執筆:窪田真之

今日のポイント

  • 構造改革の発表で買われる企業が増えてきている。富士通(6702)はレノボとPC事業で提携を検討と発表。低採算のハード部門を縮小してITサービス中心の会社に変わる構造改革が進行中。富士フィルムHLDG(4901)は医薬品・医療機器中心の会社に変わりつつある。JR九州(9142)は、完全民営化の達成で、さらなる改革が進みやすくなった。
  • 日本郵船(9101)・商船三井(9104)・川崎汽船(9107)がコンテナ船事業の統合を発表。長年の懸案が実現に向かうことは高く評価。ただ、世界的な海運不況は深刻化しており、海運株への投資は時期尚早か。

(1)構造改革の機運が再び高まりつつある

日本企業に、思い切った構造改革を発表する企業が増えつつあります。日本株の投資魅力を高める新たな切り口として注目しています。今進んでいる構造改革について話す前に、日本企業の構造改革ブームの盛衰について、話します。

10年以上前の話になりますが、1998年から2005年にかけて、日本企業に大規模な構造改革ブームが起こりました。1990年代の「失われた10年」と言われる構造不況を経て、このままでは生き残れないとの空気が広がり、生き残りをかけた「合併・リストラ」が進みました。

都市銀行13行は、3メガ銀行に集約されました。鉄鋼・化学・石油精製・セメント・医薬品・小売り・自動車・半導体など、幅広い業界で、連日のように合併や経営統合の話が報道されました。2003年以降、構造改革の効果に加え、新興国成長の恩恵もあって、日本企業の業績はV字回復に転じました。

ところが、2006年以降、その巻き返しが起こりました。日本企業の業績・財務が急回復したことで安心感が広がり、「構造改革疲れ」が日本中で話題になりました。構造改革の名を借りた、ハゲタカファンドの暗躍もあって、買収やリストラを嫌うムードが広がりました。

2006年には、買収防衛策の導入がブームとなり、合併やリストラの撤回発表も相次ぎました。2005年までの構造改革ブームはすっかり鳴りをひそめ、日本企業の競争力低下につながりました。

再び、構造改革の機運が戻り始めたのが、リーマンショックの直後、2009年からです。世界的な景気悪化、円高の進行、アジア企業の台頭、日本国内での少子高齢化の進行もあって、このままでは生き残れないとの空気が再び日本企業に広がり始めました。以後、構造改革は日本企業の間で静かに継続しています。

(2)富士通の構造改革

富士通は、10月28日に9月中間決算を発表すると同時に、PC(パソコン)事業で中国のレノボ【注】と提携する話が進行中であると、発表しました。

【注】レノボ:出荷ベースで世界最大のPCメーカー。日本でもシェア1位。2004年にIBMのPC事業を買収。2011年にはNECのPC部門を買収。

富士通は、レノボとの合弁会社にPC事業を移管し、連結対象から外すことも検討している模様です。つまり、レノボが実質的に富士通のPC事業を買収する方向で検討が進んでいると推定されます。

競争力を失い、低採算のPC事業を縮小する方針は、かねてから富士通が検討してきたことです。富士通に限らず、残念ながら日本メーカーすべてが、PC事業で競争力を失いつつあります。

2015年には、富士通・東芝・バイオ(VAIO)の3社でPC事業を統合する話が進んでいました。ところが、その話は破談となりました。競争力の低下している3社で事業統合しても、先細りの懸念は払拭できませんでした。

そこで、次にどのような手を打つか、注目されていました。今回、レノボとの提携交渉が最終段階に入りつつあることがわかり、富士通の一段の構造改革が進むことが好感されました。

富士通は、10年以上前から、低採算のハード部門を縮小し、ITサービスを主体に成長する会社に変わる方向の構造改革を進めてきました。半導体メモリー(DRAM)事業からの撤退や、PC事業の縮小方針は、大きな決断でした。それでもまだ構造改革は途上です。競争力の低下しているケータイ端末などの先行きに不安があります。

ただ、今回発表した9月中間決算で、事業展開の成果が徐々に目に見える形で表れつつあります。次の成長の柱と考えているITサービス事業の成長が見えてきました。富士通は、従来、下期に利益が集中し、上半期は赤字になる傾向がありました。ところが、今期は、ITサービス事業の拡大により、上半期から営業利益を計上することができました。

まだ、構造改革が完遂したわけではありませんが、改革の成果が見え始めていることから、富士通を新たな投資対象として見直していい段階に入りつつあると考えています。

(3)富士フィルムHDの構造改革

構造改革は、すっかり富士フィルムのお家芸となりました。私がファンドマネージャーになった1987年当時、同社は米コダックと世界を二分する、アナログ写真フィルムの大手でした。

ところが、デジタル革命で、アナログフィルムは世界中で使用されなくなりました。高収益をあげていた本業が消えて無くなる衝撃を富士フィルムは味わったわけです。ライバルの米コダックは、構造改革ができずに、破綻しました。

富士フィルムは、次々と高収益の新事業を立ち上げて生き残りました。「写るんです」などインスタントカメラや、デジタルミニラボ(デジタルカメラのフィルムを焼き付ける機器)など、アイディア勝負で始めた事業が、高収益を生みました。ところが、インスタントカメラは、デジタルカメラやスマホカメラに代替されて、使われなくなりました。自宅で簡単に写真プリントできる時代に入り、デジタルミニラボも消えました。

富士フィルムは次に、画像技術を生かして、液晶フィルム事業にも進出しました。液晶テレビの普及で、それが一時、高収益事業になりました。ところが、液晶事業もたちまち価格競争に巻き込まれて利益を出すのが難しい時代となりました。何度も新事業を立ち上げ、何度も打ちのめされながら、それでも富士フィルムは構造改革を続けました。

今は、医薬品と医療機器を収益の柱とする構造改革を進めています。その成果が今、はっきりと目に見える形であらわれています。富山化学を買収して参入した医薬品事業では、アビガンなど画期的な新薬を生み出すことに成功しています。医療機器では、世界大手の一角に食い込んでいます。

買収で参入した複写機事業は、収益性が低下していますが、それでも利益を生む形で維持できています。化粧品やデジタルカメラ(チェキ)など、さまざまなアイディアを出して収益を作っていく力には、投資家として高い評価をしています。

収益の中心が医療・医薬品になりつつあることを考えると、富士フィルムの株価は評価不足と考えています。割安な構造改革株として、投資する価値があると考えています。

(4)完全民営化を達成したJR九州の変化に注目

完全民営化は、長期的に効果の大きい構造改革です。業務展開の自由が高まることで、JR各社は成長力を高めてきました。JR九州は、新規上場とともに、完全民営化を達成し、業務展開の自由を縛るJR会社法の適用を外れました。ここから、さらに積極経営に転じていく自由が得られたことになります。今後の変化に期待したいと思います。

ただし、JR九州への投資を考える時に、注意すべき点が1つあります。大型の民営化上場株は、東証株価指数(TOPIX)への組み入れが完了する上場1ヵ月後までは、株価が堅調でも、その後、株価が一旦下がる傾向が強いことです。長期的な投資価値はあると思いますが、短期的な株価変動には注意が必要です。

(関連レポート)10月25日「JR九州が東証に上場 隠れた投資魅力とリスク」

(5)日本郵船・商船三井・川崎汽船がコンテナ船事業を統合と発表

10月31日に、海運大手3社が、コンテナ船事業を統合すると発表しました。コンテナ船(定期船)事業では、長年にわたり赤字を計上してきた経緯があり、事業の先行きに懸念が強まっていました。

海運業大手は、低採算のコンテナ船(定期船)事業を、高収益の不定期船(バラ積み船)事業によってカバーした時期が長く続きました。前回の海運ブーム(2007年)には、コンテナ船事業が黒字を稼ぐようになって注目されましたが、それも一時的でした。

世界的な船舶過剰は当面解消しそうになく、海運不況はさらに長引きそうです。コンテナ事業の統廃合は、何十年も前から検討されては、消えていました。今回、長年の懸案であった事業統合を、発表できたことは、前向きに評価できます。

ただ、海運業の厳しい環境はまだ続きそうであり、海運大手への投資は時期尚早の可能性もあります。