日本の投資信託手数料を引き下げたのはDCだった

 DC(確定拠出年金)は、日本に投資信託市場を根付かせるという政策的意図もはらんでいました。いわゆる「貯蓄から投資へ」の流れを個人の資産運用においてつくる役割です。

 もちろん個人にとっては、必要なら投資をすればよいわけで、国策を気にする必要はありませんが、こうした流れが一つ影響を及ぼしたことに「商品性の改善」があります。

 かつて、投資は高コストで行うものでした。株式の売買手数料などがその最たるもので、相当の値上がりがないと収益確保となりませんでした。投資信託も、割高な販売手数料をとり、信託報酬(運用管理費用)は割高、信託財産留保額を支払って解約をする、というあんばいで、収益を得るために5%以上の値上がりが必要であることもしばしばでした。

 今でこそ、低コストの投資信託が国内株式、あるいは国内外への分散投資を行うバランスファンドで人気となっていますが、その先鞭(せんべん)をつけたのは、20年前の確定拠出年金創設だったのです。

ノーロード、低信託報酬で動き出した20年前

 今では信じられないことですが、2001年の段階では、販売手数料に2.0~3.0%相当を取り、信託報酬でも2.0~3.0%を取る投資信託がけっこうありました。インデックスファンドでも、年0.7%で安いといわれていたものです。海外を投資対象とするのであれば年1.0%を超えるのは当然ですし、複数のアセットクラスを取り扱うバランス型ファンドも同様でした。

 そんな当時、企業型DC向けの投資信託は「割安」が魅力でした。多くのファンドが年0.2%程度低い設定で登場しました。これは販売時説明の営業コストがかからないことと、解約率が低いことを反映したものといわれます。

 DCの個人投資は、「継続的購入」が期待できます。一度運用指図をした人はそのポートフォリオにもとづく新規購入を数年以上継続する傾向があります。市場の騰落にもあまり影響せず、特に「低い解約率」であることもDC運用の特徴です。

 さらに、ある大企業が年0.2~0.5%程度の信託報酬のインデックスファンドを設定させていることが明らかになって以降、もう一段階の値下がりが実現しました。

遅れてきたiDeCo、つみたてNISAとあいまって一気に引き下げが加速

 個人型確定拠出年金(当時はiDeCo[イデコ]という愛称がなかった)については、低コストの投資信託はあまり設定されていませんでした。

「iDeCo前」は運営管理機関のコストと投資信託の運用コストで「運営管理機関費用は無料だが、投資信託信託報酬は高め」「運営管理機関費用は有料だが投資信託信託報酬は低め」というビジネスモデルでの戦いが見られました。

 どちらかは高いコストを払わなければいけない、というのは厳しい二者択一で、これもまた個人型確定拠出年金の普及を妨げる要素であったと思います。

 しかし、iDeCoという愛称を得て、加入対象者の規制緩和が2017年1月より行われることになり、状況は一変します。マーケットの急拡大に期待が高まり、新規参入した金融機関の多くが「運営管理機関の費用は無料、投資信託の信託報酬も低め」という攻めの設定を行ったからです。

 これを受けて、従来からiDeCoを提供してきた運営管理機関もプランの見直しを行いました。今でもまだ「個人型確定拠出年金」の時代を引きずる商品ラインアップの金融機関がありますが、多くは加入者増につながっておらず、「iDeCo後」のビジネスモデルは明らかに変化をしたと思います。

 この信託報酬の引き下げ傾向は、つみたてNISA(ニーサ:少額投資非課税制度)の影響も受けています。

 2018年1月、個人の積立投資を促す目的で、iDeCoとも近しい性格のつみたてNISAが誕生しましたが、低コストの投資信託でなければそもそもつみたてNISAの購入対象とならない、厳しいガイドラインを設定したことで、iDeCoもこの基準が意識されるようになったように思います。

 いずれにせよ、企業型DCで始まった低コストの投資環境は、iDeCoによりさらに拍車がかかったことになりました。

パッシブの普及にも一役買ったDC

 ここまで手数料の話を中心に見てきましたが、DCの運用の多くは、パッシブ型運用のファンドが占めています。これはこの20年で大きく広がったインデックス運用の流れを先行して形作ったといえます。

 投資といえば、アクティブ運用が花形です。しかし、2000年に達する頃には企業年金運用でもパッシブコアの運用戦略がスタンダードなものとなっていました。企業型のDCでは、企業年金運用の経験を踏まえて、インデックスファンドを中心に商品ラインアップが構成されてきました。

 実際、日本株のインデックスファンドでは、一般に受ける日経平均(225種)よりTOPIX(東証株価指数)をベンチマークとしたファンドのほうに残高が集まっています。

 運営管理機関連絡協議会の統計資料によれば、アセットクラスごとの累計でアクティブが上回るものは一つもなく、唯一、国内株でのみアクティブが46%のシェアを持ちます。それ以外は77~88%をインデックス運用が占めており、「パッシブ運用を中心に行われるもの」という基本トレンドがあります。

 インデックスをベンチマークにおいたパッシブ運用が日本の個人に根付いたきっかけをつくったのは、DCがもたらした大きな変化といえるでしょう。

20年がたち、乗り遅れた企業型DCに大きな課題

 手数料が下がり、パッシブ運用が根付いた20年を振り返るといいところばかりのようですが、一つ課題が生まれています。

 運用商品の手数料について「割安で先行していたはずの企業型DCが周回遅れ」になっているという問題が生じてしまったことです。

「2001年モデル」では割安で魅力的な商品を並べていたはずが、iDeCoやつみたてNISAを踏まえた「2021年モデル」ではそれは割高なものになってしまっています。

 iDeCoでは「新プラン」のように低コストの投資信託を並べ直し、新陳代謝を図る事例もありますが、企業型DCでは商品の入れ替えが10年以上行われていないケースが多いためです。

 入れ替えがされない理由の一つに、法律が商品の除外を厳しく制限していたことがありましたが、こちらはすでに規制緩和が実現しています(2018年5月から)。

 運用結果は自己責任といっても、そもそも高コストファンドしかラインアップしていない中で高いリターンを確保しろというのは、無理なリクエストです。例えるなら、古くて動作の重いパソコンしか用意せずに、社員に高いパフォーマンスで仕事をしろと求めるようなものです。

 特にインデックスファンドであれば、運用管理費用の低さが最終的な運用成績に直結することは明白で、適宜入れ替えていくのは会社の責任の一つであるはずです。

 しかしながら、企業の担当者の意識がまだ追いついていないことから(担当者が人事部で自らファンドの良しあしを評価する知識がないことも多い)、そもそも問題点が企業内で顕在化していないことすらあります。たとえ会社で取引がある金融機関だとしても、社員に高い手数料を払わせる理由にはなりません。

 また、社員や労働組合もこの問題を理解していないことがあります。社員の声が上がれば、会社はこれを無視できないものとなります(高コストのインデックスファンドを放置する理由は除外事務の負担以外に説明がつかない)。

 企業担当者と、従業員サイドと、双方がこの問題意識を高められれば、次の10年を見据えて、企業型DCの商品改善が進むことになるでしょう。

 iDeCoという個人が任意で加入する制度と、会社が実施する企業年金制度たる企業型DCが、商品性の優劣を比較されるというのは不思議な感覚もあります。しかし、こうした競争や比較が成り立つことこそ、「DC20年」で到達した世界なのです。

DC(確定拠出年金)20年史(その1)を読む
DC(確定拠出年金)20年史(その2)を読む