2020年のWTI原油相場は42~65ドル予想。米大統領選がカギ

 今回のレポートでは、2020年の原油相場の見通しを述べたいと思います。

 2020年、WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油価格は42~65ドルで推移すると予想します。上限の65ドルは12カ月平均です。

 筆者は、2020年の原油相場を考える上で、米大統領選挙を非常に重要な要素と考えています。このため、2020年11月3日の大統領選挙までのトランプ大統領の行動が、原油相場に大きな影響を及ぼすとみています。

 前回のレポート「2020年の金・プラチナ最高値をズバリ予測!」で述べた通り、トランプ大統領は再選に向けて、株高と失業率低下を推進する施策を行うとみられます。これが実現すれば、米国の景気動向に浮揚感が生まれ、世界景気が好転する期待が高まります。

 米国や世界の景気が好転する期待感が高まれば、石油消費量の増加観測が生じます。つまり、トランプ大統領が再選を目指し、株高と失業率低下のための施策を推進すればするほど、原油相場に上昇圧力がかかると考えられます。

 一方、2018年のレポート「2019年の原油相場の見通し:レンジは45~65ドル。トランプ相場継続か」で書いた通り、同大統領は過去12カ月平均ベースで、82ドルを中心とした上値107.58ドル、下値57.97ドルのレンジを“高値警戒水準”と認識している可能性があります。

「82ドル」という具体的な原油価格について言及した、トランプ大統領の過去のツイートは以下のとおりです。

トランプ大統領が2018年11月21日にしたツイート(抜粋)

Oil prices getting lower. Great! Like a big Tax Cut for America and the World. Enjoy! $54, was just $82. Thank you to Saudi Arabia, but let’s go lower!

 原油価格が54ドルまで下落したことを歓迎しながら、かつては82ドルだったと言っています。

 このため、過去12カ月平均価格が高値警戒水準の下限である58ドルを超えてくると、トランプ大統領は、昨年のようにOPEC(石油輸出国機構)プラス()の協調減産や原油相場が高いことそのものを批判する発言やツイートを行い、原油相場に下落圧力がかかる可能性があります。

※OPECプラス:OPEC加盟国13カ国にロシアなどのOPECに加盟していない非OPEC諸国の10カ国、合計23カ国(2020年1月以降)で構成する産油国の集団

 このように考えれば、トランプ大統領が躍起になって、再選に向けて施策を進めれば進めるほど、原油相場には上昇圧力と下落圧力の両方がかかることになります。つまり、米大統領選挙をメインの変動要因と想定した場合、2020年の原油相場はある一定のレンジで推移すると考えられます。

 これらの点を総合し、筆者は2020年の原油相場の上値のメドを、過去12カ月平均価格ベースで65ドル(2019年1月の水準)、下値のメドを実価格ベースで42ドル(2018年12月の安値水準)としました。

図:WTI原油先物 過去12カ月平均(赤線)と月足終値(緑線)

単位:ドル/バレル
出所:CME(シカゴ・マーカンタイル取引所)のデータをもとに筆者作成

 本レポートでは、過去12カ月平均価格は、過去11カ月間それぞれの月次平均価格と当月の直近営業日の終値を平均して計算しています。このため、過去12カ月平均価格は、日々、変動することを想定しています。12月21日時点で過去12カ月平均価格は約56.47ドルです。

トランプ大統領が誘発する、原油価格の下落という名の“減税”の可能性

 トランプ大統領が大統領選挙に向けて、米中貿易戦争を具体的に鎮静化させたり、米国が関わるイラン、ベネズエラ、北朝鮮などの国々の問題を解決したりしながら、一般の有権者が景気回復を実感しやすい株価の上昇と失業率の低下を実現するとみられる点については、以前の「2020年の金・プラチナ最高値をズバリ予測!」で述べました。

 この点は、米国や世界全体の石油消費増加の期待を高めることにつながる、正に、2020年に想定される原油価格の上昇要因と言えます。

 また、トランプ大統領が利下げを行うよう圧力をかけているFRB(米連邦準備制度理事会)が実際にさらなる利下げを行えば、景気回復により石油消費増加の期待が高まったり、ドル安により他通貨建ての原油に比べ、ドル建ての原油に割安感が生じたりするため、ある意味この点も、トランプ大統領起因の原油価格の上昇要因と言えます。

 一方、先述のとおり、トランプ大統領が再選を目指して施策を行えば行うほど、原油相場に下落圧力がかかる場合もあります。

 上値のメドを過去12カ月平均ベースで65ドルとしましたが、実際には、同価格がおよそ58ドル(グラフでは57.97ドル)を上回り、高値警戒水準に入ると、同大統領は原油価格の上昇やそれを主導するOPECプラスをけん制する可能性があります。

 先述のとおり、トランプ大統領は、82ドルに言及したツイートの中で、原油価格の下落は“Like a big Tax Cut for America”、つまり“米国にとって大きな減税効果”だとしました。一般の有権者にとって、ガソリンなどの石油製品の価格下落は、減税のようなメリットがあると考えているわけです。

 トランプ大統領にとって、大統領候補を選出する代理人や大統領に直接投票をする選挙人を選出する一般の有権者は、再選を実現する上で非常に重要な存在です。このため、原油価格の下落という名の減税を実施したいと考えている可能性があります。

 トランプ大統領が行うとみられる一般の有権者向けの施策である、株価を上昇させる施策や、失業率を低下させる施策は原油相場の上昇要因であるものの、石油製品価格の低下という減税に準じる策は原油相場の下落要因と言えます。

 このため、2020年の原油相場は、上昇しても、下落しても、ある一定の水準を限度とする可能性があるわけです。

サウジアラムコ関係者の思惑に注目。サウジを筆頭としたOPECは発足60周年

 米大統領選が最大の変動要因と考えていますが、それ以外に、OPECプラスの協調減産や米国の供給圧力、米中貿易戦争の動向、サウジアラムコ株の関係者の思惑など、考慮しなければならない要素が複数あります。

 以下の資料は、米大統領選挙の他、「供給」「消費」「アラムコ関係者」の要素を、スケジュール感とともに、想定される影響を上昇要因(赤)・下落要因(黄)別に書いたものです。

図:2020年の原油相場をみる上でのポイント

出所:筆者作成

「アラムコを2兆ドル企業に!原油価格を維持したいサウジの政治圧力と追加減産」で述べたとおり、サウジアラムコは世界最大の石油会社であり、かつ石油開発の上流部門(原油の生産など)をメインとする会社です。

 “サウジアラムコ関係者”を、2020年の原油相場の変動要因に加えたのは、12月11日のサウジ国内市場に上場したことを機に、同社の株価を上昇・維持するために、原油相場を維持したいと考える人や組織が新たに生まれたと考えたためです。

 以下はアラムコの株価の推移です。

図:サウジアラムコの株価

単位:リヤル
出所:ブルームバーグより筆者作成

 サウジ国内市場での最終的な売り出し価格が12月5日(木)(OPEC総会と同日)に、IPO(株式の新規公開)予定額の上限である32リヤルで決定し、11日(水)に上場しました。上場した日は制限値幅の上限に達し、その後、数日間は時価総額2兆ドルの目安である37リヤルを超えて推移していました。

 しかし、上場から1週間が過ぎた18日(水)ごろから37リヤルを下回る値動きとなっており、22日(日)には34.9リヤルという上場来安値をつけました(サウジなど中東諸国の主要な株式市場は、日曜から木曜に取引が行われています)。

 売り出し時点と条件が変わらなければ、アラムコ株は、サウジ国内の個人投資家と認められた一部の金融機関のみが売買できます。

 アラムコ株を保有しているこれらの投資家はもちろん、アラムコを実質的に保有しているサウジアラビア政府、そして今後、アラムコ株を(東京を含め)サウジ国外の証券市場で取引ができるようにし、その際に、手数料を得たいと考えている大手の金融機関などのアラムコ関係者らは、アラムコの株価が下落することを望まないでしょう。

 現在は、IPO後の過熱感が去っている最中と考えられるものの、今後はやはり、アラムコのさまざまな関係者らは、同社の株価が上昇することを望むと考えられます。同社が石油会社である以上、同社の株価が上昇することを望むことは、原油価格の上昇を歓迎することを意味します。

 この点は、アラムコの上場を機に、原油市場に、新たな価格上昇要因が生まれたことを意味すると、筆者は考えています。

 また、1960年9月に発足したOPECは、2020年9月に発足60周年を迎えます。サウジをリーダー格とするOPECとしても組織が団結していることを強調するチャンス(強調しなければならないタイミング)です。

 仮に、2020年9月時点で、協調減産が行われていなければ、市場はOPECが団結していないとみなす可能性があります。60周年を団結した、市場が好感する状態で迎えるには、少なくとも、9月時点でも協調減産を行っている必要があります。

 この点は、アラムコの株価上昇につながる話であるため、サウジとしては何としてでも、4月以降も(現時点では協調減産は2020年3月に終了する)、そして60周年を迎える9月時点でも、協調減産を実施するために調整を行うとみられます。

米シェール主要地区の原油生産量は2020年に鈍化する?

 2020年は、米国のシェール主要地区の原油生産量の増加傾向が鈍化する可能性があります。以下のグラフは、米シェール主要地区における、掘削済井戸数と仕上げ済井戸数の推移を示しています。

図:米シェール開発指標と原油価格

出所:CMEおよびEIA(米エネルギー情報局)のデータより筆者作成

 米シェール主要地区における開発工程は、探索・開発・生産の3つに分けることができます。工程の真ん中にある「開発」は、前工程の「掘削」と後工程の「仕上げ」に分けられます。

 掘削とは、リグ(掘削機。生産をする施設ではない)を稼働させて井戸を掘る作業です。仕上げとは、原油の生産を開始するために行われる、最終的な作業のことで、具体的には、掘削した井戸に対し、壁面をセメントで固め、水と砂と少量の化学物質を高圧で注入し、井戸の先端部分のシェール層を破砕し、原油を抽出できるようにすることです。

 生産に最も近い工程である仕上げは、全工程の中で最もコストがかかると言われています。そのため、仕上げを行うことは、後に原油の生産を開始し、それを売って収益を上げることを前提としていると言えます。

 12月16日に公表されたデータを参照した以下のグラフからは、先月(11月)、仕上げが完了した井戸の数が、やや多めに減少したことが分かります。原油生産を開始することを前提として行われる「仕上げ」が完了した井戸の数が減少していることは、将来の同地区の原油生産量の減少の一因になると考えられます。

 とはいえ、以前の「OPEC総会直前レポート!米シェール生産増加は、OPEC減産継続の最大の動機?」で述べたとおり、“質”にあたる生産効率を示すデータは引き続き上昇傾向にあるため、“量”にあたる井戸の数が減っても、必ずしも生産量が減少するとは限りません。

 しかし、少なくとも“量”に、やや黄色信号が灯っている点には、引き続き注目していかなくてはならないと思います。この“量”の減少が本格化すれば、2010年ごろから続く米シェール主要地区の原油生産量の増加は、2020年に“鈍化”する可能性があります。

 本レポートで述べたとおり、2020年は、“トランプ大統領が再選を狙う”米大統領選挙があること、アラムコの関係者らの原油価格上昇への思惑が強まること、OPECが60周年を迎えること、そして、米シェール主要地区の原油生産量の増加が鈍化する可能性があることなど、原油市場にとって、例年以上に話題が豊富な年と言えます。

 引き続き、本レポートで原油価格の動向や変動要因、トピックを書いていきます。

 本年もご愛読いただきありがとうございました。来年も引き続き、どうぞよろしくお願い致します。

※12月30日(月)の週刊コモディティレポートはお休みいたします。2020年は1月6日(月)から配信をいたします。