“脱炭素”は、まだ黎明期。2021年にようやく本格的な議論が始まる

 しばしば、なぜコロナ禍で、地球温暖化の進行を軽減させる“脱炭素”が急速に浸透しているのだろう? と考えることがあります。地球温暖化が、新型コロナウイルスが流行するずっと前から、地球規模の課題として認識されていたことを考えれば、コロナと“脱炭素”は、直接的な関わりはないように、思えます。

 冒頭の問いへの現時点の筆者の答えは、「現在の」脱炭素は、(1)コロナ禍における一般大衆の心のよりどころ、(2)コロナ禍においてリーダーたちが支持を集めるための手段、(3)各種企業がコロナ禍で負ったダメージを回復させる期待を醸成するための手段だから、です。

 この意味では、「現在の」脱炭素は、一般大衆、リーダーたち、各種企業に、コロナ禍をかいくぐったり、期待を醸成したりするための手段として認識され、利用されていると、言えそうです。

 現在はこのような状況であるため、“脱炭素”の本来の役割であるCO2の排出量を削減することを目的とした、具体的な末端レベルでの大規模な変革は、まだおきていません。つまり、脱炭素の本質的な議論はこれからなのです。その意味で、2021年は、“脱炭素”の黎明(れいめい)期(スタート期)と言えるでしょう。

金(ゴールド):2021年の脱炭素は、分断を発生・深化させ、有事のムードを強める

 “脱炭素”にとって、2021年は、どのような年になるでしょうか。“脱炭素”の本来の趣旨であるCO2の排出量を削減することを目的とした、これまでの前提を覆す本質的な議論が始まる年になると、考えられます。

 前提を覆す本質的な議論は何を生むでしょうか。抽象的に言えば、“脱炭素”が進展することで起きる変革を受け入れる“進む人”と、受け入れない“とどまる人”を生むと考えられます。それでは“進む人”と“とどまる人”が生まれれば、何が生まれるでしょうか。良くも悪くも“分断”です。

 分断の良さは、議論が深まる点です。このため、分断は一概に悪とは言えません。問題は、分断が生じた時、利権や過去の習慣・慣例にとらわれない、本来の目的を果たすための正しい議論ができるかどうかです。

 正しい議論ができなければ、お互い、妥協点を見出せず、分断は深まり、やがて、分断がお互いの憂さ晴らしのはけ口の場になります。これは、悪い分断です。

 脱炭素の本質的な議論が本格化するとみられる2021年は、脱炭素起因の分断が、良性か悪性かが、明らかになる年といってもよいと思います。このことは、日本だけでなく、世界各国でも同様です。

 世界規模で、脱炭素起因の分断の悪性が目立つようになった場合、つまり、利権や過去の習慣・慣例にとらわれ、遅々として“脱炭素”に関わる本質的な議論が進まない場合、期待した成果が得られそうにない、このまま期待を寄せてよいのだろうか? などと、“脱炭素”を取り巻く環境が不安定化する可能性があります。

 特に、“脱炭素”を目玉政策としている主要国のリーダーが、“脱炭素”を思うように推進できなくなった場合、そのリーダーはけん引力不足とみなされ、一般大衆からの支持が低下し、その国を取り巻く全体的な環境が悪化しかねません。

 このような、2021年に起き得る“脱炭素”を取り巻く環境の不安定化は、金(ゴールド)相場の上昇要因の一つ、“有事のムード”を強める一因になると、筆者は考えています。

図:2021年の金(ゴールド)相場を取り巻く環境(筆者イメージ)

出所:筆者作成

図:NY金(ゴールド)先物(期近 月足 終値) 単位:ドル/トロイオンス

出所:ブルームバーグより筆者作成

※2021年の金(ゴールド)相場の見通しの詳細を「金(ゴールド)市場2021年10大予測:2021年の年末、2,100ドル超えも?!」 で述べています。

プラチナ:2021年の脱炭素は、車1台の排ガス浄化装置向け貴金属消費を増やす一因

 プラチナは主に、自動車の内燃機関(エンジン)と消音器(マフラー)の間に設置される排ガス浄化装置内の、排ガスが通る機構に用いられています。プラチナが持つ触媒作用(自分の性質を変えずに、化学反応によって相手の性質を変える作用)によって、機構を通る排ガス内の有害物質が、水や二酸化炭素に変換されます。

 以下のグラフは、欧州主要国で生産された自動車(自家用車、商用車、トラックなどを含む四輪車)の台数と、欧州主要国で自動車の排ガス浄化装置に使用された貴金属(プラチナ、パラジウム、ロジウム)の数量から推計した、欧州主要国における、自動車1台あたりの排ガス浄化装置向け貴金属消費量の推移です。

図:欧州主要国における、自動車1台あたりの排ガス浄化装置向け貴金属消費量(筆者推計) 単位:グラム

出所:OICA(国際自動車工業連合会)、トムソンロイターGFMSのデータをもとに筆者推計

 年々、増加していることがわかります。近年は、欧州主要国で生産される乗用車と商用車の割合は大きく変動していないことから、自動車1台あたりの貴金属消費量が増えた理由を、大型車が多く生産されたため、とすることはできません。

 増加の背景には、環境配慮のムードの中、今後も強化されることが想定される、世界屈指の厳しさと言われる、同地域の排ガス規制が挙げられると、筆者は考えています。

 年々厳しさを増す排ガス規制をクリアし続けるためには、燃焼効率が良い内燃機関や、大気中に排出される有害物質をできるだけ少なくする高性能の排ガス浄化装置が必要です。このような背景があり、排ガス浄化装置の性能を向上させるべく、自動車1台の排ガス浄化装置に使われる貴金属の量が増加していると、考えられます。

 “脱炭素”の本格的な議論が始まることも相成り、こうした厳しい環境規制を背景としたプラチナ需要の増加は、2021年も継続する可能性があると筆者は考えています。

 また、欧州では、“脱炭素”に寄与する考え方である、カーボンニュートラル(炭素中立)の議論が進行しています。これは、社会全体で二酸化炭素の排出量を評価する考え方です。

 例えば、これまで電気自動車(EV)は環境に配慮したクリーンな自動車だと言われてきましたが、その動力源となる電力は、まだ多くの国で、化石燃料を燃やし、二酸化炭素を排出しながら作られています。

 欧州委員会は、“社会全体”で二酸化炭素の排出量を低減するため、昨年(2020年)、水素社会を模索すると明言しました。このことをきっかけに、既存の自動車業界を中心に、水素と二酸化炭素を合成したeFuel(合成液体燃料)の研究が本格化しました。日本でも、トヨタやホンダなどが、研究に着手したと報じられています。

 カーボンニュートラルでは、二酸化炭素と水素から燃料を作ることで、二酸化炭素を吸収したとみなします。今のところeFuelは既存の化石燃料に配合することが想定されているため、配合後の燃料を使って走行した自動車が排出した二酸化炭素は、燃料を作る際に吸収した二酸化炭素によって、一部が相殺されたとみなします。

 eFuelはまだコストに見合わないとする報道もありますが、二酸化炭素を吸収すること以外にも、ガソリンスタンドなどの既存のインフラを使うことができる、内燃機関(エンジン)を製作・開発する上で培ったこれまでのノウハウを生かすことができる、など、メリットは複数あります。

 このため、欧州のカーボンニュートラル策の一環であるeFuelは、同地域の内燃機関を持つ自動車の存在を温存する役割があると、筆者は考えています。

 “脱炭素”を叫ぶ声が大きくなればなるほど、ガソリンや軽油、それらを燃料とする内燃機関を持つ自動車、そして、それらの自動車の排ガス浄化装置に用いられる貴金属の消費が減少するという連想が働きやすくなるかもしれませんが、実際のところは、黎明期でもあり、“脱炭素”がプラチナの消費を急減させることはないと筆者はみています。

 むしろ、“脱炭素”の流れもあり、環境規制がさらに厳しくなる見通しが示され、増加傾向にある欧州の自動車1台あたりの排ガス浄化装置向けのプラチナ消費がさらに増加する、さらにはeFuelの普及によって一定程度、内燃機関を持つ自動車の存在が温存される可能性があることなどから、2021年は、プラチナ相場に上昇圧力がかかりやすくなると、筆者は考えています。

図:NYプラチナ先物(期近 月足 終値) 単位:ドル/トロイオンス

出所:ブルームバーグより筆者作成

※2021年のプラチナ相場の見通しの詳細を「2021年のプラチナ6大予測:新しい上昇要因で1,300ドル程度まで上昇!?」 で述べています。

原油:2021年の脱炭素は、原油の消費減少観測を強め、産油国の単価上昇策を誘発する

 2017年から2018年にかけて、OPECプラス※が減産を実施し、原油価格を上昇させると(させようとすると)、原油価格の上昇は、市民にとっては増税に等しく、企業にとっては原材料の調達コスト上昇の要因になるので受け入れがたい、などと、消費国の一部でOPECプラスの行動に対する反発の声が上がりました。OPECプラスとしても、自分が採掘した原油を買ってくれる消費国の意向を聞き入れる必要がありました。

※OPECプラス:サウジアラビア、イラクなどのOPEC加盟国13カ国と、ロシア、カザフスタンなどのOPECに加盟しない非OPEC諸国10カ国の合計23の産油国の集団。世界の原油供給の半分以上のシェアを占める。(2020年12月時点)

 “脱炭素”の議論が進み、消費国でガソリンや軽油などの自動車向け燃料の消費が減少する観測が浮上すれば、それらの原料である原油の消費量も減少する観測が浮上します。このような事態が発生した場合、これまでと同様、OPECプラスは消費国の意向を、聞き入れるでしょうか。

 例えば、原油を精製すると、さまざまな石油製品が獲得できます。LPガス、ガソリン、灯油、ジェット燃料、軽油、船の燃料、火力発電所の燃料、アスファルトなどの他、化学繊維や塗料、電子製品などのプラスチック部品の原料(ナフサ)も同時に獲得できます。原油からガソリンや軽油といった自動車の燃料だけを精製することはできません。

 化学繊維を用いた衣類や、現代人の必須アイテムである電子部品、市民の生活の場に規則を明示してくれる標識などに使われる塗料などは、今のところ、現代社会になくてはならない存在です。これらを、放棄することは、市民生活の根幹を自ら不安定化させることになりかねません。

 これらの点より、仮に“脱炭素”が浸透した社会においても、原油の消費量は、一定程度残ると、考えられます。つまり、自動車の燃料であるガソリンや軽油を一滴も使わなくなったとしても、人類が秩序ある豊かな生活や経済発展を望む限り、原油の消費はゼロにはならないと考えられます。

 OPECプラスは、人類(特に消費国)が秩序ある豊かな生活と経済成長を望む限り、原油の需要はゼロになることは考えにくいことを逆手にとり、販売量の減少を、単価である原油価格をつり上げて補う可能性が生じます。原油の消費が減少する観測が浮上すれば、原油価格がつり上がることで不平を述べる消費者は、消費が旺盛だったころに比べて、減るとみられるためです。

 流通規模の縮小は価格低迷を招くイメージが先行しがちですが、こと原油においては、人類が望む秩序ある豊かな生活と経済成長を支えてくれる“石油製品”を提供してくれることから、消費量はゼロになることは考えにくく、流通規模の縮小観測が浮上することをきっかけに、価格の決定権は生産者の手に渡り、原油価格は上振れする可能性があると、みられます。

 2021年では考えにくく、かつやや極端かもしれませんが、“脱炭素”によって、世界的に原油の消費が大きく減少(観測ではなく実際に減少)して原油がマイナーなコモディティ(商品)になったとします。この時、産油国が策を講じ、価格をつり上げれば、マイナーな銘柄特有の、一時的で極端な上昇が散見されるようになるかもしれません。

図:マイナーなコモディティ(商品)銘柄の値動きの例

出所:各種情報源より筆者作成

図:NY原油先物(期近 日足 終値) 単位:ドル/バレル

出所:ブルームバーグより筆者作成

※2021年の原油相場の見通しの詳細を「2021年原油相場の5大予測 “脱炭素”に過剰反応してはならない」 で述べています。

 今回は、“脱炭素”と金(ゴールド)、プラチナ、原油の関係について、書きました。“脱炭素”は、議論も施策も、まだ未成熟です。未成熟であるがゆえ、これから悪い分断が起きる可能性があったり(金)、目先の消費を増やす一因になったり(プラチナ)、消費が減少する懸念(実態ではない)を浮上させたり(原油)するわけです。

 “脱炭素”の、時間軸や議論の深度に留意しつつ、これらの銘柄との関係に、引き続き、注目していきたいと思います。

[参考]貴金属の具体的な投資商品

純金積立

金(プラチナ、銀もあり)

国内ETF/ETN

1326 SPDRゴールド・シェア
1328 金価格連動型上場投資信託
1540 純金上場信託(現物国内保管型)
2036 NEXT NOTES 日経・TOCOM金ダブル・ブルETN
2037 NEXT NOTES 日経・TOCOM金ベアETN

海外ETF

GLDM SPDRゴールド・ミニシェアーズ・トラスト
IAU iシェアーズ・ゴールド・トラスト
GDX ヴァンエック・ベクトル・金鉱株ETF

投資信託

ステートストリート・ゴールドファンド(為替ヘッジあり)
ピクテ・ゴールド(為替ヘッジあり)
ピクテ・ゴールド(為替ヘッジなし)
三菱UFJ純金ファンド

外国株

ABX Barrick Gold:バリック・ゴールド
AU AngloGold:アングロゴールド・アシャンティ
AEM Agnico Eagle Mines:アグニコ・イーグル・マインズ
FNV フランコ・ネバダ
GFI Gold Fields:ゴールド・フィールズ

国内商品先物

金・金ミニ・金スポット・白金・白金ミニ・白金スポット・銀・パラジウム

海外商品先物

金、ミニ金、マイクロ金(銀、ミニ銀もあり)

[参考]具体的な原油関連の投資商品

国内ETF/ETN

WTI原油上場投資信託 (東証)1690
NF原油インデックス連動型上場(東証)1699
NEXT NOTES 日経TOCOM原油ブル2038
NEXT NOTES 日経TOCOM原油ベア2039

投資信託

UBS原油先物ファンド

外国株

エクソンモービルXOM
シェブロンCVX
トタルTOT
コノコフィリップスCOP
BPBP