「パラドックス」とは?

「私は嘘(うそ)つき」

 有名なパラドックスの例に、「私は嘘(うそ)つき」があります。仮に、この発言が真(私=正直者)だとすると、「私は嘘つき」は真(この人の発言内容=嘘)です。そうすると、仮定(私=正直者)と結論(私=嘘つき)は矛盾します。

 逆に、この発言が偽(私=嘘つき)だとすると、「私は嘘つき」は偽であるため、「私は正直者」となります。そうすると、仮定(私=嘘つき)と結論(私=正直者)は矛盾します。

 パラドックスとは、一見、正しく見える仮定から、矛盾に満ちた納得しがたい結論が導かれてしまう問題のことです。「自己矛盾」と言い換えることもできます。

・西側のパラドックス
「西側諸国」(欧州や米国などの主要国とその同盟国。以下、西側)には、巨大なパラドックスが複数存在します。西側は「自由」「平等」「競争」「団結」が社会の幸福に寄与すると考える資本主義社会です。

 西側は「自由」な「競争」を旨とし、お金の循環を市場の自己調節機能に任せましたが、その結果、巨大な「不平等」と「格差」が生まれました。また、「団結」を目指してベルリンの壁を壊したり、EUを作ったりしましたが、心情的な結びつきよりも経済的な結びつきが優先されるようになり、「分断」が発生(英国離脱)しました。

 一見、正しく見える考え方から、納得しがたい結論が導かれてしまっています。これはパラドックス以外の何物でもありません。(その他の例を下図に記載)

図:西側が抱えるパラドックスの例

出所:筆者作成

「資本主義への攻撃」ロシア100年越しの大願!?

西側におけるパラドックス発生の背景

 西側でなぜパラドックスが生じているのでしょうか? 筆者は「欲望の扉を開いたため」だと、考えています。西側が是とする資本主義において「自由な競争は社会善」です。では、「自由」や「競争」の原動力は何でしょうか? 「欲望」です。

「欲望」は無限に膨張します。縮むことはありません。なぜでしょうか? それを抱くのが人間だからです。「自由」と「競争」が不平等や格差を生んでも、「団結」に向けた動きが分断を生んでも、西側は、膨張する欲望によって形成されたパラドックスを引きずりながら、前進しているのです。

 では西側はいつ、欲望の扉を開いたのでしょうか? 18世紀の産業革命でしょう。それ以降、情報革命など革命は何度も起き、その度に西側の欲望膨張に拍車がかかりました。革命以外では、1970年代の兌換(だかん)停止が大きな意味を持ちました。膨張し続ける欲望に見合うだけの貨幣を、人為的に供給し続けることができるようになったためです。

・パラドックス(弱点)を鋭く突いたロシア
 東西関係なく、人間は誰しも心に「欲望」を飼っています。ただし、その扉が開いているかどうかは、きわめて大きな差です。「欲望」は、物事を俯瞰(ふかん)したり、地に足を着けて物事を進めたりすることを邪魔します。もしその扉を開けていないのであれば、こうした邪魔は生じないでしょう。当然、パラドックス(自己矛盾)も生じにくくなります。

 厳しい統制(反自由・反競争)を是とし、取り立てて豊かとはいえないロシアはある意味、欲望の扉を開けておらず、西側にはない強みを持っていると言えるでしょう。

 そのロシアは、西側がパラドックスに悩まされ、行動・思考が鈍くなっているタイミングを見計らい、インフレを加速させたり、西側にとっての弱点であるパラドックスを拡大させたりする意図を持ち、ウクライナに侵攻した可能性があると筆者は考えています。そうすることで、西側に効率的にダメージを与えることができるためです。

 実際、ロシアは今、直接的に欧州主要国や米国を攻撃はしていませんが、インフレや不安を振りまき、西側の政治や経済を強く揺さぶっています。これを攻撃と言わず何というのでしょうか。

「100年越し」の資本主義への攻撃!?

 およそ100年前、実は上記に似たシナリオが、ロシア革命の指導者によって描かれていました。「資本主義を破壊する最善の方法は、通貨を堕落させること」は、レーニンが語った言葉といわれています。「通貨の堕落」は、相対的な物価高、つまりインフレです。インフレを発生させることができれば、資本主義を崩壊させることができる、という考え方です。

図:ロシアによる「資本主義への攻撃」(イメージ)

出所:筆者作成

 資本主義を旨とする西側は、欲望の扉を開けてしまい、いくつもの巨大なパラドックス(自己矛盾)を解消できなくなっています。そこに付け込むロシアは、非常に狡猾(こうかつ)です。もしロシアが今回のウクライナ侵攻を、「資本主義への攻撃」という壮大なテーマの下で行っているのであれば、終戦までの道のりは長く困難なものになる可能性があります。

西側パラドックス×ハイブリッド戦=金長期上昇

金(ゴールド)の新たな超長期変動要因

「西側のパラドックス」は、人間の欲望を糧に膨張しているため、膨張することはあっても収縮することはないと、みられます。つまり、西側の弱点が小さくなる日は来ず、そこを突いたロシアの攻撃は終わらない可能性があるわけです。

 この「西側のパラドックス起因の不安」は、以前の「金(ゴールド)相場の超長期上昇要因が、ウクライナ危機で露わに」で述べた金(ゴールド)市場をとりまく7つのテーマのうち「超長期」のテーマに分類できます。「ハイブリッド戦起因の超長期的に底流する不安」と同じ扱いです。

図:金(ゴールド)市場に関わる7つのテーマ

出所:筆者作成

「ウクライナ危機」は目下、材料の王様

「並列」で語ってはいけない2つの材料

 しばしば、足元の景気に不透明感がある理由は、「ウクライナ危機」「米国の金融引締め」の2つだ、という解説を目にします。2つの理由は並列の関係にあると言っているわけですが、筆者はこの点ついて異なる意見を持っています。

 並列ではなく、直列。順番は「ウクライナ危機」が先(主)で「米国の金融引締め」が後(従)です。2つは一部、因果関係にあり、ウクライナ危機の激化が米国の金融引締めを加速させている側面があると、考えます。

図:ウクライナ危機と米国の金融引締めの関係

出所:筆者作成

「根底にある材料」=王様

 ウクライナ危機が激化すれば、ロシアがエネルギー、食糧、金属などを、同国とベラルーシが化学肥料などを出し渋り、インフレがさらに加速。それに呼応して米国が金融引締め策を強化する可能性があります。

 ウクライナ危機が終わらなければ、米国の金融引締めは終わらない、ウクライナ危機の継続は、多重不安の継続を意味する、ということです。

「根底にある材料」という意味で、目下、ウクライナ危機は現在の「材料の王様」と言えるでしょう。では、その材料はいつまで王様の座に居座り続けるのでしょうか。

 先述の通り、ロシアが今回のウクライナ侵攻を、「資本主義への攻撃」と位置付けているのであれば、終戦までの道のりは長く困難なものになる、つまり、ウクライナ危機が長期的に王様の座に居座る可能性があると言えます。

ウクライナ危機は当面続く、金高止まりも続く

「新しい常識」で見れば見るほど金(ゴールド)価格は超長期的に上昇!?

 先述の通りウクライナ危機起因の強い不安は長期化する可能性があるため、資金の逃避先と目されやすい金(ゴールド)に、長期的に資金が流入する可能性があります。

 また、本レポートで述べた内容には、経済学の要素よりも、社会学の要素(人間と欲望の関係、欲望の特徴、社会に存在するパラドックスなど)が多く含まれていました。

 このことは、前回の「【前編】コモディティ投資で勝つために必要なこと」の底流する論争「過去の常識」vs「現在の常識」で述べた、「現在の常識」は経済学と社会学を併用しなければ説明できない、という点と合致します。

「過去の常識」を捨て、「新しい常識」で金(ゴールド)市場を見つめれば見つめるほど金は超長期的に有望な投資対象であると、感じられるのではないでしょうか。

[参考]ドル建て金と関連投信・ETFの価格推移

 以下のグラフは、ドル建ての金(ゴールド)価格と関連する投資信託、ETF(上場投資信託)の価格推移です。必ずしも、スポット(現物)価格と値動きが一致するわけではありませんが、投資信託もETFも、それに近い値動きを示しています。

図:金(ゴールド)関連の投資商品(一例)の価格推移(週足終値 2022年2月18日を100)

出所:ブルームバーグのデータをもとに筆者作成

 円建て金(ゴールド)関連の銘柄とドル建て金関連の銘柄の関係は、以前のレポート「円建て金(ゴールド)急騰!なぜ円安はメリット?」 で述べていますので、ご覧ください。

ピクテ・ゴールド(為替ヘッジなし)(投資信託)
純金上場信託(東証ETF 1540)
ピクテ・ゴールド(為替ヘッジあり)(投資信託)
ドル建て金スポット
SPDR® ゴールド・ミニシェアーズ・トラスト(海外ETF GLDM)