財政検証2019
厚生労働省は8月27日に公的年金の財政検証結果をようやく公表しました。“ようやく”というのも、前回の公表(6月3日)と比べて3カ月ほど遅かったためです。
「年金2,000万円問題」のほとぼりが冷めるまで公表を控えていたようにも思われますが、ヒートアップの最中で年金不安をあおるよりは、冷静になった後の方がよかったと言えます。
さて、今回の財政検証の結果を踏まえて、セカンドライフの生活設計に対して考えておきたい点をまとめましたので、ご紹介します。
公的年金の所得代替率が減少
2019年の所得代替率は61.7%となり、5年前と比較して1.0%分低下しました。この所得代替率の低下は、2004年に導入されたマクロ経済スライドで給付水準調整が行われた結果によるもので、あらかじめ織り込まれていたといえるでしょう。
注目された将来の所得代替率については、複数の経済前提で6つのシナリオが公表されており、給付水準調整が続く2040年半ばにかけて所得代替率は50%程度に低下すると試算しています。なお、給付水準調整により所得代替率50%維持を目指す方針は、前回の財政検証でも周知のことです。
ただ、経済成長と労働力人口が一定維持されるシナリオにおいては2040年半ば以降も所得代替率50%台が維持されるとしたものの、経済成長率が高まらずに労働人口の減少が加速した場合には、所得代替率はさらに低下し続け、2050年代前半には36〜38%に達するという悪化シナリオが追加された点は前回との違いです。
いずれにしても、現役世代においては将来、公的年金の所得代替率は50%程度になることを念頭においた準備が必要ということになります。
例えば、6つのシナリオのうちケースⅢ(中位)は、所得代替率は2047年に50.8%に達し、以降その水準で均衡するシナリオです。2047年といえば今から28年後なので、その年以降65歳になるのは現在37歳以下の世帯です。
実質の所得代替率は40%前後と考えるべき
所得代替率とは、あくまで公的年金の受給開始時にその時点の現役世代の手取り収入とを比較したもので、その後もその比率が維持されるのではない点に注意が必要です。
具体的には、先ほどのケースⅢの事例をもとに2019年と2047年を比較すると、公的年金の給付額は2万円ほど増加する見込みであるものの、賃金はそれ以上の増加を見込むため、結果的にそれ以降の現役世代の手取り収入に対する比率は低下していきます。これは、現役世代の賃金上昇ほど年金受給世代の年金額は増えないということを示唆しています。
今回の検証では「生年度別に見た年金受給後の年金額の見通し」が補足されており、ケースⅢの場合で、2019年に受給開始した方の所得代替率が61.7%であったとしても、90歳になる2044年時点での現役世代の平均賃金との比率は41.9%になると試算されています。
公的年金の給付額は、物価を反映する仕組みであり、購買力は維持されると述べられていますが、それは最低限の生活使途を前提とした場合で、嗜好品や余暇サービス等は賃金上昇に見合った値上げが実施されていると想定されます。つまり、実質的に購買力は低下すると考えるべきです。
高所得世帯の所得代替率は低い
従来の財政検証は、専業主婦の夫婦世帯かつ平均的な賃金による試算しか示されていませんでしたが、今回は補足的に「多様な世帯類型における所得代替率」も示されています。従前から共働き世帯や独身世帯が増える中、メッセージが伝わりにくいといった声もあったため、これに対応したものと考えられます。
厚生年金加入世帯の所得代替率や給付水準の差は世帯類型の違いではなく、賃金水準によって生じるとの説明です。もちろんダブルインカムなら、その分が年金に反映されます。要するに世帯で納めた保険料の多寡が厚生年金の給付に影響するということです。
しかし、賃金差ほどに給付額の差はつかないため高所得世帯ほど所得代替率は低下するという点は理解する必要があります。これは、本質的に公的年金は社会保障制度であることに起因します。そもそも社会保障制度は、「相互扶助」の思想が背景にあるため、年金も所得再配分が前提のシステムになっているのです。
つまり、高齢者世帯の収入を賄うために現役世代全員で支え、所得の高い世帯が所得の低い世帯の分も頑張って賄っていくという設計となっているため、世帯所得によっても所得代替率は異なっています。
例えば2019年度において、賃金20万円の世帯の所得代替率は98.1%あるのに対し、賃金80万円の世帯は46.1%となっています。つまり退職後もできるだけ現役時に近い生活水準を維持したいと考えるなら、高所得世帯ほど公的年金に依存しない自助の割合を増やしていく必要があります。
財政検証で示されたオプション
もう1点、今回の財政検証で押さえておきたい点は、「所得代替率(年金財政)維持のために示されたオプションについて」です。
1つ目は、年金の受給開始を繰り下げた場合で、2つ目は高齢世帯の保険料拠出期間を延長した場合です。現行の厚生年金保険は70歳まで保険料納付が可能で、しかも受給開始を遅らせると年金受取額が増える仕組みになっています。
長く勤めることは給与収入を得ながら、さらに公的年金の所得代替率も高めることにも繋がります。セカンドライフの不安に対して、退職前の選択肢による具体的アプローチは参考にできそうです。
政府のさらなる対応と私たちのマインドチェンジが必要
次回の財政検証に向けて所得代替率が50%を維持される見通しとなり、目先の健全性は維持されたことになります。
一方、長期の視点で示唆された点としては、女性や高齢者の労働参加率を高めていくことで給付と負担のバランスが維持しやすくなること、それに向けた年金制度改正や労働市場の改革が急務であることも提言されています。
例えば、子育て世代がパートに出ても所定労働時間以下の場合は厚生年金に未加入となるため老齢年金を確保できないなど加入対象の拡大や、高齢者の保険料納付可能年齢の引上げや勤労意欲低下にも繋がっている在職老齢年金の廃止または緩和にも触れています。
超高齢社会を迎え、課題先進国となった日本は、公的年金の範疇だけで課題に取り組むには限界があります。よって女性も高齢者も全員が参加しやすい社会システムへと全体の見直しに政府も着手しています。
一方、その変化に対応するために、私たちも自身の生活設計に対して主体的に自己責任を持って準備していくといったマインドチェンジが、より一層、求められてくるのかもしれません。
年金減少分の対策が必要
財政検証のポイントを説明してきましたが、結局のところ所得代替率はセカンドライフを考えるうえでの1つの指標であり、将来的には現役時の生活水準の40%を公的年金で賄うぐらいの前提で、それ以外の手段をどう確保するか考えておくことが得策だと考えます。
例えば、現役時に平均50万円の月額賃金の世帯なら、公的年金でおおよそ20万円を目安として、残り30万円をどう確保するかを検討する、退職前後の世帯なら、できるだけ健康で居るうちは就労を継続し、退職後の生活支出を抑えるなどです。
また若年世代なら配偶者も合わせて所得を増やすこと、そうすることで夫婦での公的年金の給付額も増やせます。また退職年齢をできるだけ先に見据えてスキルアップに取り組む、将来に向けて資産形成を行うなど、準備期間が長くあるため選択肢はより多くなります。
若年世帯ほど早めの準備を
特に若年世帯にとっては、資産形成の選択肢として「iDeCo(イデコ:個人型確定拠出年金)」や「つみたてNISA(ニーサ:少額投資非課税制度)」など税優遇制度の活用は、ぜひ検討してください。
30歳から毎月3万円を積立投資した場合、5%で運用したとすると65歳時点で3,325万円の資産が築けます。また、その資産を65歳以降も継続して3%で運用しながら取り崩す場合、毎月12万円ずつ35年間受け取ることができます。
これは、平均50万円の月額賃金の人の場合、24%分の所得代替率が確保できます。さらに夫婦二人でそれぞれが積立投資した場合は、かなり大きな金額になります。加えて夫婦での所得の複線化と退職時期の延伸とのあわせ技を使えば所得代替率のかなりの部分をカバーできるようになります。
60歳以降の働き方も考える
従来、セカンドライフというと60歳で会社を定年して年金生活を送るという画一化されたイメージがありましたが、現在は60歳といってもまだまだ元気で社会で活躍したいと考えている方が多いのではないでしょうか?
「60歳からは、セカンドライフ」と画一的に捉えるのではなく、公的年金は老後生活の最低限を守ってくれるセーフティネットとして捉え、その上乗せは十人十色でご自身がどんな生活を送りたいかで準備していくといったポジティブな思考を持つことが大切です。
そのためにも、一定年齢でセカンドライフと線引きするのではなく、人生を通じた期間全体をどうやり繰りするか計画を立てるのが人生100年時代の生存戦略なのかもしれません。あらためて公的年金は社会保障制度である点を理解し、過度な依存を拭い去ったうえで、しっかり準備をしていきましょう。
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