ミュンヘン安全保障会議で米中外交トップ会談が実現

 先々週先週のレポートで、ここ最近話題になっている米中間の気球問題について扱いました。中国の「偵察気球」が米国の領空に侵入し、それを米軍が襲撃。中国は猛烈に反発。米中関係と台湾海峡が緊張する中、その余波が日本にも及んでいるという経緯を扱いました。

 私自身、この期間、政府官僚、ビジネスマン、大学生、専業主婦などさまざまな方々から、「中国のあの気球は一体何だったの?」という質問を受けます。多くのウオッチャーは、たかだか気球、なぜこれだけ外交問題化しているのか、という問題意識を持っているようです。

 米中間の気球を巡る攻防を受けての一つの後遺症が、当初は2月3日に予定されていたブリンケン国務長官の訪中でした。昨年12月、約3年続けてきた「ゼロコロナ」政策を解除した中国が、経済を大々的に活性化していく上で、超大国・米国の外交トップを自国に招き入れることは、米中関係の改善というだけでなく、中国という国家、市場、社会のイメージアップにつながる起爆剤として、習近平(シー・ジンピン)政権指導部はとても重視していました。

 それが延期になってしまった。再開のめどもたっていない。

 そんな中、2月17~19日に開催される、毎年恒例のミュンヘン安全保障会議に、中国で外交を統括する王毅(ワン・イー)政治局委員兼中央外事工作委員会弁公室主任とブリンケン氏が共にやって来る。もしかすると2人はドイツという第三の地で会談を行うのではないか。

 米中関係の安定的推移は、世界経済や株式市場にも深い次元で影響を与えますから、市場関係者の期待も大きかったと言えます。そして、大方の予想通り、2月18日、二人は会談を行うことになったのです。

米中はそれぞれの言い分を主張し合い、協議は平行線で終了

 日本や米国を含めた各国メディアは、「米中外交トップが会談」という類の見出しで、王・ブリンケン会談を大々的に報じました。それだけ注目度が高かったということでしょう。

 一方、米中両政府のこの会談を巡る対外発表の仕方にはギャップが見られました。こういうギャップの背後には、それぞれの思惑やスタンスの違いが如実に体現され、その後の動向にも不可避的に影響を与えるため重要であり、きちんと押さえておく必要があります。

 この会談について、米国務省は「ブリンケンと王毅が会談した」、一方の中国外務省は「米国側の要求に応じる形で、王毅とブリンケンが非公式に接触」と発表しました。両者の違いは一目瞭然で、米国側からすれば、この会談は両国外交トップ間の「公式な会談」、ただ中国側からすれば、この会談は「非公式な接触」という位置づけです。中国側は、あくまでも米国側が会いたいというから会ってやったという体裁にしたかったということです。

 逆に言えば、両者が公式な会談を行うには条件が整っていない、機が熟していない、そしてその原因をつくったのは米国であり、責任は米国にあるのだから、米国が政策を改めるまでは、公式会談などできない、という姿勢を前面に押し出したということです。中国としても、この会談を実現したくなかったわけではありません。ただ、自国のメンツの問題も考慮しつつ、妥協点を探る中で、このような建付けに落ち着いたということです。

 会談の内容を見ていきましょう。

 足元の最大の焦点である気球問題に関して、ブリンケン氏が「中国偵察気球の米領空での高高度飛行は、米国の主権、国際法に対する受け入れられない侵害」と表明すれば、王氏も負けじと、「米国側の対応は典型的な武力濫用であり、国際慣例と民用航空公約に著しく違反している。中国側は強烈な不満と厳正な抗議をする」と反論しました。

 両者は、「米中どちらが真の悪者か」に関しても攻防を繰り広げました。ブリンケン氏が「中国による高高度偵察気球プログラムは、5大陸、40カ国以上に侵入し、世界中に広がっている」と指摘すれば、王氏も「米国こそが世界最大の監視・偵察国家であり、高高度の気球は過去に幾度となく違法に中国の領空を通過している。米国に中国の顔に泥を塗る資格はない」と反論。両者の主張は平行線をたどり、今回の会談で気球問題に「決着」はつかなかったと言えます。

 王氏は、ミュンヘン安全保障会議で基調講演を発表しましたが、その後会場からの質問に答える形で(ブリンケン氏ではなく、会議参加者に対して)、気球問題に関する中国側の立場をかなり赤裸々に、強い言葉で主張しています。参考になるので以下引用します。

「これは米国による政治的な茶番劇である。中国側はすでに明晰に米国側に伝えている。あれは民間の無人飛行船であり、とてつもなく強い偏西風の影響を受け、自らの限られた制御力も相まって、予定していた軌道を外れ、米国の上空に入ってしまったのだ。我々は、米国側が理性的に、冷静に、プロフェッショナルな態度で中国側と連携して対応してほしいと要求したが、遺憾なことに、米国側は基本的事実を無視し、乱暴にも戦闘機を出動させ、いかなる脅威ももたらさない飛行船をミサイルで撃ち落としたのだ。このようなやり方は常軌を逸しており、ヒステリックとさえ言える…地球の上空では毎日多くの気球が飛行しているが、米国はそれらをすべて撃ち落とすのか?このようなやり方は米国の強さを証明するのではない。その逆である。我々としては、米国が国内政治における需要から、対外関係においてこのような馬鹿げたことを再びしないように忠告したい」

 茶番劇、ヒステリック、全てを撃ち落とす…相当踏み込んだ形で、ミュンヘン安全保障会議という、1962年から毎年開催されている、欧米における安全保障会議の中で最も権威ある国際会議の場で、各国首脳や閣僚が聞いている前で、米国に対するネガティブキャンペーンを行いました。

 相手が米国だろうが誰だろうが、中国の国益、主権、尊厳を守るためなら容赦しない、そんな中国大国化、強国化の一面を今一度垣間見た思いがしました。

「気球問題」は何処へ向かうのか?

 気球問題と米中関係、という観点から、私が現時点で考えるところを3点書き留めておきます。

1.米中政府共に、気球問題で両国関係を後退させることは避けたいと思っている

 そもそも、米国、中国どちらかが、気球問題を、両国間のハイレベル対話を止めなければならないほど問題視しているような状況であれば、ミュンヘンでの王・ブリンケン会談は実現し得ませんでした。その意味で、2月上旬に予定されていたブリンケン訪中から間もなく、第三の地であれこの会談が実施されたことはグッドニュースです。

2.それでも米中間の攻防と不信は続く。根本的な問題は何も解決されていない

 根本的な問題とは、米中関係とは戦略レベルで互いに不信を抱き、競争し合う関係であるという点です。王氏は、基調講演後の質疑応答で、「このような偶発的事件が中米関係で大きな騒動を引き起こした深い次元での原因は、米国の中国に対する誤った認識と戦略的誤判に帰結する」、「中国を最も深刻な地政学的挑戦と戦略的競争相手とする誤った対中観主導の下、あらゆる手段を使って中国を封じ込めようとしている」という従来の立場を表明しています。

 中国は米国が自国を封じ込めようとしている、米国は中国が国際秩序・ルールを力で変更しようとしていると捉えている。互いに信用していないということであり、人権問題、覇権争い、先端技術、台湾問題を含め、米中攻防はまだまだ続くでしょう。

3.両国が世界各国で行っている偵察活動が、国際関係の新たな火種になり得る

 今後、米国の偵察気球が中国の領空に侵入した、中国の気球が台湾海峡を通過して日本列島を飛行した、という類の動向がこれまで以上に頻繁かつ生々しく報じられ、そのたびに米中関係、台湾海峡、日中関係などは緊張し、地域情勢は不安定化するでしょう。某国の軍隊が某国の気球を撃ち落とす、という事態もこれまで以上に常態化する可能性も十分にあります。

 「サーベイランス」という監視を意味する言葉がありますが、最先端の技術を使ったサーベイランス行為が国や地域を越えてはびこれば、国だけでなく、企業や個人の情報が乗っ取られるリスクも高まります。

 米中間の気球問題は、日本で暮らす我々にとっても決して無関係ではないということです。