ウクライナ情勢が緊迫しています。今週、ロシアがウクライナに軍事侵攻するかどうかに、各国や市場関係者が固唾(かたず)をのんで見守っているようです。ロシアと欧米諸国は、圧力と対話を重ねながら、ギリギリの攻防を続けています。そんな中注目されるのが、中国の動きです。中国の出方次第ではウクライナ情勢も変わってきます。今回、解説していきます。

ウクライナ情勢を巡る「Xデー」は来るのか?

 ウクライナ危機に関するニュースが連日流れ込んできています。株式市場や国際商品価格、為替相場や各国間の貿易構造など各方面への影響は必至であり、「Xデー」がいつやってくるのか。予断を許さない状況が続きます。ウクライナ危機が市場に与える影響の一例として、楽天証券経済研究所の吉田哲さんが執筆されたレポート「ウクライナ情勢の悪化が、インフレを加速させる理由」が参考になるでしょう。

 ウクライナ情勢を巡り、ロシア軍と米国を中心としたNATO(北大西洋条約機構)軍がにらみ合う緊張状態は依然続いています。バイデン米大統領は危機に備え、自国軍を東欧に派遣しています。ロシアはウクライナを侵攻する計画はないと主張する一方、米国は侵攻の可能性が差し迫っていると公言するなど、両国間の相互認識にはズレが存在し、信頼を築けていません。

 ロシアは2014年春にクリミアへ軍事侵攻し、事実上併合した先例があります。「軍事侵攻・衝突は絶対ない」ということは、論理的にも経験則的にも成立しません。

 ただ、ロシアのプーチン大統領と欧米首脳が対話を通じて妥協点を模索する状況が続いているのもまた事実です。12日には、プーチン、バイデン両大統領が再び電話会談を行いました。バイデン氏がプーチン氏に対し、仮にロシアが軍事侵攻すれば「深刻な代償」を払うことになると警告するなど、従来の平行線が続きましたが、それでも対話は継続するとしています。

 同じく12日、プーチン大統領はフランスのマクロン大統領と電話会談、15日にはモスクワを訪れていたドイツのショルツ首相と会談しました。欧州の大国である独仏の両首脳は、地域の安全保障という観点から、対話を通じて問題を解決することをプーチン氏に呼び掛けました。

 欧州は天然ガス消費量の約3分の1をロシアからの輸入に依存し、その大部分がロシアと欧州諸国を結ぶパイプラインで輸送されています。このエネルギー供給が途絶えるという経済的リスクもありますが、独仏とロシアは同じユーラシア大陸で共存する「隣国」なわけで、米国以上に軍事衝突への危機感、言い換えれば、地域の平和と安定への執着度は強いと言えます。故に、紛争回避の観点から対話、そして平和的解決を呼び掛けるのです。

 バイデン大統領が、「ロシアがウクライナに侵攻したとしても、世界大戦回避の観点から、自国民を救出するために米軍をウクライナに派遣することはない」と明言すれば(10日、NBCテレビのインタビューにて)、ロシア国防省は15日、ウクライナ東部との国境近くに展開していた軍の一部部隊が演習を終えて撤収を始めることを明らかにしました。

 以上のように、ロシアと欧米諸国の間で微妙な駆け引きが行われているのが現状です。

 ロシアの要望が、NATOの東方拡大阻止を通じて自国の安全保障を守ることであるのは明白です。従って、「ウクライナがNATOへの加盟を表明しない」「欧米諸国、ウクライナ、ロシアの間で、ウクライナのNATO加盟は地域の平和と安定、大国間のバランス・オブ・パワー(均衡)という観点から現実的ではない。時期尚早」という合意が得られれば、ロシアがウクライナに侵攻することはないでしょう。

 ただ、現状はロシアがその確信を持てていないがために、軍事侵攻の姿勢を崩さない。そうなると米国は、ロシアに軍事的圧力や経済制裁を含めた外交的圧力をかけ続ける、というチキンレースに陥っているのです。

中国はウクライナが「親ロシア国」になることを望んでいない

 中国はこのような現状をどう見ているのでしょうか。

 張軍(ジャン・ジュン)中国駐国連大使は1月31日、国際連合安全保障理事会のウクライナ情勢に関する協議に参加し、中国政府の立場を明確に表すコメントを発表しています。以下、三つの要点を書き留めます。

(1)ウクライナで戦争は起きていない。ロシアは戦争をする計画を持たず、ウクライナも戦争を望んでいないと公言している。米国は安易に戦争をあおる言動を取るべきではない。

(2)現在、米国、ウクライナ、欧州国家やNATOが、ロシアとあらゆるチャネルで外交交渉を重ねている。外交交渉で問題解決を図るのが最適なのは明白であり、米国は、国連安保理という舞台を含め、緊張や危機をあおる言動を取るべきではない。

(3)NATOの東方拡大こそが、昨今の緊張に対処する上で避けては通れない問題だ。各国は、交渉を通じて、均衡的、有効的、そして持続可能な欧州の安全保障メカニズムを構築すべきであり、その過程で、ロシアの合理的な安全保障上の関心や懸念も重んじられるべきだ。

 中国にとって国力を争う米国の行動への懸念や警告がにじみ出ています。北京冬季五輪が開幕した2月4日、同地を訪れたプーチン大統領が習近平(シー・ジンピン)国家主席と約2年ぶりに対面で会談しました。

 両首脳は、「核心的利益」(武力行使をしてでも守るべき利益)のために行動を一致させ、外部勢力による内政干渉や、民主化を促そうとする「色の革命」への反対を主張。「米国が推し進めるインド太平洋戦略が地域の平和と安定に与える負の影響を高度に警戒する」など、米国の意図や行動に名指しで警戒心をあらわにしました。「NATOの継続的拡大に反対」も共同声明で明記しました。

 一方で、中ロ首脳会談後に中国外交部が発表したプレスリリースや共同声明に「ウクライナ」の文字は一切出てきません。中国は、ロシアの安全保障的な関心(ウクライナのNATO加盟阻止)は尊重されるべきと各方面に働きかけつつも、ロシアがウクライナに軍事侵攻すること、ウクライナ情勢をめぐってロシアとNATOが軍事衝突することには反対なのです。

 実際に、中国、ロシア、ウクライナの「三角関係」は、外の世界が想像するような、中ロが結託して、欧米に近いウクライナに圧力をかける、という類の単純構造ではありません。

 ここで、中国とウクライナとの関係を整理してみましょう。

 中国は、ソ連解体後、ウクライナの独立を最も早い段階で承認し、国交を結んだ国家の一つです。2022年、中国とウクライナは国交正常化30周年を迎えます。

 習主席とウクライナのゼレンスキー大統領は1月4日の電話会談で、「双方の政治的相互信頼関係は深化し、各領域における協力の成果は目覚ましい」と話しています。

 ウクライナにとって中国は最大の貿易相手国であり、中国にとってウクライナはトウモロコシ、ひまわり油の最大輸入国となっています。

 2020年の両国間の貿易額は147億ドルと、国交正常化後のおよそ30年間で60倍以上に増えました。2021年1~10月の貿易額は157億ドルと前年同期比32%増、過去最高額を記録しています。

 2021年、両国政府はインフラ協力を巡る新たな協定を結びましたが、ウクライナは中国の国家戦略である「一帯一路」の枠組みで、中国のインフラ投資や企業進出を呼び込んでいるのが現状です。

 私自身、この期間に中国の外交関係者らと議論をしてきましたが、そこから分かった中国政府の認識と立場が以下の3点です。

(1)中国は、ウクライナが「親ロシア国」になることなど望んでいない
(2)ウクライナが極度に「親米化」し、NATOに加盟することも望んでいない
(3)中国はウクライナに独立自主の外交を展開し、米国はもちろん、ロシアの意向にも左右されない。ウクライナにも同様のスタンスで、中国との関係を発展させてほしい

中国とロシアは“共謀”か?台湾有事に発展の可能性は

 各国政府や市場関係者の間で、「中国とロシアは反米の一点で“共謀”を図る関係にある」という見方が根強いように見受けられます。先日も、欧州議会の議員と話をした際、「中国はウクライナ問題でロシアを支持し、台湾問題でロシアの支持を得ようとしている」と断言していました。

 私としても、プーチン、習近平両氏の「蜜月」を基に、ロシアと中国が互いの政治体制を尊重し、多くの国際問題や地政学的課題(例えば北朝鮮やイラン問題)で共働する姿勢を疑うわけではありません。とはいうものの、中国が「親ロ・反米」政策を取っているわけはありません。通商や人権問題で攻防を繰り広げる米中ですが、冷戦期の米ソ関係とは次元が異なります。

 中国外交が最も重視する方針は、(1)米国という超大国との関係を安定的に管理しつつ、(2)自国の核心的利益(台湾、香港、新疆ウイグル、チベット、および中国の特色ある社会主義という政治体制など)を死守する、というものです。(2)でロシアの尊重や支持は得られるでしょうが、それがすなわち(1)の解決にはなりません。米国と対話、協調していく以外に道はないのです。

 ウクライナ問題でロシアの軍事侵攻を支持することは、米国の国益と真っ向から対立することを意味します。そんな愚かな政策を中国は打ち出しませんし、現に、中国がそれを支持したことはありません。ロシアに対して、軍事行動には慎重になり、あくまでも政治的に解決するように首脳会談や外交ルートを通じて促しています。ウクライナ問題で対米関係を悪化させるつもりなど中国には毛頭ないのです。

 そんな中国が、ロシアとの間で、ウクライナ問題と台湾問題で、「ウクライナへの軍事侵攻を支持するから台湾への軍事侵攻を支持してくれ」というバーター取引をするでしょうか。

 中国の党・政府・軍関係者との議論を経た私の結論は、あり得ない、です。

 習主席率いる中国共産党は、台湾問題を武力で解決する可能性を否定しないものの、大きな方向性としては、米国との関係を安定的に管理した上で、台湾海峡の平和と安定を保ち、この問題を政治的に解決したいと考えています。それに、ロシアの支持を得ることで、米国との軍事力や価値観の衝突を内包する台湾問題の解決を有利に進められるとも考えていません。

 以上から、最後に私の考えを2点に整理します。

(1)中国がウクライナ問題でロシアの軍事侵攻を支持し、米国と対立することはない。中国のこのスタンスは、ウクライナ危機の緩和や回避に有利に働く。
(2)欧州におけるウクライナ危機の勃発は「台湾有事」を誘発しない。両者は別物。ロシアと共働しつつ、米国との関係を安定的に管理するのが中国の外交方針である。