統合政府で考えれば「日本の財政は大丈夫」は本当?

 トランプショックと日本の経済指標の鈍化で、急浮上してきた消費税増税の延期論。前編では、MMT(現代貨幣理論)という経済理論では、財政赤字は気にせず、景気安定のために財政政策を打つべきで、消費税はそもそも不要ではないか?という考え方があることを紹介しました。ただ、すでに日本ではいまから消費税を廃止するような新たな社会実験は無謀にも感じます。

 後編では、消費税の根本原因となっている、日本の財政問題を整理しつつ、消費税増税への見通しについて考えます。

■消費税増税の延期はあるか?
前編:物価と経済成長と財政運営から考える
後編:財政問題と国債格付けと景気悪化を再検証

 まず、日本の財政は問題ないという理論に、「統合政府で考える」いうものがあります。統合政府は、政府と日銀のバランスシートを連結すれば、政府債務は相殺されるというものです。政府が発行した国債(負債)のうち、日本銀行が保有している国債(資産)については成り立ちますが、日銀保有分は国債残高の約半分で、他の保有者分は相殺できません。

 また、金融機関が日本銀行に預けている当座預金は日本銀行にとって負債ですし、銀行券も日本銀行にとって負債なので、統合政府で考えるとたかだか日銀の純資産(約4兆円)程度しかバランスシートは改善しません。日銀が保有しているETF(上場投資信託)の含み益を入れても、10兆円に満たないでしょう。

 日本銀行券は利払いがない負債ですが、発行するにはコストがかかります。また、日銀当座預金は、マイナス金利、ゼロ金利、プラス金利(付利)の三階建てになっていて、日銀がマイナス金利で金融機関から受け取る金額よりも、付利で金融機関に支払う金額が多くなっています。先々、付利が拡大する可能性を考えると、日本銀行の負債も金利負担を考慮する必要があります。

 政府が膨大な資産を保有していることは事実ですが、橋や道路といった固定資産の市場価値は帳簿価格よりも大きく減るでしょうし、そもそも売却すると国民生活に支障をきたす資産も多くあります。

 外国為替資金特別会計(外為特会)が保有している金融資産は、多少は期待できますが、いざという時の為替介入の原資ですし、短期間で海外の国債を売却するのは政治的に困難です。日本が米国債を暴落させるようなことになれば、世界経済が混乱しますし、安全保障上の問題にも繋がりかねません。

 財政破綻というと、借金が返せなくなって国が崩壊し、北斗の拳やマッドマックスのような無法地帯になるような印象がありますが、そうした極端な世界よりも、国債の利払いができなかったり、あるいは、公務員の給料や年金の支給が遅延するといった資金繰りの失敗も含む広義の財政破綻を考える必要があります。

 そうした資金繰りの問題は、資産・負債を概念的に相殺(ネッティング)するだけでは解決せず、総額(グロス)で把握する必要がありますし、安定的な国債消化・資金繰りに協力してくれる金融機関の存在が欠かせません。

 国債の安定消化は、2016年に三菱東京UFJ銀行(現、三菱UFJ銀行)が「国債市場特別参加者(プライマリーディーラー)」を返上した際、話題になりましたが、その後、すっかり議論されなくなりました。異次元緩和の低金利が長く続いて、銀行の経営は余裕がありません。いつまでも利子のつかない国債を購入してくれる保証はありませんので、これからも大丈夫と妄信するよりは、慎重な財政運営を行う局面だと思います。

タイミングは悪い。それでも、増税がメインシナリオか?

 さて、これまで述べてきたように財政政策に裏技はないので、毎年の収支を均衡させるよう努力する必要があります。日本の一般政府(中央政府、地方政府、社会保障基金)の債務はGDP比230%を超え、金融資産を相殺した純債務でも150%に達しています。プライマリーバランスも赤字ですし、今後、年金や医療、介護といった社会保障費は増加の一途をたどります。

 経済が成長して税収が増えれば問題ないという意見もありますが、税収増加率を名目経済成長率で割った税収弾性値は1.1程度と言われていますので、一般会計税収約60兆円(2018年度予算)を基準にすると、成長率2%でも1兆円強しか税収は増えません。

 いつまでも異次元緩和を続けることはできないので、金融政策が通常運転になった際は、経済成長率に応じて金利が上昇します。政府債務は1,000兆円を超えているので、金利が1%上昇すると利払いは10兆円増える計算になります。経験則からは、名目経済成長率と国債金利は概ね同じ水準になるので、金利が上昇して、利払い負担に耐えられるよう、なるべく早く財政収支を改善させる必要があります。

 

増税見送りは、日本国債の格付け悪化、金利上昇に影響?

 また、今のところ、国債格付けは落ち着いていますが、消費税増税による税収増を期待した格付けなので、増税見送りの場合は国債格付けにはネガティブな影響をもたらす可能性があります。投機的格付けとみなされるまでには、まだ余裕がありますが、国債格付けの悪化は、企業、特に、金融機関の外国通貨調達金利に影響しかねませんので、注意が必要です。

 消費税を上げると景気が悪くなって、結局、税収が減るという意見がありますが、少なくとも前回2014年4月の引き上げの際は、増税した2014年度だけでなく、2015年度も税収は増加しました(一般会計ベース)。与党幹部や財務省、そして、景気に敏感なはずの経団連や日本商工会議所といった経済団体も消費税増税をメインシナリオに据えているのは、この数字が後押ししていると思います。

本当に消費税を上げると、景気は悪くなるのか?

 1997年4月の消費税増税の際は、7月のアジア通貨危機、そして11月の北海道拓殖銀行や山一證券に代表される金融危機という波乱があり、1997年度の税収は増加したものの、翌1998年度の税収は悪化しました。タイミングが悪かったことは事実で、この時のトラウマが消費税恐怖症になっている面はありますが、これらの危機と消費税の影響を混同して、消費税の影響を過大評価しているように思います。

 

■一般会計税収の推移

出所:財務省「一般会計税収の推移」を基に筆者作成。2017年度は実績見込み、2018年度は予算ベース。

 

 1997年、2014年の経験を踏まえれば、リーマンショック級がなければ消費税増税というシナリオは利に適っています。米中貿易摩擦の激化や、今後の日米交渉の帰趨など不透明感が強まっていることも事実ですが、景気だけではなく、参議院選挙や国会審議といった政治日程、企業側のシステム対応などを考えると、増税を延期した場合、かえって混乱を招きそうです。

 これまでに2度、増税を延期しています。今回分かったように、いたずらに延期した場合、むしろ増税のタイミングを悪化させるというリスクもあります。消費税以外の財源となると、大企業に有利な租税特別措置法を改正したり、累進課税を強化して捻出すれば帳尻は合いますし、そうした税制が理想だと思いますが、消費税による安定財源という方向性とは異なるので、短期的には難しいでしょう。

 かつてイギリスは、GDP比250%と言われるナポレオン戦争の巨額債務を100年かけて返済し、資金調達余力が生まれたことで、二度の世界大戦を乗り切ることができました。第二次世界大戦の借款も返済しています。

 日本は戦争はともかく、首都圏直下型地震や南海トラフ地震のリスクを抱えています。眼前の景気や選挙だけではなく、有事に備えることができるか。50年、100年を見据えた国家運営が試されているように思います。

■消費税増税の延期はあるか?
前編:物価と経済成長と財政運営から考える
後編:財政問題と国債格付けと景気悪化を再検証