今日は、英国のEU(欧州連合)離脱条件がなかなか決まらない原因となっている「反EU勢力がEU内で拡大している問題」について解説します。
3月29日に予定されている英国のEU離脱は3カ月延期になる可能性が高い
英国は、2019年3月29日にEU離脱を実行の予定です。ところが、離脱条件についてEUと合意できていません。もし「合意なき離脱」になれば、英国とEUの間の貿易にいきなり関税が復活します。そうなると、英国にもEUにも多大なダメージが及びます。
英国進出企業には、合意なき離脱リスクに備えて動き始めたところもあります。ホンダは、英国での四輪車生産からの撤退を発表しました。大手金融機関には、ロンドン拠点をドイツやフランスに移す検討をしているところもあります。
英国議会では「合意なき離脱」だけは避けようと、ぎりぎりの審議が続いています。メイ英首相がEUと合意していた離脱案は、英国議会で反対多数で否決されたため、いろいろな修正案が検討されていますが、3月中にまとまるのは困難な情勢です。
英下院は、3月12日までに修正離脱案が議会で承認されなかった場合、離脱期限の延期の是非を審議することを決めました。1回限りで3カ月程度の延期が承認されると考えられます。したがって、3月末にいきなり「合意なき離脱」が決まるリスクは低いと考えられています。
ただし問題は、3カ月延長しても英国議会で離脱条件の合意ができる見込みがないことです。延長後の期限(6月末となる見込み)が迫る時には、再度、合意なき離脱の不安が広がる可能性があります。
英国民がEUからの離脱を望むのはなぜか?
英国内の世論は、強硬離脱派(合意なき離脱を辞せず)、穏健離脱派(EUとの関係を残しつつ離脱)、EU残留派の3派に分断されているため、離脱条件について議会で簡単に合意が得られない状況です。
英国民がEU離脱を望むのには、3つの理由があります。
【1】移民難民に対する不安
【2】EU・ドイツへの反感
【3】経済的に弱い加盟国を支えなければならないことへの不満
です。最大の不満は、EU経由で移民難民が流入してくることです。移民によるテロが起こるたびに、不満はエスカレートしています。
【1】EUからの移民流入を規制できないことへの不満
EU内は自由に人が行き来できるようにルール(シェンゲン協定)が定められています。その結果、2000年代以降にEUに加盟した東欧諸国から、英国・ドイツなど西側諸国へ移民が増えています。近年は、トルコ・ギリシャ経由でシリア難民の流入が増えています。英国は、EU外の国(シリア)から直接イギリスに難民が入っていることは規制できますが、一旦EU加盟国に入国を認められると、将来EU経由で難民がイギリスに流入することを防げないとの懸念があります。英国には年25万人程度の移民が流れ込んでいますが、その約半分がEUからの移民です。
移民は低賃金の労働者となり、英国経済を支えてきましたが、最近は、移民増加のペースが高まったことにより、英国の低賃金労働者と競合が起こっています。さらに最近、欧州および米国で、移民が引き起こす犯罪やテロが問題化していることも影響して、英国を含め、欧州各国で反移民運動が広がっています。
【2】EU・ドイツへの反感
英国には、大陸欧州に先んじて市民革命や産業革命を遂行してきた歴史があります。誇り高き英国人の言葉の節々に、EUを実質的に支配するドイツへの反感が見え隠れしています。
離脱強硬派の主張には、「EUに支配されない真の独立を勝ち取ることが重要」、「EU残留を可決することは、EU官僚に対し無条件降伏を表明するのと同じ」、「EUが国家を超えた国家としてイギリスに君臨するのを許すな」など、感情的な表現が混じることがあります。EUをドイツに置き換えると、その意味するところがわかります。
【3】EUに取られる巨額の負担金に不満が蓄積
EU運営に必要な予算に対し、EU各国に負担が割り振られています。負担は、経済力の強い国が大きく、経済力の弱い国が小さくなる仕組みです。ドイツがもっとも大きな負担金を出しています。英国は、オランダ・フランスなどと並び、大きな負担金を強いられています。EUから離脱すると、負担金を免除されるので、離脱派はそのメリットを訴えています。
EUはこれまで、ギリシャ支援に巨額の資金をつぎ込んでいます。ギリシャだけでなく、ポルトガル・スペインなど、EU内には、対外債務の大きい国が多数あります。英国民は、EUの低信用国を支えるために、英国の税金が使われることに、納得できないと考えています。
アイルランド国境問題が、離脱条件の合意を阻んでいる
合意を阻んでいる致命的な問題が、アイルランド国境問題です。英国領の北アイルランドは、EU加盟国であるアイルランドと地続きです。現在、国境管理はなく、人やモノの行き来が自由です。そこに国境管理を導入するか否かが最大の争点となっています。
強硬離脱派は、国境管理を厳格にしないと、EU経由で流入する移民難民を食い止められないと考えています。ところが、与党保守党および連立を組むDUP(北アイルランド政党)は、アイルランドとの国境を閉ざすことは、経済的にも*歴史的経緯からも受け入れがたいと考えています。
*アイルランドが英国から独立した時、北アイルランドは英国に残留することを選んだが、北アイルランド内でその後も、残留派と独立派で長く紛争が続けられた。現在は、和平が成立しているが、それはアイルランドとも英国とも自由に行き来できることが前提となっている。
EU加盟国にも、EUへの不満が蓄積
英国の離脱条件が決まらないことに対し、EU側にも焦りがあります。「合意なき離脱」になれば、EUにもダメージが及ぶからです。
英離脱のダメージを小さくするには、離脱後も、英国が関税同盟(関税なしで貿易できる)に留まることを認めれば良いと言えます。ところが、簡単にそれを認められないところに、EU側の苦悩があります。
というのは、EU加盟国内でも、反EU勢力がどんどん拡大しているからです。英国に、いかにも「いいとこ取り」のような離脱を許せば、英国を真似て、関税同盟に留まりながらEUから離脱を目指す動きが広がりかねない不安があります。
EU加盟国の国民に広がるEUへの不満も、英国民の不満と構造は同じです。移民難民が流入することへの不満と、EUドイツに支配されることへの不満です。
共通通貨「ユーロ」の幻想
出口の見えないEUの構造問題の元凶は何か考えると、共通通貨ユーロに行き着きます。今になってみると、経済構造がまったく異なる欧州の国々が統一通貨を持つという構想は、幻想だったと言わざるを得ません。
ギリシャの債務問題を悪化させたのは、共通通貨ユーロの存在です。ギリシャは2001年に自国通貨ドラクマを廃止して共通通貨ユーロを採用しました。
もしギリシャがEUに加盟せず、通貨ユーロを使用していなければ、ギリシャの通貨ドラクマは、2001年以降、経常赤字の拡大とともに、対ユーロ・対ドルでじりじりと下落し続けたはずです。通貨が下落すれば、輸入インフレが引き起こされ消費が抑えられます。一方、観光業・海運業など外貨をかせぐ自国産業は活性化します。経常赤字拡大→通貨下落→輸入減少・輸出活性化→経常赤字減少という「教科書的な為替調整機能」が働いていたはずでした。
ところが、ギリシャはドイツの信用で支えられた通貨ユーロを使用していたため、通貨は高止まりし、為替による調整機能が働きませんでした。ユーロを使い続けていたギリシャは、経常赤字を拡大させても通貨安による輸入インフレに見舞われることがありませんでした。それで、さらに経常赤字が拡大するという構造に陥りました。
スペインもポルトガルもイタリアも、大なり小なり同じ構造問題をかかえています。自国通貨が下がることによる「消費抑制効果」が働かないため、過剰消費は抑えられません。そのまま放置すると、最後は、ドイツなど経済強国からの補助金で埋め合わせなければならなくなります。そうなっては困るから、ドイツはEUを通じて緊縮財政を強制します。
スペイン人、ポルトガル人、イタリア人は、自国通貨の下落によるインフレによって消費が抑圧されるならば、それは自国経済が弱い為とあきらめるでしょう。ところが、EU・ドイツの命令で、緊縮財政をやらされ、それで消費が抑圧され、景気が低迷していると聞かされると、EUへの怒りが蓄積していきます。
今のところ、南欧諸国の反EU勢力は、「反緊縮」「反移民」を唱えているだけで、EUからの離脱を明確には宣言していません。自国通貨を捨て、共通通貨ユーロを採用してしまった以上、それを自国通貨に戻すにはあまりに巨額のコストがかかるからです。EUに留まった上で、EUの規制に反旗を翻すスタンスをとっています。
英国がEUからの離脱を決断できたのは、通貨まで共通化せず、英ポンドを残していたからです。通貨を人質にとられたEU諸国は、EUからの離脱を簡単に口にできません。ただし、イタリアで反移民・反EUを唱える政党(五つ星運動)が政権をとりました。フランスでは格差拡大への不満から、左派勢力が強まりつつあります。このように各地で反EU勢力が拡大しています。
ドイツにも焦り
EUを主導しているのは、EU最大の経済強国ドイツです。南欧のEU加盟国で勢力を拡大しつつある急進左派勢力や極右勢力など、反EU勢力は、今のところ「EU官僚」「ブリュッセル(EU本部があるベルギー首都)」を、緊縮財政を押し付けて景気を低迷させる元凶として批判しているが、一歩間違えば、批判の矛先は、ドイツに向かいかねません。
そのドイツに焦りがあります。経済的に弱体のギリシャなど南欧諸国を、ドイツがEUを通じて財政的に支えていることに、ドイツ国民の不満が膨らんでいるからです。「われわれの税金を使ってギリシャを支えるのはやめろ」という声が広がっています。財政規律を重んじるドイツ、オランダなどは、第2、第3のギリシャが現れることを防止するために、財政状態のよくない南欧諸国に、何としても緊縮財政を守らせなければならないと焦っています。
EUを主導するドイツでも、反移民・反EUを掲げる極右政党「ドイツのための選択肢」が勢力を拡大する事態が起こっています。
日本株への影響
英国のEU離脱問題、欧州全域で反EU勢力が拡大している問題は、簡単に解決せず、長期的にくすぶり続けるリスク材料となるでしょう。ただし、すぐに世界経済や世界の株式に大きな影響を及ぼすものではないと考えています。当面、日本株に与える影響は、あまり大きくないと考えています。
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