前回のコラムでは、マイナス金利が企業業績に与える思わぬ影響として、「退職給付債務の増加」を取り上げました。今回はこれに関連して、企業の間で導入が相次いでいる「確定拠出年金」を切り口に、一個人投資家として、さらに企業の従業員としての立場として、マイナス金利が及ぼす影響や資産運用にあたっての注意点について考えてみたいと思います。
退職給付のリスクを従業員に負担してもらう動きが加速か
本コラムをご覧の個人投資家の方は、ご本人やご家族が上場企業やその関係会社にお勤めのことも少なくないと思います。前回のコラムでお話しした、マイナス金利により企業業績に悪影響を及ぼす可能性があるという話は、実は企業に限った話ではありません。そのしわ寄せは、企業の従業員にも回ってくるのです。
企業は増加する退職給付債務に頭を悩ませているのが現状です。上場企業はまだましな方で、中小企業ではその多くが企業年金制度を維持できなくなっています。総合型の厚生年金基金の大部分が責任準備金を割り込む事態に陥っているなど、事態は深刻です。
上場企業は中小企業より体力がある分、企業年金制度を維持しているところが多いですが、今後さらに運用難、低金利の状態が続けば、上場企業でも企業年金制度を根本的に見直すことになるはずです。
具体的には、将来の企業負担が大きく変動してしまう恐れのある確定給付型の企業年金を避け、企業負担の変動リスクが軽減されるキャッシュ・バランスプランや確定拠出年金への移行がさらに進むと思われます。実際、確定拠出年金の加入者は年々増加し、今や600万人弱にまで達しています。
まさに企業にとっては「確定給付型の企業年金を維持した結果業績が悪化し会社が潰れるか、確定拠出型の企業年金を導入して従業員にリスクを全面的に負担してもらうか」の究極の二者択一になっているといっても過言ではありません。
確定拠出年金の最適な運用方法は自己の投資資金とセットで考える
確定拠出年金を導入した企業では、従業員に対して投資教育が行われます。そこでは、従業員自身が積極的に自己資金で株式投資をしている、ということは想定されていません。したがって、普段自己資金で資産運用をしていない従業員がリスクを取ってでも将来もらえる年金を増やしたいという場合は、掛金の全てないし大部分を投資信託等で運用する形になるのが通常です。
しかし、私たち個人投資家は、確定拠出年金の掛け金と、自身の投資資金を合わせた上で、最適な投資戦略を組んでいく必要があります。
例えば、自己資金で結構積極的にリスクを取って株式投資をしている、という方であれば、確定拠出年金の掛け金はあえて元本割れリスクのない定期預金等で運用し、万が一自己資金が大きく毀損した場合のヘッジとして備えるという使い方ができます。筆者は、この方法はリスクコントロールの観点から非常に有用だと感じます。
また、自己資金では日本株のみに投資しているという場合は、確定拠出年金で海外株式に投資する投資信託を選ぶというのも、投資先の分散という面から面白いかもしれません。もちろん、長期間保有を続けるだけではなく、スイッチングによりタイミングを見計らって売買するという戦略も取ることができます。
スイッチングの多寡で評価する確定拠出年金の投資教育効果
確定拠出年金を導入した企業に対する投資教育の現状をみると、筆者自身非常に危惧していることがあります。それは、「スイッチングをした従業員が多くなるほど投資教育の効果がある」と判断されていることです。
スイッチングとは、現在投資している運用商品から他の運用商品に資産を移すことをいいます。通常、運用先を自分で選ばない場合は定期預金が自動的に選択されます。しかし企業側としては、投資信託などリスク商品に投資してもらわないと、従業員の退職金が想定している金額まで届きません。
そのため、預金だけで運用していると退職金が少なくなってしまうからリスク資産で運用しましょう、という説明になりますし、スイッチングの件数が多くなるほど投資教育の効果あり、と受け取られているのです。
でも、私たち個人投資家とは違い、「投資などしたくない」「元本を割り込むことなど絶対いやだ」と考えている従業員はかなり多いです。
本当は元本割れのリスクを取ってでも投資したいがなかなか踏み切れなかった、という従業員がスイッチングをしたのであれば、それは効果ありと判断してよいでしょう。
しかし、私は絶対元本割れをしたくないと思っている従業員が、「過去のデータからは長期投資をすれば元本割れとはなりません」などというアドバイスを真に受けてリスク商品にスイッチングするケースはかなりあるものと思います。
絶対に減らしたくないのか、多少リスクを取ってでも増やしに行くのかを自分で決める
筆者はここでよく考えていただきたいと思っています。確かに、預金だけで運用していたら、利回りなどほとんどゼロですからもらえる退職金が少なくなってしまうでしょう。しかし、リスク資産に投資した結果大失敗し、預金のみで運用するよりももらえる退職金がはるかに少なくなってしまったらどうでしょうか。
はっきり申し上げて、リスク資産を保有しているだけで資産が増えたバブル崩壊前のインフレ時代とは異なり、デフレ時代の資産運用はかなり難易度が高くなっています。さらに、今や世界中でデフレ気味の状況になっていますから、いくら国内外の資産に分散投資して長期保有しても、資産が目減りしていく可能性も大いにあり得る話です。
生半可な知識や覚悟でリスク資産に投資して失敗するなら、預金だけで運用するのも選択肢として大いに考慮すべきと思います。重要なのは、投資教育を行っているFPなどの話に惑わされることなく、絶対に減らしたくないのか、多少リスクを取ってでも増やしに行くのかを自分の意思で決めることなのです。
筆者は積極的にリスクを取って資産を増やしたいと思うタイプですが、全然増えなくてもよいから、資産を絶対に減らしたくないという選択肢がもっと尊重されてもよいと思うのです。
マイナス金利の中でより高い利回りを求めることの意味
本コラムをご覧の個人投資家の方の多くは、すでに株式投資を積極的に行われているかと思います。そのため、リスク承知で預金や債券の利回りよりはるかに高いリターンを追求されている方が大半でしょう。
しかし世間一般では株式投資に縁がない方や、株式投資は怖いと言って近づかない方も大勢います。そうした株式投資とは無縁の人々が、マイナス金利時代により高い利回りを求めるとどうなってしまうでしょうか。
例えば現に、筆者自身が「この会社の社債を買うなんてリスク高いなあ」と思う企業の社債が、利回り1%程度しかないのに飛ぶように売れています。さらには、金融機関が販売する仕組債を、リスクもよく分からないままに「利回りが5%もある」と飛びついてしまうケースも多々あります。
本コラムをご覧の個人投資家の皆様は、マイナス金利時代に預金や債券といった利回り商品で高利回りを追求することが、どれだけリスクの高い行為なのかよくご存じだと思います。もし、皆様の周りに、単に高利回りかどうかだけで利回り商品を選ぼうとされているご家族・御親戚・ご友人の方がいらっしゃったら、それらの商品に投資することにどのようなリスクがあるのかをご説明してあげてください。
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