節約ブームの背景

 雑誌にあっても、新聞にあっても、「節約」は人気のあるテーマだ。勤労者の実質手取り所得は伸び悩んでいるし、消費増税なども意識され、「収入を増やすのは大変だから、せめて節約しよう」と考える個人が多いのだろう。

 いきなりで恐縮だが、筆者は、「節約」を専門としている訳ではない。お金の運用を語るに当たって、将来のために必要な貯蓄・投資の実行と、そのためには節約が大切だ。「必要貯蓄の額」の計算方法は何度か説明してきたが(老後のお金と必要貯蓄率の計算式)、貯蓄を実行するために必要な「節約のコツ」を体系的に述べたことはほとんどない。

 個人的には、「細かな節約を考えるよりも、収入の増加のために行動する方がいい」と考えてきたのだが、必要なら、「節約もできる方がいい」ことは間違いない。  節約術は、範囲が広いし、奥も深い。今回は、このように考えると節約が上手く行きやすいと思われる「節約の原則」と、これを背景にした「節約のコツ」について論じてみる。

「食費」の節約は良くない 

 先日、ある女性週刊誌から「消費増税前の節約術」の取材を受けた際に、アンケート調査では、「食費」を節約するという答えが最も多かったのだという。

 食費は、毎日少ずつ節約できそうだし、支出の中で頭に浮かびやすいので、この答えがトップにきたのだろうと思うのだが、筆者が思うに、食費から節約を考えるのはたぶん良くない。

 それは、食費の節約が「良い節約」の三原則だと筆者が考える原則にことごとく反しているからだ。

 筆者が考える「良い節約の三原則」は以下の通りだ。

【良い節約の三原則】

原則一、確実であること
原則二、ストレスが小さいこと
原則三、実害が小さいこと

「食費」の節約を例に、順に説明しよう。

 まず、節約を背景とする貯蓄・投資は将来の必要性があって現在ぜひ行うべきものなので、その達成が確実でなければならない。

 食費の節約は、食材の買い物や外食の度に心掛けることができるが、前者も後者も「確実」だとは言い難い。食材の値上がりやどうしても食べたい物の出現など食材費には不確実性があるし、外食も、しばらく良い外食を我慢しているとその反動で良い物を食べたくなることがあるし、仕事や友だち付き合いで値段が高い外食が必要となる場合が生じうる。食費は節約のターゲットとして確実な対象だとは言い難い。

 また、節約がストレスにならないことが重要だ。食事は毎日のことなので、食費を節約しようとすると、ずっと頭の中に節約意識があることになる。節約をゲームのように楽しむ人は別として、普通は節約しなければならないと意識し続けることは楽しくない。  

 また、食費を節約の対象にして食材の質を落とすと、味覚的な満足が損なわれることになりやすいし、場合によっては栄養面でも良くない影響が出る。食事の満足が損なわれるということは、生活の充実度から言って十分「実害」だと考えられる。節約は何らかの効用を損なう可能性があるが、食費を対象とする節約はこれに該当する可能性が大きい。

 食費以外に節約の対象にしない方がいいと思われる費目としては、いわゆる「小遣い」を挙げることができる。小遣いの節約も毎日の意識に上るし、交友関係や趣味などに制約が生じて実害となりかねない。働くモチベーションの低下につながりやすい点でも、小遣いの節約は優先度を下げたい

節約の三つのコツ

 良い節約になりやすいのは、 

【1】一度の工夫で確実に達成でき、【2】意識せずに済むような節約で、【3】実害の少ないものだ。

 具体的に節約を行う上でのコツを三つ挙げてみよう。

節約の三つのコツ

その一、大きな固定費から見直す
その二、貯蓄は天引きで行う
その三、現状把握をシンプルに行う
 

 固定費を見直す、それもなるべく大きなものから順に検討する、という原則は巷の節約記事・節約本にあっても共通して取り上げられる言わば「節約のセオリー」であるように思う。

 一般家庭で、大きな固定費として代表的なものは、住居費子供の教育費、次いで生命保険料通信費といった費目だ。

 住居費は見直しの効果が大きいが、引っ越し等を伴う場合もあり、手軽にできる節約ではないかも知れない。ただし、大規模な節約が必要な場合には真っ先に検討が必要な項目だ。もちろん、住宅ローンの借り換え等で純粋に負担を軽くできる場合は、ぜひやってみるべきだ。

 子供の教育関係の支出も金額が大きい。教育費は言わば「聖域視」されやすい、親にとっては心理的に削減しにくい費用だが、思うままに子供の教育費を払うと親の老後資金のめどがまったく立たなくなるようなケースも少なくない。私立の学校ではなく公立校に進学する、受験勉強を効率化して塾や予備校通いを減らす、習い事を削減する、などの対策が考えられる。経済的に「分相応」以上の教育費を払って家計を苦しくしているケースが少なくないので、親の老後資金に必要な貯蓄とセットでよくよく考えてみるべきだ。  

 なお、教育の経済的なメリットを受けるのは子供本人だ。現在、有利子でも奨学金は低利率で借りられる。奨学金を借りて、これを子供と親とで協力して返して行く選択肢もある。「これから社会に出る時点で子供に借金を背負わせるのはかわいそうだ」と感情的になって思考停止してしまうのは賢くない。もちろん、子供には借金の経済的な意味をよく理解させるべきだし、そもそも子供の適性や、本当にいく価値のある大学なのかについても冷静に検討すべきだ。

 一般論として、【1】確実に返すことができて、【2】得られる利益が金利を上回り、【3】金利が市中金利と較べて暴利でない借金は、経済的判断として「いい借金」だ。奨学金がこれらに該当するかどうかを、親子でよく考えてみて欲しい。

 また、しばしば、固定費として大きく同時に削減の余地があるのは生命保険料だ。日本人は傾向として保険に入りすぎている。例えば、健康保険に入っていれば高額療養費制度があるので、がん保険等の民間の医療保険は不要であり、保険料分を貯蓄する方が賢い選択になる場合が多い。また、死亡保障の生命保険も掛け捨ての方が合理的なのだが、将来保険料の一部が返戻金で戻ってくるような「保障だけでなく、資金の運用でも商売をされている」肥大化した保険料の保険に加入しているケースが少なくない。

 現在加入している保険の、全体ないし一部の特約を解約したり、払い済みにしたりすることで、大きな削減効果が得られる場合が少なくない。

 生命保険を検討する場合、注意が必要なのは、保険の見直しと称して、新しい保険契約に加入させようとするセールスがあり、これに引っ掛かると経済的に非常に大きな損になりかねないことだ。新しい契約に入ると、最初の2年分程度の保険料の中から営業経費見合いの実質的な手数料をたくさん取られてしまうことが多い。 従って、不要な保険に入っていることが分かった場合は、なるべく早く行動を起こす方が、損が少ない。保険会社、乗り合い代理店、生命保険を取り扱うファイナンシャルプランナーの勧めには注意しよう。相談するなら、保険商品を扱っていない独立したファイナンシャルプランナーがいい。

 加えて、通信料も削減効果が大きい場合がある。スマートフォンのSIMを格安のものに乗り換えることで、実質的に変わらない使い勝手で、家族一人当たり毎月数千円の節約になることがある。

 次に肝心なのは、節約の効果を確実に貯蓄につなげるために、貯蓄額をいわゆる「天引き」で確保することだ。

 行動経済学の知見によると、人間は、長期的な利益よりも、目先の時点の利益を過大評価する傾向のある生き物だ。「残った金額を貯蓄しよう」とするのではなく、「貯蓄を行って残った金額で生活しよう」と考えるべきなのだ。

 日常的に無駄が大きい場合は、天引き貯蓄後のお金で生活するように仕組みを設計するだけで必要な節約ができる場合もある。

 最後に、自分のお金の動きをなるべくシンプルに把握できる仕組み作りが必要だ。キャッシュレス決済が普及を拡大しつつあり、現金だけという生活は現実的ではなくなりつつあるが、使用する決済手段、クレジットカード、銀行口座などをなるべく集約して、自分の支出をモニタリングしやすいようにしたい。

 なお、個人的には、節約ばかりを考えるのではなく、「稼ぎを増やすこと」を考える方が楽しくて前向きではないかと思っている。副業や転職、さらには起業や会社の買収など、工夫すると稼ぎを増やす道は数多くある。節約に熱心になるあまり、人生全体に対する考え方を萎縮させない方がいいと一言申し添えておく。

 

▼もっと読む!著者おすすめのバックナンバー

2月5日:「0.5%ルール」で老後の自分を守れ!45歳からの「高齢期資産」防衛術