ESG重視が時代の流れに

 欧州の年金基金は、投資先企業を選別する際にESGスコアを重視します。ESGスコアとは、非財務情報の中核と考えられているEnvironment(環境)・Social  Responsibility(社会的責任)・Governance(ガバナンス)の3項目を数値化したものです。なかでも、近年重要度が高まっているのがE(環境経営)です。世界各国が脱炭素目標を示し、世界中で脱炭素に向けた取り組みが広がる中で、グローバルなマネーもEを重視した投資に傾注するようになりました。

 これに米国年金基金も追随するようになりました。大統領が化石燃料産業の復興に力を入れていたトランプ氏から、脱炭素を重要な政策の柱とするバイデン大統領に代わったインパクトは大きく、米国年金も足元ESG重視の投資を拡大しています。

 日本も遅れてESG投資が拡大してきています。日本では数年前までESG投資は不人気でした。当時の投資家の声を総合すると以下のようなものです。「いくら社会的責任を立派に果たしている企業であっても、株価のパフォーマンスが良くなければ投資家として積極的に投資する気にはならない」。

 ところが、近年風向きがはっきり変わりました。日本で年金基金など機関投資家が株式運用でESGスコアを重視するようになりました。投資信託でも、ESGを重視するファンドが個人投資家に人気を博し、大きな金額を集めるようになりました。

 なぜでしょう? パフォーマンス(運用成績)を犠牲にしてでもESGを重視すべきだと考える投資家が増えたということでしょうか? そうではありません。パフォーマンスを重視する投資家が、パフォーマンスを高めるためにESGを重視せざるを得ない時代になったからです。

 ESGで問題を起こした企業の株価暴落が頻発し、ESG無視で高パフォーマンスをあげることが難しいことに機関投資家は気づいています。また、ESGで高スコアの企業の株価が継続的に市場をアウトパフォームするようになり、機関投資家ではESGを専任に分析するアナリストを置くところが増えてきています。ESGは「地球環境に良く、投資パフォーマンスにも寄与する」ならば、ESG重視をどんどん進めようと前向きな流れが広がっています。

 私は、ESGブームを歓迎しつつ、少し違和感も覚えています。投資家が地球環境を考えて投資するようになることは素晴らしいことと思います。私たちは次世代のことも考えて行動する義務があると考えています。ただ、それを実現するために作られた既存のESG基準に少し問題があると考えています。

電気で動かせば何でも「善」?化石燃料を使えば何でも「悪」?

 究極のエネルギー循環社会では、人間が使う動力のほとんど全てが「電気」になります。人類が使うエネルギーをすべて電気とし、その電気をすべて自然エネルギー(太陽光・風力・水力・地熱・・・)から作れば、それでエネルギー循環社会の完成です。完成まで紆余曲折あると思いますが、私は実現可能【注】と考えています。

【注】人類が使う電気をすべて自然エネルギーでまかなうのは可能か?
「実現可能」という私の意見に対し「そんなことできるはずない」とコメントをお寄せいただいている方もいらっしゃいます。実現可能と考える根拠を、以下のレポートに書いています。ご参照ください。
2021年1月26日:2050年の「脱炭素」は可能?3つの障害と化石燃料との向き合い方

 今のESG基準、特に欧州主導で作られている基準で、究極のエネルギー社会実現を先取りして作られているのは良いのですが、そこに至る過程で、必要なものに対する配慮に欠けていると思います。電気で動かすものは何でも「善」、化石燃料を使えば何でも「悪」と決めつけていることです。化石燃料を世界一効率的に利用する技術を持っている日本企業の価値をまったく認めようとしない側面があります。

 日本企業は、1970年代のオイルショック以降、環境・省エネ技術で世界の最先端を走っています。つまり、化石燃料を世界一効率的に使用する技術ではトップを走っています。ところが、脱炭素・電動化では出遅れています。欧州主導のESG基準では、こうした日本企業は低く評価されます。

テスラEVは過大評価、トヨタHVは過小評価と考える

 今のESG基準では、電気自動車(EV:Electric Vehicle)は「善」、ハイブリッド車(HV)は化石燃料を使うので「悪」とされます。「EVは排ガスを出さないので善」「HVは燃費が高い環境車だがガソリンを使うので悪」という決めつけです。EVが使う電気のほとんどが化石燃料から作られている現状を見ると、EVそのものは排ガスを出さなくても、発電で大量の排ガスが出ているので、単純に善とするのに違和感があります。EVを、EEV(Emission Elsewhere Vehicle:他所で排ガスを出す車)と呼ぶ悪口もあります。

 EVや燃料電池車(水素自動車)が世界中に普及するまでにまだ何十年もかかると思います。その間、ガソリン車の燃費を大幅に改善するハイブリッド車の活躍余地は大いにあると思います。それを評価しないで、単純にEV=善、HV=悪とする基準には違和感を覚えます。

 とは言え、世界の投資マネーは、既存の欧州基準に従って動き始めています。EVで世界首位の米テスラには、ESGを重視する世界中のマネーが投資するので大幅に値上がりしました。収益力と比較してかなり割高な水準に買われていると私は考えています。

 一方、トヨタ自動車(7203)は、ガソリン車で世界トップの競争力を持ち、ハイブリッド車の技術でも世界トップにもかかわらず、株式市場で低評価になっています。最近、燃料電池車の開発で先行していることに注目した買いは入るようになっていますが、ハイブリッド車で世界トップの技術を持つことを評価した買いは入りにくくなっています。

 今、世界では「ガソリンを使う車はすべて悪」ときめつける風潮があって、ハイブリッド車ですら、ガソリンを使う車として、排除する対象(販売にペナルティが課されるガソリン車)に加える傾向があります。

 たとえば、米国では、環境規制の厳しいカリフォルニア州などでZEV規制(排出ガスゼロ規制:排出ガスがゼロ、あるいは限りなくゼロに近い自動車の販売が一定比率以下だとペナルティ支払いが必要となる規制)が導入されています。ここでは、EV・燃料電池車・PHV(プラグインハイブリッド車)のみがゼロ排出車とされ、ハイブリッド車は、通常のガソリン車と同じ、販売にペナルティが課せられる車となっています。

日本企業が得意とするLNG活用は過小評価

 LNG(液化天然ガス)活用が世界でもっとも進んでいるのが日本です。日本企業はLNG活用に必要な技術やインフラをたくさん保有しています。ところが、それは既存のESG基準で評価されません。LNGも化石燃料だからです。

 世界各国で使われている天然ガスのほとんどは、ガス田から直接パイプラインで運ばれてきたガスです。何千キロも離れた遠くまで、パイプラインでガスを運ぶことが可能です。LNGに転換して運ぶとコストがかかるので、パイプラインで運ぶことが可能な範囲でしかガスを活用していません。パイプラインで運べないガスは焼却処理されます。現在も、中東の油田で、原油の副産物として出てくるガスは、パイプラインで運んで使うことができなければ焼却しています。たった今も、中東の油田ではガスを燃やす大きな火柱が上がっています。

 一方、日本は中東などの天然ガスをLNGに転換してLNGタンカーで運んで使っています。日本が海に囲まれていることもあり、日本はパイプラインではなくLNGにして、ガスを輸入しています(サハリンからパイプラインでロシア産ガスを入れることは技術的には簡単ですが、北方領土問題が未解決なので実現していません)。

 世界中の国々が日本のようにもっとLNGを使う方向に舵を切れば、油田で焼却されるガスは減らせます。ところが、その取り組みがなかなか進みません。日本企業がLNG活用で大きな貢献をしていても、既存のESG基準であまり評価されません。

自然エネルギー発電を増やすにはガス火力を増やす必要がある

 自然エネルギーには1つ、重大な問題があります。太陽光・風力などは自然まかせなので、発電量の調整がしにくいことです。電気エネルギーの最大の弱点は、「保存」「運搬」が簡単にできないことです。特に、「保存」ができないことが重大問題です。そのため、自然エネルギーによって、大量の電気を得ても、それを有効に使う術がありません。

 急に出力が拡大すれば、使いきれない電気を無駄に捨てることになります。急に出力が減れば、停電が起こります。電気供給は原則、需要と供給を常時一致させなければならない「同時同量」が求められます。出力が不安定な自然エネルギーを増やすには、需給バランスを見ながら機動的に出力を増やしたり減らしたりできる「調整電力」が必要です。それが可能なのは、ガス火力発電だけです。

 油田で無駄に焼却されるガスを減らし、LNGガス火力発電を世界で拡大することは、石炭火力発電を減らし、自然エネルギー発電を拡大するために必要なことです。LNG活用で高い技術とインフラを有する日本企業を、既存のESG基準が評価しないのは問題だと思っています。

投資銘柄選別でESG基準とどう付き合うべきか

 私がファンドマネージャーの時、ESGを重視して運用していました。特にG(ガバナンス)をとても重視していました。それが、投資で好パフォーマンスをあげるのに重要だったからです。ガバナンスで不祥事を起こす企業の株価が暴落することが頻発する時代になったので、ファンドマネージャーとして当然のことでした。

 Gの次に、E(環境経営)を重視していました。それも、好パフォーマンスをあげるために必要でした。と言っても、欧州主導で作られている既存のESG基準のEは無視していました。私が地球環境にとって有益と考えることに貢献する企業を評価していました。私が運用していた年金基金・投資信託は、ESG基準に縛られる必要のないファンドでしたので、既存のESG基準ではなく、独自に考える基準で運用できました。

 欧州の基準と、私が考える基準の最大の違いは、化石燃料を効率利用する企業の評価です。欧州基準では評価されない、化石燃料の効率利用に貢献する企業を私は高く評価していました。省エネ・環境技術にすぐれた企業が、高いコスト競争力を持ち、結果的に株価のパフォーマンスも良くなるので、ファンドマネージャーとして環境・省エネ技術を重視するのは、当然のことでした。たとえば、トヨタ自動車(7203)のハイブリッド車や、三菱商事(8058)三井物産(8031)のLNG技術を、私は高く評価していました。大手総合商社が展開する石炭事業の将来が懸念される時代になっていますが、LNG事業にはこれからも発展余地が大きいと思っています。

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