ウクライナ危機がさらなる緊迫をみせています。ロシアが同国に軍事侵攻し、軍事施設だけでなく、民間人が暮らす地域までもミサイル攻撃を行い、子供を含めた民間人の命を奪っている悲惨な状況。ロシアとウクライナは事態を鎮静化するための協議に乗り出しましたが、先行きは不透明です。

 中国はこの危機を軟着陸させるために何をしようとしているのか。習近平(シー・ジンピン)国家主席にとっての悲願でもある「祖国の完全統一」への影響についても思考をアップデートさせてみたいと思います。

ウクライナ危機は泥沼化?停戦はあり得るのか

 先週のレポート「ウクライナ危機、習近平の台湾統一実現へ拍車?」では、ロシアがウクライナ東部のドネツク州とルガンスク州で親ロシア派が実効支配している地域を独立国家として承認する大統領令に署名し、米国のバイデン大統領が同地域における、米国人の新たな投資や貿易、金融取引などを禁じる制裁措置を発動すると発表したあたりまでの情勢を扱いました。

 あれから1週間。事態は急速に変化し、劇的に悪化しています。

 連日のニュースで残酷な映像が流れてきていますから、詳細な描写は除きますが、端的に言えば、ウクライナの地が「戦地」と化しています。ロシアが軍事攻撃をし、それに対しウクライナが抗戦している局面です。米軍を含め、NATO(北大西洋条約機構)は、ウクライナが加盟国ではないという理由から、同国に軍隊を派遣しないと明言しています。

 一方、NATOは東欧の防衛を強化し、ウクライナに兵器供与を続けています。永世中立国であるスイスもロシアへの制裁を発表、同じく中立国のフィンランドとスウェーデンもウクライナに武器供与を発表するなど、「孤軍奮闘」するウクライナを軍事的に支援する輪が欧州各地を中心に広がっています。

 また、米国、EU(欧州連合)、日本は国際決済ネットワーク「SWIFT(国際銀行間通信協会)」からロシアの一部銀行を排除すると発表、ロシアの貿易や送金を阻害して経済的な打撃を与えようとしています。ただ、制裁というのはもろ刃のつるぎ、けんか両成敗的な側面を含む点には注意が必要です。そもそも、この措置によって、ロシアと送金、貿易をする外国企業は打撃を受けますし、ロシアが制裁への対抗措置として欧州向けの原油や天然ガスを供給しなくなると、価格が急騰し、日本のガソリンや電気・ガス料金にも影響が出てきます。

 ロシアとウクライナの代表団は2月28日、ウクライナと国境を接するベラルーシ南東部ゴメリで約5時間、停戦交渉にあたりました。ウクライナは即時停戦とロシア軍の国土からの撤退を、ロシアはウクライナの非軍事化と中立化を要求しました。話し合いは平行線に終始し、交渉後も停戦やロシア軍が撤退する気配はありません。

 私が本稿を執筆している時点で、3月2日(現地時間)に、ポーランドとベラルーシの国境付近で2回目の停戦交渉が開催される予定とされています。ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシア側に「有意義な平和協議のための爆撃停止」を要求していますが、ロシア側がそれをのむのかどうかは不確実かつ懐疑的と言わざるを得ません。

 2カ国間の停戦交渉の外側では、ウクライナがEU加盟を求め、ロシアはクリミア半島に対する自国主権承認を求めています。ロシアがウクライナのEU加盟を認めることはないですし、EUもウクライナの加盟申請には慎重に対応していく姿勢を崩していません。そもそも、仮に正式に加盟手続きに入ったとしても、クロアチア(2013年加盟)が10年を擁したように、長い年月がかかるのは必至です。また、ウクライナや国際社会がクリミアに対するロシアの主権を容認することもあり得ないでしょう。

 このように、ロシア、ウクライナそれぞれが納得する形で昨今の危機を軟着陸させることがいかに困難であるかが見て取れます。私がこの危機は泥沼化する、と指摘するゆえんです。

中国はウクライナ危機でどう振舞い、何を得ようとしているのか

 先々週のレポート「ウクライナ危機、中国はロシアを支持するか?」で、私は中国のウクライナ情勢への基本スタンスを次の2点に総括しました。

(1)中国がウクライナ問題でロシアの軍事侵攻を支持し、米国と対立することはない。中国のこのスタンスは、ウクライナ危機の緩和や回避に有利に働く。

(2)欧州におけるウクライナ危機の勃発は「台湾有事」を誘発しない。両者は別物。ロシアと共働しつつ、米国との関係を安定的に管理するのが中国の外交方針である。

 当時は、ロシアによるドンバス地方一部地域への国家承認も、ウクライナへの軍事侵攻も、西側諸国によるロシアへの集団的制裁も起こっていませんでしたから、情勢は大分変わりました。ただ、中国のウクライナ情勢への対応という意味で、私の基本的な見方は変わっていません。

 ロシアが軍事侵攻に踏み切った2月24日、中国の王毅(ワン・イー)国務委員兼外相とロシアのラブロフ外相が電話で会談をしました。中国外交部が発表したプレスリリースによると、王氏はまず(1)「中国は各国の主権と領土の一体性を一貫して尊重する」と主張した上で、(2)「同時に、ウクライナ問題はその複雑性と特殊な歴史的経緯を含んでいる。ロシア側の安全保障問題における合理的な関心を理解している」とラブロフ氏に伝えています。

 この二つのセンテンスは、短いですが、内容、順序、一つ一つの言葉を含めて、中国の現状に対する見方や立場を理解する上で極めて重要です。

 まず、(1)が、ウクライナの主権と領土の一体性を尊重するという意味で、ロシアの軍事侵攻を暗に批判しています。中国の外交方針にとって最重要事項は内政不干渉であり、最も反対してきたことを、ロシアがウクライナに対してやっているわけです。中国とロシア、習近平主席とプーチン大統領の関係がいかに緊密であったとしても、そんな行為を「支持」することは中国としてあり得ません。国家としての信用力を失うからです。

 一方で(2)ではロシアの置かれた状況に「理解」を示しています。使用された言葉が「支持」や「尊重」ではなく、「理解」という比較的弱いものである点が重要です。中国もロシア同様、NATOのこれ以上の東方への拡大には、東西のバランスが崩れる、西側の影響力が一層拡大、浸透するという観点から反対を示してきました。ウクライナには、NATOやEUに加盟しない、一方ロシアの支配下にもおかれない、「東西の架け橋」(王毅外相)としての自主的な役割を担ってほしいというのが中国の立場です。

 ロシアの今回の行動が、NATOの東方拡大阻止を通じた自国の安全保障の強化にある点には同調するものの、その実現のためにウクライナの領土内に公然と軍事侵攻したことに対しては、断じて「理解」など示せない、ということです。「ロシアの行為に反対をしないという一点においても、中国としては相当な外交圧力に見舞われる」(中国外交部幹部)というのが本音でしょう。

 そして、特筆すべきは3月1日、王氏がウクライナのクレバ外相との電話会談に踏み切ります。中国外交部は、ウクライナ側からの要請に応じた会談という体裁を取っていますが、ロシアとしては面白くないでしょう。

 クレバ氏は、ロシアとの1回目の停戦協議を巡る状況を紹介した上で、「中国はウクライナ問題で建設的な役割を果たしてきた。ウクライナとしては中国と意思疎通を強化していきたい。中国が停戦に向けてあっせんしてくれることを期待している」と中国の外交的な努力を評価し、役割に期待を込めました。

 それに対し、王氏は、「中国はロシアとウクライナの間で衝突が爆発したことに胸を痛めている。民間人が損害を被っている現状を注視している。中国のウクライナ問題における基本的立場はこれまで一貫して公にしてきたように、透明性のあるものだ。各国の主権と領土の一体性が尊重されることを終始主張してきている。昨今の危機に関して、中国はロシアとウクライナが交渉を通じて問題解決のための方法を探し当てることを呼び掛け、国際社会において政治的解決に有利に働くすべての建設的努力を支持していく」と回答しました。

 中国としては、引き続き危機そのものには深入りせず、ロシア、ウクライナ、NATO加盟国、その他諸国に対して外交的働きかけを総動員し、一刻も早く停戦が実現するようコミットし、「ウクライナ危機の緩和と解決に、中国が建設的役割を果たした」という成果を残したいと考えているでしょう。その過程で、ロシアとの関係はもちろん、欧州や米国など西側諸国との外交関係が悪化することも中国は望んでいません。

台湾統一に向けて、中国がウクライナ危機から学ぶ三つの論点

 ウクライナ危機解決に向けて外交的にコミットしていくのと同時に、中国共産党指導部は、公の場ではおくびにも出しませんが、台湾問題の解決に向けて構想を練り、その過程で、米国の動きを注視しています。ウクライナ危機を受けて、仮に台湾有事が発生した場合、中国が気にするのは大まかに3点でしょう。

(1)米国がどのくらいの強度と速度で軍事介入してくるか
(2)国際的にどの程度の制裁を受けるか
(3)世論はどうなるか

 (1)については、ウクライナは台湾ではなく、ロシアは中国ではないですから、単純な比較や参照はできませんが、今回、米国はウクライナがNATO加盟国ではないという理由で、ウクライナへの軍事介入を拒否しました。ロシアが核保有国ということもあり、仮に軍事的に介入すれば、下手をすれば核の使用を伴った第三次世界大戦に発展してしまうという危機感も作用したでしょう。

 では台湾ではどうなのか。中国は核保有国です。米中が台湾海峡で武力衝突したとして、それは第三次世界大戦にはならないのか。少なくともそう言える根拠はありません。共産党と解放軍が、ウクライナ危機を経て、米国の台湾海峡への軍事介入の可能性をどう見積もっていくかが一つの鍵を握ります。仮に「介入してこない」と確信を持てば、武力による統一に向けてかじを切る可能性は高くなります。

 (2)について、中国はロシアが遭遇している各国、各分野における制裁を見て、「明日はわが身」という思いを強くしたに違いありません。もちろん、世界第二の経済大国である中国と、広東省ほどの経済力しか持たないロシアでは世界経済における重要度は異なります。中国経済と世界経済は、サプライチェーン(供給網)、バリューチェーン(価値の連鎖)という意味で切っても切れない関係になっています。中国に経済的制裁を加えることによって、加えた側が被る損失は、ロシアの比較ではないでしょう。

 ただ一方で、経済成長は中国共産党の正統性にとって最重要事項なわけで、外交的孤立が経済の激的衰退を招けば、中国の国民はお上を信用しなくなる、ついて行かなくなる統治リスクに見舞われます。そのあたりをどう見積もるかが重要になってきます。

 (3)について、今回のウクライナ危機では、ウクライナ人はもちろん、多くのロシア人も「プーチンの戦争」に異を唱え、抗議デモを繰り返しています。私の友人のロシア人が言っていました。

「ウクライナ人は、ロシアのために戦っているのだ」

 要するに、プーチンという「独裁者」はロシア人にとっても都合がよくない指導者だという意味です。仮にロシアがウクライナを軍事的に制圧し、実質支配下においたとして、ウクライナ人はプーチンによる統治を受け入れるでしょうか。ロシア人は引き続きプーチンをお上として支持し続けるでしょうか。国際世論が反ロシアに傾くのは論を待ちません。ロシア指導部が四面楚歌(そか)の苦境に陥るのは必至です。

 そして、この苦境は習近平氏率いる中国共産党にも起こり得るということです。私の見方では、多くの中国人は武力による台湾統一を支持すると思います。国内で反習近平の抗議デモも起こり得ません。ただ、武力行使された台湾人が中国共産党の統治を受け入れるはずがなく、国際世論も一気に反中に傾き、多くの外資は中国市場から徹底するでしょう。

 このように、中国は、ウクライナ危機を静観しつつ、不確定な近未来に起こり得る、祖国をめぐる「危機」に向けて、さまざまなシミュレーションを繰り返しているものと思われます。