原油価格の代表的な指標であるWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)価格は大幅に下落。26日朝時点で、2017年10月上旬以来、約1年1か月ぶりの低い水準となりました。
実はこの前段の21日、トランプ米大統領が「サウジアラビアに感謝している」とツイートしました。原油価格をもっと下げたいトランプ大統領の要求に、サウジが応えてくれたというのです。
この、さながら「トランプ劇場化」している原油相場について、トランプ大統領のツイートを皮切りに、今後の原油相場を見る上での留意点を考えてみます。
トランプ大統領は「82ドルは高い」と考えている!?
以下は、2018年11月21日(水)の原油相場に関するトランプ大統領のツイートです。
―Oil prices getting lower. Great! Like a big Tax Cut for America and the World. Enjoy! $54, was just $82. Thank you to Saudi Arabia, but let’s go lower!(ツイッターより筆者抜粋)
直訳すれば次のようになります。
「原油価格はだんだん下がってきている。素晴らしい! 米国国民と世界の人のための大きな減税のようだ。54ドルまで下がり好ましい! 以前は82ドルだった。サウジアラビアに感謝する。しかし、もっと低くしよう!」
原油相場の下落はトランプ大統領が言う通り、一般消費者にとっては減税のような効果があると言えます。
原油価格の下落が、米国民、引いては主要な石油消費国の一般消費者に恩恵を与えている、そしてそれはトランプ大統領が先導、サウジが追従して生じたとも取れる事態になっています。
そして「54ドルまで下落した」としていますので、複数ある国際的な指標の中でも、ツイートされた11月21日に、1バレルあたり54ドルをつけたWTI原油価格について直接触れていることが分かります。
図1:WTI原油先物(期近 日足 終値)の推移 (2017年10月~2018年11月)
WTI原油先物価格は、日本時間11月26日(月)の朝時点で、50.42ドル近辺で推移。直近高値である10月3日の76.41ドルからおよそ34%下落したことになります。
このような大きな下落について、トランプ大統領は「好ましい」「減税のようだ」とし、これがサウジのおかげだとしているわけです。どの点がサウジの「おかげ」なのでしょうか。
原油価格の下落にサウジが関連した寄与したとみられる出来事を見てみます。
原油価格の急落に強く影響した「サウジのおかげ」とは、「大増産」と「サウジ記者殺害事件」
原油価格の急落に影響したのは「大増産」と「サウジ記者殺害事件」と筆者は考えています。
この2つの点への理解を深める上では、2018年5月以降のトランプ大統領とサウジ、サウジ以外の原油減産参加国の動向を確認することが重要です。
1点目の「大増産」です。具体的な生産量のデータについては前々回のレポート「原油価格は20%下落の異常。産油国協議と今後の原油動向予測」 で触れたとおり、今年5月以降、サウジをはじめとしたOPEC(石油輸出国機構)加盟国、そしてOPECと減産体制を組むロシアが大幅増産。世界の石油需給バランスが供給過剰となり、石油在庫が増加したことです。「大増産」がデータ面での懸念となり、原油価格下落の一因になったと言えます。
そして「サウジ記者殺害事件」です。サウジは米国の同盟国、産油国のリーダー、中東の大国など、さまざまな顔を持っており、中でも産油国のリーダーとしてのサウジの信用力が低下する懸念が生じたことで、2019年1月以降の産油国の新体制を決める12月6日のOPEC総会で、減産継続を決められない可能性が生じました。
加えて、トランプ大統領はサウジ記者殺害事件についてサウジを擁護するコメントをした上で、「サウジのおかげで、原油価格が下落した」と発言。事件を収束させようとトランプ大統領が働きかけたことの見返りに、サウジが米国の要求に歩み寄る姿勢を見せ、原油価格下落を否定しなかった、と受け取れる内容だったことも、「サウジ記者殺害事件」が心理面で、原油価格下落の要因になったと言えます。
次項から、「大増産」と「サウジ記者殺害事件」とトランプ大統領の関係に注目してみます。
図2:2018年5月以降のトランプ大統領とサウジなどの動向
「大増産」「サウジ記者事件」によって、トランプ大統領の原油相場への関与度が上がった
「大増産」は、図2に記したとおり、その口実を作ったのはトランプ大統領だと考えられます。
サウジなどの産油国にも、目先の外貨獲得や、米国の原油生産量の急増により、さらなる生産シェア低下を回避するといった意図もあったとみられます。しかし、2017年1月から始まり、2度の延長決定を経て、2018年12月まで継続することになっていた「減産」期間中にあるわけであり、強い理由がない限り、自ら増産をしたいと発言することは難しかったとみられます。
そこにイラン再制裁という、いわば増産の口実を作ったのがトランプ大統領だったという見方もでき、その意味では、トランプ大統領の関与によって原油相場が下落したと言えます。
また「サウジ記者殺害事件」はサウジの自爆と言え、サウジが自ら引き起こした信用力低下の危機に、トランプ大統領がサウジを擁護する形で「乗った」=サウジが原油価格の下落に一役買った→サウジは米国や世界の一般消費者のことを考える米国と考えが一致=サウジは原油価格下落を否定していない、という印象を作りだしたとみられます。
ツイートによる原油高やOPEC批判だけでなく、トランプ大統領の硬軟織り交ぜた各所への政治的な圧力が、現在の原油価格の下落の要因になっていると言えます。「大増産」「サウジ記者殺害事件」を経て、原油相場は「トランプ劇場化しつつある」と言えそうです。
トランプ大統領が容認できる原油価格は年平均でおよそ62ドル!?
では、原油相場への影響力を増したトランプ大統領が望む原油価格は何ドルなのでしょうか。筆者はそのヒントは、冒頭のトランプ大統領のツイートにあると考えています。
ツイートの2文目の 「Enjoy! $54, was just $82.」 の中の「was just $82」、以前は82ドルだった、というくだりです。この文言から、トランプ大統領が82ドルを高いと感じている可能性あります。
この82ドルとはどのような値位置なのでしょうか。
図3: WTI原油先物(期近 年平均)の推移(1990年~2018年11月23日)
図3はWTI原油先物の年平均価格を示したものです。トランプ大統領が高いと感じているとみられる82ドルは、リーマン・ショック直前に付けた高値(100.75ドル)と直後に付けた安値(61.83ドル)のおおむね平均です。
つまり、82ドルを高いと感じている可能性があるということは、それを中心としたリーマン・ショック直前以降の価格帯そのものを高いと考えている可能性があります。
また、この仮説を基にすれば、トランプ大統領は原油相場について年平均でとらえている可能性が出てきます。
2018年の年平均価格は11月26日朝時点で66.51ドルなので、リーマン・ショック直後の61.83ドルよりも高い値位置にあります。54ドルまで下落した11月21日に「もっと下げよう」という発言があったのは、まだ年平均でリーマン・ショック後の安値よりも高いためだと考えられます。
このように考えれば、年平均でおよそ62ドルよりも安くなるまで、トランプ大統領の原油高・OPEC批判は止まない可能があります。
米国と産油国の仲間、サウジはどちらを忖度するのか?総会当日まで目が離せない
トランプ大統領はこの半年間で急速に原油相場への関与を強めたとみられます。
一方、今後サウジは原油価格上昇を望む産油国と、原油価格下落を望む米国の両方を忖度(そんたく)しなければならない難しい状況に陥っているとみられます。
図4は、11月下旬から12月にかけての原油相場に関わる主要なイベントのスケジュールです。
図4:原油相場に関わる12月までのスケジュール
11月30日のG20(主要20カ国・地域)財務相・中央銀行総裁会議の合間にサウジのムハンマド皇太子とロシアのプーチン大統領、そしてトランプ大統領が来年の原油相場について会談する可能性があると報じられています。
さらに同日以降、海外主要通信社が11月のOPEC加盟国の原油生産量を公表、12月5日の減産監視委員会、6日OPEC総会、同日もしくは翌7日にOPECと非OPECの閣僚会議が予定されています。
サウジが12月6日のOPEC総会までに、2019年1月以降の体制について話をまとめることができるのかに関心が集まっていますが、本レポートで述べたとおり、サウジは米国の顔色をうかがいながら、産油国をリーダーとしてけん引しなければならないという、難しい状況にあります。
米国を立てるのであれば減産終了を、産油国をリーダーとしてけん引するのであれば減産継続を選択することになるとみられます。条件付きで減産終了あるいは継続、また、総会で「決められなかった」あるいは「決まらなかった」という結末もあるかもしれません。
OPEC総会を控え、産油国だけでなく、今以上にトランプ大統領の発言にも注意が必要と言えます。
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