2018年前半戦終了直前、「V字」を描いた原油相場

 原油相場はまさに「V字回復」という言葉が当てはまる展開です。

 5月後半に72ドルをつけた後、サウジアラビア、ロシアが増産を示唆したことが主因となり下落。しかし、それまでの1カ月間で増産への意識が市場に刷り込まれた上で、6月22日のOPEC(石油輸出国機構)総会では予想通りの規模の増産が決まったため、市場には安心感が広がり、大きく上昇する展開になりました。

 その後も米国の原油在庫の大幅減少なども加わり、6月28日朝(日本時間)時点で73.45ドル近辺を推移しています。

 今回は2018年後半の原油相場がどう動くのか、トランプ米大統領、イラン、中国をキーワードに読み解きます。

図1:WTI原油価格の推移 

単位:ドル/バレル
出所:CMEのデータをもとに筆者作成

 このところ原油相場は政治色を非常に強く反映した展開なっています。

 増産決定で価格が大きく上昇した原油相場は、ただ単に「総会で増産が織り込まれた」というレベルの話ではなく、周到に用意された手順を経て起きていると筆者は考えています(※過去のレポート「原油価格は上昇。OPECが総会で成功した2つのこと」をご参照ください)。

 この一連の出来事は、「政治によって生まれ、政治によって進められた」、つまり「政治によって原油相場がV字を描いた可能性がある」ということです。

 今後の原油相場を考えていく上で、生産量や消費量、在庫、投機筋、季節的な要因などの従来の要因に加えて、「政治」という要因をより強めに考慮していく必要があると思います。

 2018年の後半には、11月の米中間選挙、12月のOPEC定時総会、さらに言えば、11月のイラン産原油の輸入停止開始、12月の減産終了など、きわめて政治色の強いイベントが続きます。

 たとえそのときに在庫が増加傾向だったとしても、場面場面で政治力(発言力)のある人物が需給を引き締めることにつながるような発言をすれば、こういったデータが出ていなくても、原油価格は上昇する可能性があります。

 

トランプ大統領の原油市場への関与度が高まる

 今、原油市場に最も強い影響力を持っている人物は、トランプ米大統領だと考えています。サウジ、ロシアの石油相やOPEC事務局長よりも、原油市場を動かす政治力(発言力)は大きいでしょう。

 そして原油価格はなぜ上下するのか(したのか)?という視点から、今後は今以上に、トランプ大統領の存在の大きさを考えることが多くなるだろうと考えています。

 図2は、2018年前半が終了した時点における、トランプ大統領と原油のつながりに関する事象のイメージ図です。

図2:2018年前半終了時点のトランプ大統領と原油の接点(イメージ)

出所:筆者作成

 

 トランプ大統領と原油のつながりを考える上で、「相手は誰か」という点が重要です。

 ここでは、(1)「主要貿易相手国」、(2)「減産体制」、(3)「米国民&企業」の3つに分けて考えます。

(1)主要貿易相手国

 貿易戦争を激化させると同時に、多方面にイラン原油の不買を要請。自国の積み上がった在庫をイランから購入していた国にさばく手段との側面も

(2)減産体制

 減産に参加するイランへの制裁を宣言。増産を決めた6月22日の総会前に増産を肯定する姿勢を示し、増産決定の後押し。結果としてシェア低下に危機感を抱くサウジとロシアに公言できる増産枠を与えた

(3)米国民&企業

 ガソリン高はOPECによるものとし、原油高を批判。米国内個人、企業寄りの姿勢を示す

 イラン産原油の不買要請は、世界で行われている貿易全体のバランスを不安定にする要因と言えます。

 米中貿易戦争が先鋭化する中、6月下旬に中国が報復措置として米国産原油に関税をかけると宣言しました。米国産原油の輸出量は増加傾向にあり、中国向けとカナダ向けがほぼ二分する格好になっています。

 また、図3のとおり、イランの原油輸出相手国を見ると、中国の他、日本を含んだアジア諸国が名を連ねています。

図3:イランの原油輸出先  

単位:バレル/日産
出所:UNCTAD(国連貿易開発会議)のデータより筆者推定

 米国の中国向けの原油輸出は、アジア向けという側面があります。仮に中国が米国から買わなくなったとしても、今度はイランから輸入していたアジア諸国が米国から輸入することも想定されます。米国産原油の油種は比較的中東産と近いとみられ、アジア諸国にもなじみやすいと考えられます。

 イラン制裁におけるイラン産原油の不買要請には、米国が自国の積み上がった在庫を売りさばく意図を含むのではないかと筆者は考えています。

 減産体制との関わりについては、米国のイラン核合意単独離脱に端を発し、OPECに加盟するイランを封じ込めようとする動きが強まっていることで、さまざまな変化が起きています。

 イランへの制裁を強めることは、中東地域の地政学的リスクを高めることにつながります。そして、制裁でイランの原油生産量が減少すれば、減産を実施しているサウジやロシアがイランの減少分だけ、増産できる可能性が出てきます。

 サウジやロシアは米国の原油生産量が急増する中、生産シェアの低下を懸念しているとみられます。イラン制裁というトランプ大統領の働きかけの結果、サウジやロシアが生産量を増やすことができるようになれば、形としてはトランプ大統領がサウジ、ロシアに便宜を図ったことになります。

 先週22日の総会でOPECが増産を決定しましたが、その数カ月前からOPECの減産を批判したり、OPECに増産を要請したりするなど、市場に増産を強く印象付けた(サウジやロシアの本音を代弁した)のもトランプ大統領だったことから考えれば、トランプ大統領が増産決定に一役買った面もあるとみられます。

 また、イラン政策を強めることは、核兵器開発への厳格な態度を見せることになるため、北朝鮮の動きをけん制する意図を含んでいる可能性もあります。

 トランプ大統領は、OPECへの関与度を徐々に高めてきているとみられます。それはつまり、トランプ大統領そのものが原油価格の変動要因としての立ち位置を一段上げたことを意味すると筆者は考えています。

 米国民と米国内企業との関わりについては、ガソリン価格の動向が大きな接点だと言えます。トランプ大統領はこれまで複数回にわたり、「原油価格は人為的に高い」とOPECを名指しで批判するツイートをしています。

 原油価格が安いことを望む一般消費者の中には、自分の気持ちを述べてくれたと感じた人もいるかもしれません。その意味ではこのような高値批判は米国内の一般消費者向けのリップサービスとも取れます。

 ただ、やはりイラン制裁を強行することは、地政学的リスクを高めたり、イラン産原油の供給量を低下させたりするため、トランプ大統領自身が原油価格の上昇要因になっている面もあります。

 この矛盾点については、トランプ大統領としては原油価格の上昇を「OPECのしわざ」とし、何か自分が起こしたアクションが結果として原油価格を上昇させてしてしまうのは仕方がない、あくまでも上昇はOPECなどの外部環境によるもの、というスタンスだという指摘もあります。

 

原油に絡むトランプ政策は「一帯一路」構想へのけん制

「主要貿易相手国」の一つである中国と、「減産体制」をとる国の一つであるイランの共通点は「一帯一路」構想の最重要国であることです。中国はまさに一帯一路を提唱した国、イランは一帯(中国とヨーロッパを結ぶ陸路)と一路(中国と北アフリカを結ぶ海路)の両方の拠点という地理的要素を持っています。

 トランプ大統領と原油というキーワードを、さまざま登場人物を交えて拡張させると、「一帯一路」のけん制という意図が透けて見えてきます。

 貿易戦争を激化させているのも、イランを叩くのも、大局的には「一帯一路」をけん制する意図があると考えられます。逆に言えば、「一帯一路」をけん制するためのアクションが、OPECへの関与を深めたり、北朝鮮の核開発の抑止力になったりしているとも言えます。

 トランプ大統領は就任して1年半が経過しました。OPECの減産開始月に就任したというのも何かトランプ大統領と原油の関わりの強さを象徴しているように感じます。

 この1年半でトランプ大統領と原油市場の関わりは日に日に強くなっており、原油相場を見る上で、今後もトランプ大統領から目が離せない日々が続きます。

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