恒大ショックが収まらない中、新たなニュースが舞い込んできました。フードデリバリー大手・美団(メイトゥアン、香港:03690)が独占禁止法違反で34億4,200万元(約590億円)の罰金を科されました。中国当局による“規制ラッシュ”の一環であり、「共同富裕」へ向けた布石でもあると理解できるこの動向が何を意味するのか。今回、解説していきます。

美団独占禁止法違反、約590億円の罰金の中身と攻防

 ニュースを簡単におさらいしてみましょう。

 10月8日、中国国家市場監督管理総局(SAMR)が声明を発表し、主に以下の点を指摘しました。

・2021年4月、同局が『独占禁止法』に基づいて、美団の中国国内のネットフードデリバリープラットフォームサービス市場において、独占的な地位を濫用(らんよう)している現状について立件し、調査を開始した

・調査の結果、美団は2018年以来、確かに独占的地位を濫用していたことが判明。価格設定の差別化、顧客の同社サイト掲載を遅延させる、排他的契約を結ぶなどして、顧客に「二者択一」を迫り、市場競争を排除、制限した

・美団に違法行為を停止するよう命じ、排他的契約に絡む12億9,000万元の保証金を返還、2020年に得た国内売上高(1,147.48億元)の3%に相当する罰金を科す。計34.42億元

・美団に『行政指導書』を通達。手数料の仕組み改善や提携する飲食店の法的権利保障、配送ドライバーの保護強化を命じ、かつこれからの3年間、毎年SAMRに自己調査報告を提出すること、経営体制や業務内容をしっかり再建することを命じる

 SAMRが声明を発表した当日、美団側も声明を発表し、短く次のようにコメントしています。

「本日、我々はSAMRの弊社への行政処罰に関する決定を受け取った。我々は真摯(しんし)に受け入れ、断じて指導を実践していく所存だ。『行政処罰決定書』と『行政指導書』に基づいて、全面的に、深い次元で自己調査をし、改善していく。“二者択一”を断じて根絶する。弊社は今回の事態を自戒とし、ルールにのっとって経営し、公平な競争秩序を自覚的に守り、社会的責任を切実に履行することで、経済社会発展の大局によりよい形で服従、奉仕していく、国家経済の高質量発展により多く貢献できるよう努力していく所存である」

 これまで独禁法で処罰された他社同様、当局による指導や決定を完全に受け入れ、断固として支持するという内容、論調です。中国市場において、当局の指導に従うことは絶対であり、そこに歯向かうことは、今後中国国内でビジネスができなくなるのが必至という国情からすれば、全く想定内の姿勢です。

美団幹部や市場は約590億円の罰金をどう受け止めたか?

 美団が罰金を科されたのを受けて、関係者と議論をしてみました。

 まず、当事者である美団社の中堅幹部と話をしましたが、先方は終始落ち着いた様子でした。当局は約半年前、本件を調査すると公言した上で、同社の幹部やスタッフへのヒアリングを含め、事実関係を徹底調査した上で、今回の決定を下しています。

 この幹部は言います。

「当局の調査には合理性と透明性があった。弊社としても伝える部分はしっかり伝えることができたし、この日を迎える上で十分に準備をする時間もあった。そして、34.42億元という額は我々が想定していたよりも少なかった」

 ちょうど当局が美団への立件と調査を発表したころ(2021年4月)、SAMRは同じく独禁法違反でアリババ社に約182億元(約3,050億円)の罰金を科しました。この額は、アリババ社の2019年国内売上高の約4%相当。中国当局が定める法規制によれば、企業への罰金額の上限は前年度売上高の10%ですが、今回、美団社が科された罰金額は約3%で、当時のアリババよりも上限額を下回るものでした。

 そして、罰金額が予想を下回るものだったというのは、市場関係者の認識とも大体一致しているように見受けられます。

 8日(金曜日)の罰金発表後、11日(月曜日)の香港株式市場では、中国テクノロジー大手から成る株価指数が3営業日続伸。罰金を科された美団さえ、一時8.6%高(アリババも一時7.9%上昇)を記録しました。

 市場が当局の“規制ラッシュ”に慣れてきた、企業への規制強化が常態化するニューノーマルを受け入れた、ということなのでしょうか? 

 私の分析によれば、中国国内外を問わず、市場関係者は依然として業種を問わず拡散しているイノベーション企業への規制強化を警戒しています。一方で、当局による罰金が、根拠に乏しい暴挙ではなく、その名目、動機、背景、そして金額からして、一定程度想定内という認識が芽生えているように見受けられます。

 本件を受けて話を伺った、私が信頼するアジア投資のプロフェッショナルは言います。

「美団やアリババが標的となった独禁法は、米国でも欧州でも当たり前のことで、中国独自のリスクではない。中国当局は今後も民間・イノベーションに頼った成長を継続していくだろう。ただ、市場独占による暴利は許さないだけだ」

 8日、中国共産党機関紙『経済日報』が美団の独禁法違反について「プラットフォーム経済が低水準競争循環に陥るのを回避せよ」と題した論考を発表しました。

 その中で、各国、特に欧米の先進国は、普遍的に市場での独占的地位を築くことを嫌い、法的手段を用いて市場の公平な競争を保護している、例として、2017~2019年の3年間で、Google社は欧州において3回独禁法違反で処罰され、合計82.5億ユーロ(約1兆円)の罰金が科されたと指摘しています。

 前述の美団幹部は言います。

「独禁法が中国で全面的に展開されるのは時間の問題で、この日がやってくることは我々にとっても完全に想定内だった。それでも、欧米に比べればまだまだ緩い。我々は、今後中国当局は欧米並みに独禁法違反を処罰してくるという前提で商いを行っていかなければならない」

 独禁法という分野に限って言えば、中国当局はようやく本腰を入れて取り組み始めた、という解釈は現実に即していると私も思います。もちろん、中国においては、政治、イデオロギー、国家安全といった観点から、インターネットの遮断、外資への規制、言論の自由への抑圧、そして市場の公平な競争を歪める国有企業への補助金や優遇策などが依然蔓延(はびこ)っているのも事実です。チャイナリスクと言える産物です。

独禁法行使の拡張は「共同富裕」実現への布石

 前述の『経済日報』論考による次の指摘は、当局が美団へ独禁法違反で罰金を科した真の政策的動機を示していると思います。少し長くなりますが非常に重要なので引用します。

「中国改革開放の40年の歩みは、大きな程度において、市場競争メカニズムの比重を不断に拡大したプロセスであった。市場の公平な競争が市場とイノベーションの力を活性化することで、経済は繁栄していった。今日、新たな発展段階に立脚し、新たな発展理念を貫徹し、新たな発展の局面を構築する上で、中国経済体制改革にとっての核心的問題は、政府と市場の関係をしっかりと整理すること、市場が資源配置の過程で決定的な役割を果たし、政府がよりよい役割を果たすことで、有効な市場と有為の政府の結合を実現することだ」

「『独占禁止法』は市場経済における基本的な法律制度として、競争という市場メカニズムの核心を守り、経済運営の効率を向上させ、消費者の利益と社会の公益を守り、社会主義市場経済の健康的発展を促すことを主旨としている。従って、社会主義市場経済が発展すればするほど、独占的地位濫用の禁止を強化していく必要があるということだ。政府は“見える手”としての役割をしっかり果たし、ハイスタンダードな市場システム構築を推進し、公平な競争からなる市場秩序を守る必要がある。市場メカニズムの有効な運営を保障し、“見えざる手”による効率的な資源配置を促し、企業によるイノベーションと市場の活力を活性化させることで、新たな発展局面の構築を推進し、高質量発展を実現し、共同富裕を促進するのである」

 やはり最後は「共同富裕」に行きつく、それこそが最大の目的ということです。

 アリババや美団といった企業は、疑いなく改革開放40年の歴史上、市場メカニズムが形成されていく中での勝ち組です。「先富論」、すなわち「富める者から富め」というお墨付きを与えた改革開放の設計士・鄧小平(ダン・シャオピン)の論理からすれば、勝ち組の存在と拡大は「社会悪」ではありません。勝ち組が生まれなければ、中国経済はここまで発展してこなかったわけですから。

 中国は、(統計の信ぴょう性はさておき)2011年から2020年の10年間で、GDP(国内総生産)と一人当たりGDPを倍増させました。

 そして、2021年から2035年の15年間で、さらに倍増させるという国家目標を掲げています。高度経済成長が過去のものとなり、環境への配慮を含めた「高質量発展」は、経済成長のスピードの鈍化を前提としています。10年ではなく、15年で達成すると設定したゆえんでしょう。

 だとしても、後者は明らかに前者よりも前途多難。そして、2035年GDPと一人当たりGDPの倍増を実現するためには、もはや「先富論」では物足りない。4億人の中産階級、人口の半分以上いる低所得者層の所得や購買力を「底上げ」しないことには、目標は達成しえないと考えているのでしょう。

 勝ち組が勝ち逃げするのを防ぎ、富の再分配、再々分配を促すために、独禁法という手段の行使を通じて、勝ち組の負け組に対する“搾取”を防ごうとしている。共同富裕を扱った中央会議が提起していたように、両端が大きい「鉄アレイ型」の社会から、中間層が膨らんだ「ラグビーボール型」の社会への転換を遂げるためには、勝ち組への制裁は「必要悪」というのが私の解釈です。

 そして、美団やアリババを含めた勝ち組たちは、当局が勝ち逃げを許さないこと、その前提で引き続き中国で商いを行っていく必要性を、十二分に理解しているのです。