ノーガードの「フルコロナ」下で迎えた全人代

 3月5日、中国で1年に1度の全人代(全国人民代表大会)が、予定通り開幕しました。

 ここで、あえて「予定通り」と書いたのには理由があります。中国政府は2022年12月、感染を徹底的に封じ込める「ゼロコロナ」政策を大胆不敵に解除し、全人代を2023年3月5日に開幕させることを発表しました。当時、中国国内では新型コロナウイルスの感染拡大が急速に進行していました(「白紙革命」の後遺症も不安要素でした)。集団免疫を形成するために不可欠なプロセスだったとはいえ、未曽有の状況にどんな展開が待ち受けているか、習近平総書記ですら定かではなかったはず。

 そんな中、2カ月以上も先の政治日程を電撃発表した事実は特筆に値すると思いますし、3期目入りを決めた習近平指導部の覚悟を感じなかったと言えばうそになります。

 その後、中国社会はノーガードで集団免疫を獲得させるかのような「フルコロナ」状態へと移行し、1月22日に迎えた春節(旧正月)も乗り越えました。例年の7割程度とはいえ、延べ20億人以上の民族大移動はリスク要因だったはずです。そして、3月5日の全人代開幕を無事迎えました。

 全人代開幕日の会場を見渡すと、24人いる中央政治局委員をはじめとした要人たちはマスクを着用していませんでしたが、2,000人以上いる全国人民代表や事務局、記者らにはマスク着用が義務付けられていました(発言時には外すことがルール化されていた)。

 一方、全人代期間中に各省庁の首長が臨む記者会見においては、首長と記者が同じ部屋に座り、対面でのやり取りが行われていますし、全人代の開催期間も、コロナ禍前の約10日よりは短めですが、コロナ禍で開催期間が約1週間に短縮された過去3年よりは伸びて、8日半となりました。まさに、全人代直前に、コロナ対策を担当する国家衛生健康委員会が指摘していた「コロナ禍は基本的に終わったが、完全には終わっていない」という段階を象徴していたように見受けられました。

実質GDP成長率目標は5.0%前後と保守的に設定

 3月5日、李克強(リー・カーチャン)氏が国務院総理としての最後の仕事として、「政府活動報告」を発表しました。最も注目された実質GDP(国内総生産)の成長率は5.0%前後に設定、昨年の5.5%前後よりも下方修正しました(昨年は3.0%増という結果)。私自身、1月のレポートで「5%」を一つの目安に挙げていましたが、想定内だったと言えます。

 一方で、5%と言っても、5%前後、5%、5%以上、5.0~5.5%という四つの設定ができたわけですが、この中で最も保守的な目標を掲げた事実は特筆に値するでしょう。中国政府として、ポストコロナという新常態、新段階において投資や消費が着実に回復していくか、欧米の景気、ロシア・ウクライナ戦争といった外的要因がもたらすショックにどこまで耐えられるか、といった点を巡って、情勢を掌握しきれないという心境を表していると言えます。

 もう一つ注目された財政赤字のGDP比は3.0%と、昨年よりも0.2ポイント引き上げられました。地方政府が発行する特別債は3兆8千億元と昨年と同レベルに設定されました。中央政府として、5.0%という目標達成に向けて景気を上向かせるためには、財政出動によるインフラ投資が鍵を握ると考えている現状が見て取れます。一方で、巨額の債務を抱える地方政府の財政健全化も急務となっています。構造的矛盾を抱える地方財政が今後どう推移していくか。今年の中国経済を巡る見どころの一つになると思います。

 その他の経済指標を見ると、CPI(消費者物価指数)は3%前後(昨年は2.0%)、都市部における調査失業率は5.5%前後(昨年は5.5%)、都市部における新規雇用者数は1,200万人前後(昨年は1,206万人)と設定されました。新規雇用者数の目標は昨年から100万人増え、雇用という観点からすれば昨年よりは強気になっているという傾向が見て取れます。

 一方、2023年は6月から8月くらいにかけて、過去最多の約1,158万人(昨年は1,076万人)の大学卒業生が労働市場に流れ込んできます。「ゼロコロナ」下にあった昨年、若年層の失業率が20%を超える月もありましたが、社会不安のまん延という意味でも、「雇用と若者」は今年も重大なテーマになるでしょう。

上方修正された国防費と不安視される台湾問題

 経済成長率が下方修正された一方、毎年外国メディアが注目する国防費は、昨年の7.1%増からさらに上昇し、7.2%増の1兆5,500億元(約2,240億ドル)に設定されました。経済成長に比べて軍事拡大を優先するという習近平新時代の特徴を如実に表していると言えます。

 と同時に、財政が過去3年「ゼロコロナ」下ですり減ってきた中、「限られた財源」をどこに使うのかという視点も重要でしょう。昨年、中国は61年ぶりに人口減を記録し、少子高齢化が進行する中、社会保障費などにも財源を回すことがますます求められるようになるからです。

 習近平指導部が軍拡の先に意識する一つの標的が台湾問題です。

 李首相が発表した「政府活動報告」は、台湾問題に関して、平和的統一を推し進めるとしつつも、台湾独立に反対する姿勢を前面に打ち出しています。言い換えれば、平和的統一を最優先するが、状況次第では、武力行使も辞さないということです。来年1月に総統選を控える台湾内部で独立志向を目指す動きが拡大したり、米国と台湾の間で従来の枠組みを超越する連携や協力が見られれば、中国は台湾に対する軍事圧力を躊躇(ちゅうちょ)なく強化するでしょう。そのたびに、台湾海峡が緊張化、不安定化する事態は容易に想像できます。

 経済だけでなく、軍事や台湾を巡る動向も、習近平氏率いる中国の行き先を展望する上で、軽視できない要素になっていくものと思われます。来週のレポートでは、全人代閉幕(3月13日)を受けてのアップデートを行う予定です。