“分断”の中で生まれたバイデン大統領は、分断をなくすことができるのか?

 バイデン米大統領は、2021年1月20日(水)の就任演説で、「民主主義」に11回、「結束」に8回、言及したとされています。例えば、演説冒頭の「This is democracy’s day.(今日は民主主義の日だ)」、中間部分の「We can join forces.(我々は力を合わせることができる=結束できる)」などです。

 約20分間の演説で、壊された民主主義を立て直す、失われた結束を取り戻す旨が繰り返されたことは、裏を返せば、バイデン大統領は現在のアメリカは、民主主義は壊れかけ、結束は失われつつあると、認識しているとみられます。

 満場一致、手放しで喜べないムードを警戒してか、先週1週間、各ジャンルの最主要銘柄の値動きは“ほぼ横ばい”と、緩慢なものとなりました。先週1週間のジャンルを横断した騰落率ランキングは「マザーズ、ナスダック上昇!“2番目銘柄”が元気な理由」でご覧いただけます。

 なぜ、バイデン氏や市場は、米国の民主主義が壊れかけ、結束が失われつつあると認識しているのでしょうか。この問いについて、筆者は、バイデン氏が、民主主義を壊し、結束を失わせる最大の要因と言える“分断”を糧(かて)に、大統領になったためだと考えています。

 以下は、2020年11月3日(火)に行われた米大統領選挙で、人口15万人以上の都市において、バイデン氏が勝利した都市の数とトランプ氏が勝利した都市の数です。

図:2020年11月3日行われた米大統領選挙における、人口15万人以上の都市の候補者別勝利数(筆者推定)
※人口は2019年時点の推定値を参照
※人口15万人以上の都市は各種要件に基づき選定

出所:米国勢調査局(U.S. Census Bureau)およびAP通信のデータより筆者作成

 人口15万ほどで、日本人に比較的なじみがある都市と言えば、ミシシッピ州の州都で、「魂の宿る町」、ブルースの発祥の地とされるジャクソン(約16万人)、2002年に冬季オリンピックが開催されたユタ州のソルトレイク(約20万人)、などがあります。

 日本で言えば、千葉県浦安市(約16万人)、長野県上田市(約15万人)、茨城県ひたちなか市(約15万人)、兵庫県川西市(約15万人)、などです。

 “都市部と郊外”という点で、2020年の大統領選挙を振り返った時、上図のとおり、圧倒的に都市部でバイデン氏が優勢だったことがわかります。15万人を超える人口を有する都市の、およそ87%で、バイデン氏が勝利しました。

 また、バイデン氏が勝利した州でみると、人口15万人を超える都市のおよそ97%でバイデン氏が勝利、トランプ氏が勝利した州でみても、およそ74%でバイデン氏が勝利しました。バイデン氏は都市部でほとんど勝った、トランプ氏は都市部でほとんど勝てなかった、と言えます。

 例えば、トランプ氏が勝利した大票田であるテキサス州では、ヒューストン(約220万人)、サンアントニオ(約154万人)、ダラス(約126万人)、オースティン(約92万人)、フォートワース(約90万人)、エルパソ(約68万人)、アーリントン(約39万人)と、同州の人口上位7都市は、すべてバイデン氏勝利でした。

 同じ大票田でトランプ氏が勝利したフロリダ州でも、ジャクソンビル(約91万人)、マイアミ(約46万人)、タンパ(約39万人)、オーランド(約28万人)、セントピーターズバーグ(約26万人)、ハイアリア(約23万人)の人口上位6都市は、すべてバイデン氏勝利でした。

 “民主党は都市部で有利”という話はあるものの、昨年の選挙では、有利というよりも“圧勝”だったわけです。

 とはいえ、トランプ氏は同選挙で、米国全体のおよそ47%にあたる7,422万票を獲得しました。ではトランプ氏はどこで、半数近い票を獲得したのでしょうか。他でもない、都市部以外の郊外です。

 都市部で圧勝したバイデン氏、郊外で半数近い票を集めたトランプ氏。2020年の米大統領選挙は、都市部と郊外の“分断”が鮮明になった選挙だったと言えます。この点より、バイデン氏は、“分断”から生まれた大統領だと、言えると筆者は考えています。

 冒頭で述べたとおり、就任演説で、壊された民主主義を立て直す、失われた結束を取り戻す、と繰り返したことは、バイデン氏が、分断を糧に誕生した大統領だということを自認し、仕事をやり上げることの難しさを感じていることの表れだと、筆者は感じています。

転換なのか、回帰なのか、判断が分かれるバイデン氏の大統領令の署名

 さまざまな異例の事態の中、都市部での圧勝をきっかけに大統領選挙に勝利したバイデン氏は、就任初日に15本、その翌日に10本、大統領令に署名しました。

 バイデン大統領が署名した大統領令の数が“異例の多さ”だったことは、新型コロナの感染拡大が続いていること、人々の間で地域、人種、思想などにおける分断が発生していること、中国をはじめとした諸外国との軋轢(あつれき)が絶えないことなど、米国が、強い“内憂外患”の状態にあることの裏返しと考えられます。異端と言われたトランプ氏が残した傷を癒すため、という面もあります。

 また、新大統領の就任式に出席しないという異例の行動をとったトランプ氏が今後、どのように政策運営に影響してくるのかも、“内憂”の一つと言えます。

 今回署名された大統領令のうち、比較的、コモディティ(商品)市場に近いものとして、パリ協定への復帰や、カナダ産原油を米国に輸入する際に用いられるパイプライン建設の許可差し止め、があります。

 トランプ氏は、2017年6月にパリ協定を脱退すると宣言、同年3月に同パイプラインの建設を許可していましたが、バイデン氏はこれらを、就任後“即”、大統領令で修正したわけです。

 これらの修正が“即”だったことから、いかにこれまでの4年間、バイデン氏(あるいは民主党)が、トランプ氏の行動を正したかったか、そして米国をオバマ政権時の路線に戻したかったかがうかがえます。これらの修正は、トランプ氏の否定の他、”オバマ政権への回帰“という意味を含んでいると、考えられます。

 大転換に見える今回の大統領令の連発は、転換だけでなく、”回帰“も含まれる点に留意が必要だと、筆者は考えています。”回帰“は、新しいことへの挑戦というよりは、どちらかと言えば前例踏襲、という意味が強いため、バイデン氏は内憂外患の米国を、大転換だけでなく、前例踏襲を用いて救うことを考えているのかもしれません。

バイデン政権下、高エタノールガソリンの通年販売が実現し、穀物価格が上向くか

 オバマ政権時の目立った事象に、バイオエタノールの生産増加、が挙げられます。以下は、米国のバイオエタノールの生産量とガソリン消費に占めるバイオエタノールの割合です。

図:米国のバイオエタノールの生産量 単位:百万バレル/日量

出所:EIA(米エネルギー省)のデータをもとに筆者作成

 2007年のブッシュ大統領の一般教書演説を機に、主にトウモロコシを原料とした再生可能エネルギーの一つとされる植物由来のエタノール(以下エタノール)の生産・使用が推奨され、飛躍的に米国のエタノール生産量は増加しました。オバマ政権時、エタノールの生産・使用が拡大したのは、エネルギーの安定確保の他、気候変動への配慮を強めるためでした。

 現在でも、米国国内の多くのほとんどのガソリンスタンドで、エタノールを10%添加したガソリン(E10)が販売されているようです。

 エタノールの使用は、ガソリンの使用とトレードオフ(片方を得ると、もう片方を失う関係)です。ガソリンそのものの消費量が頭打ちになったこともあり、この“10%”が壁になって、近年はエタノールの生産・使用が頭打ちになっていました。このことは「ブレンドの壁」と呼ばれています。

 2019年ごろから、ブレンドの壁を打ち破るべく、高エタノールガソリン(エタノールを15%添加したE15)の通年販売の実現をめぐり、議論が活発化していました。米国の農家にとっては、需要増加が見込まれるプラスの話ですが、トレードオフの関係にある石油業界にとっては、耳の痛い話です。

 この話がこれまで具体的に進展しなかったのは、石油業界と緊密な関係にあったトランプ氏が大統領だったため、と筆者は考えています。

 昨年の大統領選挙の開票および結果をめぐり、複数の訴訟を起こし敗れたトランプ政権を擁護するように、連邦最高裁に対して、激戦となったペンシルベニア、ジョージア、ミシガン、ウィスコンシン州で不正があったと訴えたのは、全米で最も原油生産量が多く、屈指の精製量を誇るテキサス州の司法長官でした。

 パリ協定を離脱したり、化石燃料の使用を推奨したりした前大統領と石油業界の関係が、高エタノールガソリン(E15)の通年販売の議論が進展することを難しくしてきた可能性はゼロではありません。

 しかし、政権は移行しました。オバマ政権への“回帰”という点でも、バイデン政権では、エタノールの生産・使用が推奨されやすくなり、高エタノールガソリン(E15)の議論が進みやすくなったと、言えると思います。

 以下のとおり、ガソリンに添加できるエタノールの量を増やすことができるようになれば、飛躍的に米国のトウモロコシの生産量と消費量が増加する可能性があります。

図:米国国内のガソリン消費に占めるエタノール使用率

出所:EIA(米エネルギー省)のデータをもとに筆者作成

 オバマ政権に一部“回帰”する姿勢を示し、パリ協定に復帰して石油業界と一線を引けるバイデン政権のもとであれば、E15の通年販売の議論は進みやすくなると考えられます。

 前回の「脱炭素は上昇気流!穀物3銘柄の価格が上昇する7つの理由」 で述べたとおり、穀物価格は昨年夏以降、上昇傾向にありますが、仮に米国でE15の通年販売が実現すれば、米国の農業の再興の礎となり、農家の発言権が強まり、市場は生産者側の意向を反映しやすくなる、つまり、価格が上向きやすくなると考えられます。

図:シカゴトウモロコシ先物(期近 月足 終値) 単位:セント/ブッシェル

出所:ブルームバーグのデータをもとに筆者作成

 今回は、発足したバイデン政権と穀物市場の関係について書きました。新型コロナの影響や他の穀物生産国の動向など、考慮しなければならない点はありますが、米国で新政権が発足し、政策的に需要が増える可能性が浮上した点は、今後の穀物価格の動向を考える上で、大きなポイントになると、筆者は考えています。

[参考]穀物関連の具体的な投資商品

国内株

丸紅 8002

海外ETF

iPath シリーズB ブルームバーグ穀物サブ指数
トータルリターンETN
JJG

外国株

アーチャー・ダニエルズ・ミッドランドADM

ブンゲBG

商品先物

国内 トウモロコシ 大豆

海外 トウモロコシ 大豆 小麦 大豆粕 大豆油 もみ米