株式市場の波乱材料となってきた北朝鮮。「非核化」は本気か?

 北朝鮮が今年に入り、突然、対外強硬策を取り下げて融和路線に転じたことは、株式市場に驚きをもって、受け止められました。朝鮮半島有事のリスクを警戒していた株式市場にとって、予期せぬプラス材料となりました。

 金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は、4月27日に板門店で、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領と会談しました。この南北首脳会談で、両国の戦争状態を終結し、朝鮮半島の非核化を実現する合意がなされました。さらに6月12日に、シンガポールで米朝首脳会談を実施し、米国との関係も改善するはずでした。

 ところが、5月16日、北朝鮮側から、一方的な核廃棄を迫る米国への不満と、米朝首脳会談を再考すべきとの発言が出てから、雲行きが怪しくなりました。北朝鮮サイドのコメントには、米政府高官を罵倒する表現も含まれており、融和路線に転じたのは見せかけに過ぎないと疑念が生じました。北朝鮮の速やかな非核化が進まないと判断したトランプ大統領は5月24日、米朝首脳会談の中止を宣言しました。

 これで慌てたのが、北朝鮮サイドでした。非核化スケジュール決定で優位にたとうと揺さぶりをかけたものの、首脳会談のキャンセルまでは意図していなかったと考えられます。

 5月25日には「(米朝)首脳会談を切実に願っている」とのメッセージが北朝鮮側から出され、さらに26日には、急きょ、4月27日以来、2回目の南北首脳会談が実施されました。ここで、金正恩委員長は、文大統領に、米朝首脳会談の実現に向けて、協力を依頼したと考えられます。

 トランプ大統領も、この呼びかけに応じ、再度、首脳会談実現に向けた交渉が始まりました。米政府高官が北朝鮮入りし、非核化で合意できる内容があるか、協議が行われている模様です。予定通り、6月12日にトランプ大統領と金正恩委員長の会談が実現するか、予断を許さない状況です。

 

北朝鮮の命運を握る「中国」

 米朝首脳会談の実施を最初に提案したのは、北朝鮮でした。経済制裁が功を奏し、北朝鮮経済が苦境におちいり始めたことから、金正恩委員長が、あわてて融和路線に転じたと考えられます。

 これまで、世界各国が共同で経済制裁を実施しても、北朝鮮経済への影響は、限定的でした。北朝鮮との貿易額の約9割を占める中国が、制裁に及び腰だったからです。

 ところが、2017年より、中国も、ようやく本気で経済制裁に協力し始めました。ミサイル発射や核実験を繰り返し、制御不能になった北朝鮮に業を煮やした結果と考えられます。北朝鮮サイドから、「(北朝鮮の)ミサイルは中国全土を射程に入れている」という発言まで出るに至り、ついに、中国も制裁に本腰を入れざるを得なくなったと考えられます。

 これまで、なかなか効果が上がらなかった経済制裁も、中国が協力することで、北朝鮮に甚大な影響を与えるようになりました。中国税関総局の発表では、2018年1-3月の北朝鮮からの輸入額は、前年同期比87%減の6,888万ドル(約76億円)に激減しました。中国から北朝鮮への輸出も、前年同期比43%減の4億1,405万ドル(約455億円)にまで縮小しています。中国との貿易を拡大することで経済を成長させてきた北朝鮮は、これで大きなダメージを受け、対外強硬策を継続することができなくなりました。

 金正恩委員長は、経済制裁を解除してもらうために、あわてて中国・韓国・米国に対して、融和戦略をとるようになりました。特に気を使ったのが、中国だと考えられます。中国に経済の命運を握られていることを、痛感したと考えられます。

 そこまで切羽詰まった状況であるにもかかわらず、5月16日時点で北朝鮮サイドから、米朝首脳会談をつぶすような発言が出たのは、なぜでしょう。いろいろな解釈が可能で、確たる判断はできませんが、以下2つの解釈が可能です。

(1)米朝首脳会談の実施は確定と判断し、交渉を有利にしようと、瀬戸際外交を繰り返した。

(2)中国と和解し、中国との経済関係を維持発展させられるメドがたったので、米国との和解の重要性は低下した。

 

中国が、北朝鮮をかばい続ける理由。「歴史的経緯」だけでない

 中国が、北朝鮮をかばい続けてきた理由は、何でしょう。1950年の朝鮮戦争で、米国を主体とした国連軍・韓国軍が、北朝鮮および中国義勇軍と戦ったのは、歴史的な事実です。その後も、中国・北朝鮮はソ連(現在のロシア)とともに、社会主義(共産主義)陣営を結成し、米国を中心とした資本主義諸国と対立してきました。

 ただし、1989年にソ連邦が崩壊し、中国が資本主義革命(社会主義の政治体制を維持したまま、経済運営に資本主義を採り入れること)を進めると、徐々に、「資本主義」対「社会主義」という対立軸は、あいまいになってきました。

 ところが、最近、経済的に強大になった中国と、米国の間で覇権争いが盛んになってくると、東アジアで、米中対立を軸とした、新たな緊張が生まれるようになってきています。

 中国としては、この対立軸の中で、北朝鮮を同盟国として重視せざるを得ないのは当然です。北朝鮮への、国際社会の非難が強まる中でも、のらりくらりと言い訳しながら、北朝鮮をかばい続けてきました。ところが、金正恩委員長が、中国まで敵視する発言をするようになって、ついにかばい切れなくなったというのは、さきほど、述べた通りです。

 それでは、今はどうでしょう。金正恩委員長が、中国に恭順の意を表するようになった今、中国は、再び、北朝鮮を保護する姿勢に転じたと考えられます。中国が北朝鮮をかばうのは、「歴史的経緯」からだけでなく、もっと重要な他の理由があるからです。

 

北朝鮮が民主化すると、民主化の波が中国に及ぶ可能性も

 中国では、習近平・国家主席が、独裁を強めています。3月には、憲法を改正し、国家主席の任期を廃止しました。習近平主席の思想を憲法に書き込み、終身国家に君臨できる体制を築きました。

 北朝鮮の金正恩委員長と、やり方は異なりますが、独裁を強めている点は同じです。社会主義国では、権力が中央政府に集まり、独裁が強まりやすい弊害があります。欧米などの民主主義国家に、ポピュリズム(大衆迎合主義)が広がり、弊害が生じているのとは、対局にあります。

 社会主義の独裁国家では、程度の差こそあれ、情報を統制して、独裁への批判が広がるのを防いでいます。北朝鮮と中国は、独裁国家が情報統制を強めているという意味では、共通点があるわけです。

 もし、金正恩政権が崩壊し、北朝鮮が、選挙によって国家代表を選ぶ国に変わったら、民主化の波は、次は中国に及ぶ可能性もあります。中国が、金正恩政権をかばい続けるのは、社会主義国に民主化の波が拡大するのを阻止する意味もあると考えられます。

 

金正恩委員長がもっとも恐れるのは、海外の情勢が北朝鮮内に流れ込むこと

 国民に目隠しをしたまま、独裁を強めてきた金正恩委員長は、対外脅威の存在を独裁維持に利用してきました。

 周辺国との国交を正常化し、普通の平和な国になって一番困るのは、金正恩委員長かもしれません。もし、米国および日中韓と国交が正常化し、経済交流が盛んになると、次第に、海外の情報が北朝鮮に流れ込むのを阻止できなくなります。金正恩委員長は、非核化以上に、北朝鮮が「普通の国」になることを恐れているかもしれません。

 北朝鮮が「普通の国」にならない限り、これからも繰り返し、株式相場に波乱を提供し続けるでしょう。日本が望む拉致問題の解決も、簡単には実現しそうにありません。ただ、2017年の頃のような、一触即発の事態に戻ることはない、と考えたいところです。

 

 

 

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