▼著者

松田康生
楽天ウォレットシニアアナリスト

東京大学経済学部で国際通貨体制を専攻。三菱UFJ銀行・ドイツ銀行グループで為替・債券のセールス・トレーディング業務に従事。2018年より暗号資産交換業者で暗号資産市場の分析・予想に従事、2021年のピーク800万円、年末500万円と予想、ほぼ的中させる。2022年1月より現職。

ビットコイン相場、3月の振り返り

【グラフ1】3月のビットコイン価格と経済イベント

出典:Cointelegraphより楽天ウォレット作成

 3月のBTC(ビットコイン)相場は底堅い展開。月初に失速するも、その後、大きく上昇。ほぼ年初の水準に戻している。

 2月末から3月初めにかけて、ロシアのウクライナ侵攻と経済制裁によるルーブル暴落を嫌気してルーブル建ての暗号資産取引が急増、資本逃避としてのBTC需要に注目が集まった。

 しかし、今度は制裁逃れに暗号資産を利用させないように規制を強化すべきとの議論が浮上、ウクライナでの戦闘激化と合わせて、相場の足かせとなっていた。

 その後、一時的に停戦機運が高まり、BTCは上昇したが、期待されたロシア・ウクライナ首脳会談は実現せず、紛争の長期化が懸念された。

 その後、停戦協議は難航したがBTCは底堅さを見せ、一方で、トルコでの対面交渉が再開、進展が見られるとBTCは上昇した。

 すなわち、停戦交渉が進展してもBTC買い、紛争長期化が懸念されてもBTC買いと、どちらに転んでもBTC買いにつながる展開となった。

 このウクライナ情勢のように、当初、BTCの売り材料とされていたものが買い材料に転じるという動きは他にもみられた。

 FRB(米連邦準備制度理事会)のパウエル議長は、月初の議会証言で、16日のFOMC(米連邦公開市場委員会)では(50bpでなく)25bpの利上げを提案する方針を示した。その後、発表されたCPI(消費者物価指数)は予想通りではあったが2カ月連続で月次ベースでもインフレの加速を示す内容だった。

 そうした中、16日のFOMCでの利上げ幅は25bpに止まったが、参加者の今後の見通しを示すドットチャートでは今回も含め25bpずつ年7回の利上げが中央値となり、パウエル議長も次回以降50bp利上げの可能性を改めて示唆したが、BTCは底堅く推移した。すなわち、年初はFRBのタカ派姿勢を嫌気して売られていたBTCが、そうした材料に耐性を見せるようになってきた。

3月の変調

 このように、ウクライナ紛争の長期化、米利上げ、3月は最弱月のアノマリーといった3重苦を跳ね返しての陽線引けとなった。その理由は紛争や金融引締めといったネガティブ材料に対する反応が変わってきたことにあると考える。

 まずウクライナ問題に対する基本的な反応だが、戦争といったリスクオフイベントに対しBTC相場は基本的に脆(もろ)い。投資家がリスク量を減らそうとする際、ボラティリティが高い暗号資産のポジションを減らすのが手っ取り早いからだ。

 今回も2月の戦闘開始時には3万4,000ドル(約400万円)台まで値を下げた。しかし、その後、停戦をめぐる状況に振らされながらも、徐々に上昇基調に乗り始めている。

【グラフ2】2018~2022年の経済ショックとVIX指数

出典:Bloombergより楽天ウォレット作成

 これは市場が戦闘の長期化を織り込み、リスクオフではなくなりつつあることも影響している。上の【グラフ2】は、恐怖指数と称される米株先物のボラティリティの推移。今回の紛争で40程度まで上昇したが、足元では巡航速度とされる20近辺に下がっている。

 また、ルーブル危機によるロシア国内からの資本逃避にBTCが利用されたことも2月末から3月初にかけて発生した。

 ただし、別稿「ビットコインは投資の逃避先?ウクライナ・ショックで表面化した暗号資産の存在意義」で言及したように、その規模は限定的で、ルーブル安が一服するにつれ足元ではルーブル建てのBTC取引の出来高は減少しており、一過性の動きだったもようだ。

 同稿では、今回の経済制裁は両刃の剣で「外貨準備のドル離れ」と「国際決済のSWIFT離れ」を誘発すると指摘した。暗号資産業界から同様の意見はあまり聞かれず、小職が先走ったのかと思っていたら、思わぬ援軍が現れた。

 ブラックロックのラリー・フィンクCEOがロシアの侵攻やその後の経済制裁を踏まえ「各国で(従来の)通貨に依存することを再考する動きが加速するだろう」と予想し「緻密に設計されたデジタル決済システムは、マネーロンダリングや詐欺のリスクを軽減しつつ、国をまたぐ決済を強化することができる」と指摘した。

 世界最大のヘッジファンドBridgewaterのレイダリオCEOも暗号資産市場への参入を表明した。こうしたウォール街からの先を見通した買いが3月相場上昇の背景にあると思われる。

BTCと米利上げの関係

【表1】1日を海外(米国)時間とアジア時間とに分けたBTCのパフォーマンス

出典:Bloombergより楽天ウォレット作成

 上の【表1】は、1日を海外(米国)時間とアジア時間とに分けたBTCのパフォーマンスだ。アジア時間・米国時間の相場の強弱が分かり、ここ数年、買いの主体であった米国人投資家の買い圧力を推測する目安となる。

 これを見るとBTC相場が上昇していた9月・10月は買いが強かった米国時間だが、11月から3カ月連続で売りに回っている。そして、2月から上昇に転じていることが分かる。

 個人的な感想だがウォール街の投資家は相場がうまい。その彼らは2月から買いに回っていた可能性がある。まだウクライナ問題が燻(くす)ぶっていたころだ。何をきっかけに彼らは買いに回ったのだろうか?

【グラフ3】米年内利上げ織り込み回数とBTC相場

出典:Bloombergより楽天ウォレット作成

 上の【グラフ3】は米国のFF先物市場が織り込んでいる(1回あたり25bpとした)FRBの利上げ回数の推移だ。以前「2月相場見通し:ビットコイン相場を動かすのは何?」でご紹介したように11月からのBTC相場の下落はFRBの政策転換によるものだった。

 過剰に供給した流動性に対するインフレヘッジが正常化に伴い巻き戻された格好だ。

 これは上記の利上げの織り込み回数の推移に顕著に表れており、BTC相場がピークを付けた11月ごろから織り込み回数とBTC相場とは見事に符合していた。しかし、2月半ばからこの両者が逆方向に動き出す。そのきっかけと思われるのは、2月のCPIだ。

 当時、ボスティック・アトランタ連銀総裁は、「CPIが前月比で加速していなければ50bp利上げは必要ない」という回りくどい言い方で、3月のFOMCで50bp利上げの可能性を示唆していた。

 結果は、事前予想と同じ前月比0.6%で1月とほぼ横ばいだったが、よくみると1月は前月比0.57%に対し、2月は0.64%と月次でインフレ率は加速していた。3月は0.8%とさらに加速、原油価格の上昇で4月はさらに加速し1%台に達することが予想されている。

 すなわち、2月のCPIで判明したことは、米インフレは年率7%や8%でピークを打つのではなく、まだ上昇が加速しているということだ。

 こうなり始めると、物価はそう簡単に落ち着かない。物価が上がるから労働者は賃上げを要求する。そうしないと従業員を確保できない企業はそれに応じる。そしてコスト高を商品価格に転嫁する。すると物価が上がり、給料が上がり、さらに物価が上がるスパイラルに陥(おちい)りかねない。

 3月24日発表の失業保険申請件数は史上最低水準を記録しており、インフレのスパイラルは始まっている可能性がある。

 これに対し、市場はテーパリングやBS縮小(流動性の回収)である程度インフレが収められ、さらに年7回程度の利上げでインフレは鎮静化すると考えている節がある。

 これは、過剰流動性の供給が原因で始まったインフレだから、その原因を取り除けば元に戻るという考え方だ。しかし、ガス漏れで始まった火事も、ある程度広まったら、ガス栓を締めても収まらないように、スパイラルが始まったインフレは原因を取り除いただけでは抑えられない。

 しかし、市場をよく観察すると、鼻が利くウォール街の参加者は2月のCPI辺りから、このインフレはそう簡単に収まらないかもしれない、そうしたインフレのヘッジとしてBTCを買い集め始めていた可能性があると考えている。

インフレは止められるか~歴史的考察

【グラフ4】過去50年の米CPIとFF金利

出典:Bloombergより楽天ウォレット作成

 スパイラル的なインフレの行きつく先は、歴史的にはおおむね2つだ。インフレが止まらなくなり前月比で10%を超えるハイパーインフレに行きつく。

 もう1つは強烈な利上げで経済を抑え込み、インフレを鎮火させる。上図は、1970年代からの米国のCPIと政策金利(FF金利)だ。1980年代の第2次オイルショック時には15%近くまで上昇したインフレを抑えるのに政策金利を20%まで引き上げて鎮火させた。

 この経済を抑え込む利上げというのは実質金利の話だ。今回、非常に不思議なことに、この実質金利の議論がほとんど出てこない。

 実質金利とは(名目金利-インフレ率)だから米国の政策金利が0.25%でCPIが7.9%ならば、実質金利はマイナス7.65%。史上最低水準でインフレでなくてもインフレを加速する超低金利だ。

 細かくは、実質金利の算出には期待インフレ率を使用すべきという議論もあるが、ここでは割愛する。

【グラフ5】過去50年間の米CPIと実質金利

出典:Bloombergより楽天ウォレット作成

 上図は米CPIと実質金利だ。1970年代から1980年代初頭にかけてインフレの進捗(しんちょく)に利上げがついていけず、10%を超えるインフレになってしまい、それからしばらく実質金利は5%以上にして鎮火していく様子が現れている。今回であれば政策金利を12~13%に引き上げるイメージだ。

 少なくとも実質金利をプラスにしなければ、金利でインフレを抑え込むことはできない。足元で議論されている年1%や2%の利上げでは焼け石に水だ。FRBメンバーはそれが痛いほどわかっているから、口には出さないが、何かあればすぐ利上げしようとする。

 不思議なのは、市場参加者がこの異常事態に必ずしも気づいていないようにみえることだった。ただ、今回のウォール街の動きをみると、実はそうしたハイパーインフレに近い状況に備える動きを水面下で進めているのかもしれない。

今後の展開

 今後については、このままではインフレは鎮火するどころか加速していきかねず、放っておけば10%を超えそうだというところで、FRBが大きくかじを切るのではないかと考えている。

 すなわち、それまで株式市場や中間選挙に配慮して慎重な利上げを行っていたFRBが、このままでは家計やドルの信認を保てなくなりかねないと、今以上に厳しい利上げに踏み切り始めるのではないかと考えている。

 その際は、株式市場が大きく崩れ、BTCも影響を免(まぬか)れないと考えているが、それはだいぶ先の話で、しばらくの間はインフレヘッジが再燃、BTCは底堅く推移するものと考える。

 可能性が低いシナリオではあるが、この政策転換をFRBが行わず、インフレが10%を超えていくのを放置していく場合、もしくは転換が遅すぎて手遅れになってしまうような場合は、ドルの信認低下によりBTCは大きく上昇すると考えている。

ビットコイン4月予想:上値のメド

【表2】月別BTC騰落表

出典:Bloombergより楽天ウォレット作成

 最後にアノマリーだ。3月は1年で最も弱い月だったが、4月は一転して最強月の1つだ。その3月でも相場は切り返すなど地合いは強く、4月はさらなる上昇が見込まれる。

 上記のように実質金利が歴史的なマイナスとなる中、米インフレは4月以降加速していく可能性が高く、BTC相場の大きな下支えとなりそうだ。

 まず上値のメドは昨年11月からの下げの半値戻しの5万1,000ドル(ドル/円125円計算で約640万円)、フィボナッチの61.8%戻しの5万5,000ドル(同約690万円)辺りが戻りのメドか。

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*マイニングとは:暗号資産(仮想通貨)は一般的にブロックチェーンと呼ばれるネットワーク参加者が誰でも見られる元帳上に取引を記録していきます。そのブロックチェーン上に取引データを記録する際に、膨大な計算を行うことで新たなブロックを生成する暗号を見つけ出し、その報酬としてコインを手に入れる行為のことです。マイニングの主な役割は「暗号資産の新規発行」と「取引の承認」です。

**暗号資産融資プラットフォームBlockFi(ブロックファイ)が提供する暗号資産を預かって利息を払うサービス(レンディング)が証券法に違反したと提訴された事件に関する和解として、SEC(米国証券取引委員会)に1億ドル(約115億円)を支払うと発表。

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