2009年4月初(「問題先送り」で相場は上昇へ(2009年4月9日))ファンドのポジションを大きく買いに傾けた後、考えた事は次の通りでした。2009年2月に成立したオバマ景気対策による財政支出が約70兆円、翌3月から始まったFRBによる国債及び国債に準ずる証券の購入(第一弾量的金融緩和:QE1)が約150兆円。国債のやり取りを相殺すれば、要するにドル札を100兆円近くばら撒くという事だ。この結果、見かけ上ドル表示で株価は上昇するだろうが、結果的に株価が上昇したのではなく、ドルの実質価値が低下しただけ、という事になりかねない。このリスクはヘッジしておかなければならない。しかし通貨のばら撒きは欧州もやっているし、他の国にも広がりそうなので為替でのヘッジには限界がある。残った手段は何か?

こういう考えから踏み切ったのが金への投資でした(金への投資(2009年10月9日))。この記事以降、金価格について聞かれる事が非常に多くなりました。しかし実際の所、「金価格が上昇すると思って投資してきた」というのは正確な表現ではありません。正確な表現と言われれば、「人類が発行できてしまう通貨というものの価値が全体的に下落すると思ったから」です。供給量が見えていて、高価値でも持ち運びできて、市場に流動性がある等、金に特有の要因はあったにしても、世界的な通貨価値の低下をヘッジできるものであれば他の物でも良かったのです。

多くの人は価値の尺度としての通貨の機能に慣れてしまっていて、あまり逆の考え方をする機会がないのではないかと思います。モノの値段が上がっている時、なかなか「モノの値段が上がっているのではなくて、通貨の価値が下がっているのだ」という見方をする事はないでしょう。これはまるでコペルニクス前の天動説のようです。しかしたまには、物価にも地動説的な見方をする事も必要だと思います。

先月末勃発したエジプトでの大規模な反政府デモは、食料価格の高騰に国民の不満がピークに達したのが一つの要因とされています。エジプトのデモに先立つチュニジアでの暴動も同様の理由でした。確かに昨年夏以降、大豆も小麦も先物価格は30%以上上昇しています。とうもろこしは50%以上です。しかしこの間、アメリカの主要株価指数であるS&P500指数は25%上昇していますし、原油価格も20%近く上昇するなど、食料以外の価格も大きく上昇しているのです。そしてこれらの価格に共通なのは、全てドル建てで表示されているという事です。

ここまで条件が揃ってしまうと当然、「モノの値段が上がっているのではなくて、通貨の価値が下がっている」可能性を疑ってみる事が必要でしょう。そして昨年8月までおとなしかった食料価格が突然動意付き始めたのと、バーナンキFRB議長がジャクソンホールでQE2(第二弾量的金融緩和)を示唆したタイミングが一致したのを、単なる偶然と片付けるのは無理があるでしょう。ちなみに約50兆円に上るQE2(第二弾量的金融緩和)も結果的に約70兆円規模の財政を伴う事になったため、QE1同様、通貨のばら撒きです。これで通貨の価値が下がらない(=モノの価格が上がらない、となりますが)方が不思議です。

先週末、米ナショナル記者クラブでバーナンキFRB議長は、食料価格の上昇は新興国経済の成長が原因である事を強調しました。もちろん死者まで出ているエジプトやチュニジアでの大規模デモをバーナンキFRB議長のせいにするのは酷です。一方で前述の通り条件が揃っている中、デモの背景である食料価格の上昇の一因がQE2にある事は明らかです。もっとも食料価格が上昇しているというよりも、ドルをばら撒いているからドルの実質価値が下がり、結果的にドル建て表示のモノの価格全般が上昇しているように見えているだけなのですが。

長期的に食糧不足問題が顕在化してくるのは明らかだと思いますが、昨年8月を区切りに始まった問題ではありません。天候不順にしても、新興国の成長にしても、同様だと思います。QE1を受けて我々が金への投資に踏み切ったように、市場が食料を含む商品への投資を進めている一因がQE2である事は明らかでしょう。しかし「食料・エネルギーを除く」物価指数を見ているFRB及びバーナンキ議長にとっては、あまり関知したくない問題なのかもしれません。

(2月10日記)