を平均7ポイント(21%→28%)引き上げ、所得税最高税率を引き上げる(37%→39.6%)方針です。

 ただ、歳入拡大を財源にして「10年間で約7兆ドル規模の歳出増加を実施する」と述べ、インフラ関連(高速道路、鉄道、通信網)やグリーンテクノロジー(電気自動車の普及と支援)の推進に向けた支出の拡大と雇用の増加も計画しています。

 また、第1回TV討論会で「米国の製造業雇用を拡大させる」とも明言。金融業界の一部では「コロナ禍が終息し米景気が回復するまで増税は実施しない(できない)」、「企業や高所得者に対する増税よりも歳出の拡大が景気と業績の浮揚にプラス」との冷静な見方も出始めています。

<図表3>トランプ氏とバイデン氏の政策比較(予想)

出所:各種の情報や報道より楽天証券経済研究所作成(2020年9月末時点)

米国市場は最悪シナリオ(カオス=混沌)に直面するのか

 参考情報として、第2次大戦後に現職の大統領が再選に失敗した年(1976年、1980年、1992年)における米国株式(S&P500指数)の動きを平均化した推移(年初=100)を図表4に示しました。傾向として、9月から11月初めの選挙まで株式市場が神経質な動きを強いられ、10月に波乱含みとなったケースもありました。

 そして、選挙の直前や直後の「イベント消化」を契機に株式市場が「年末高」に向け上昇した平均的傾向もみられます。いずれにせよ、3つのケースで「現職大統領の再選失敗」が秋相場の上値を抑えた経緯がわかります。

 ただ、「バイデン当選を過度に悲観視するべきでない」(欧州系投資銀行)との見方もあります。ゴールドマン・サックス・グループ前CEOのロイド・ブランクファイン氏は30日、「株式市場は大統領選で民主党候補のバイデン前副大統領が勝利するという見通しに対してそれほど動揺していない」、「恐らく市場参加者は、不快さや枯れた地球よりも、増税や規制強化の方が自分たちの株式や確定拠出型年金(401k)に良いと考えている」とツイートして注目されました。

<図表4>「大統領の再選失敗」に向け相場波乱はあるか

出所:Bloombergより楽天証券経済研究所作成

「トランプ再選」や「バイデン当選」の他に、潜在的なリスクとして「勝敗が決定しない(当選者が決まらない)」事態が警戒され始めています。選挙当日にバイデン氏がトランプ氏に大差で勝利できない場合、トランプ氏が一方的に「勝利」を宣言。郵便投票の開票結果で劣勢となっても、「郵便投票は不正が多く信用できない」と主張して敗北を認めない可能性が指摘されています。かつては落選確実となった候補者が当選確実となった候補者に電話して「敗北」を認める潔さが大統領選挙の常識でした。

 ただ、トランプ氏自身が「常識的ではない」とみなされていることに留意するべきでしょう。トランプ氏について「大統領を退任した場合は納税問題で法的リスクに晒される可能性が高い」との指摘があります。NYタイムズ紙が入手したトランプ氏の納税申告書にもとづく分析によると、IRS(内国歳入庁)の監査次第では、(現職大統領としての免責特権を失った後に)多額の制裁金を科せられ、法律違反が故意と判断された場合は刑事訴追の可能性も指摘されています。

 トランプ氏は「負けられない選挙」を強いられており、選挙結果次第では「敗北を認めない=政治が大混乱する=株式市場が不安定化する」とのカオス(混沌)に直面する可能性も否定できません。結果としてこうした事態が向かう「司法判断」に備え、トランプ大統領が最高裁判事の空席に共和党寄りで保守派のエイミー・バレット氏の任命・承認を急いでいるとの説が有力です。トランプ大統領は25日、選挙で敗北した場合に「平和的な政権移譲を約束するか」との質問に「何が起きるか見る必要がある」と答え確約を避けました。その真意と言動を巡る不透明感で、当面も株式市場の行方を楽観視できない状況が続きそうです。

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