前回のコラムでは、上場株式を保有していた方に相続が起こったらどうなるのかをお話ししました。今回は、それを踏まえ、相続が起こる前にあらかじめ注意しておきたい点をお話ししたいと思います。

(注意点1)1つの銘柄に資金を集中させないようにする

前回のコラムでご説明しましたように、亡くなった方(以下「被相続人」)が保有していた上場株式は、相続手続きが完了するまでは財産を受け取る方(以下「相続人」)が自由に売却することができません。

最もリスクの高いパターンの1つは、被相続人の方がある特定の個別銘柄に多額の資金を集中させていた場合です。

例えば被相続人がA社株式を1万株保有していて、その相続税評価額が1株当たり1,000円、計1,000万円だったとしましょう。そして、相続財産全体に対して支払うべき相続税のトータルが900万円だったとします。

もし被相続人の方が亡くなった後に、その銘柄に大きな悪材料が生じて株価が急落、相続税を納付する時点では500円になってしまっていたらどうなるでしょうか?

A社株式を全て売却しても500万円にしかならず、他の相続財産からお金を工面、もしくは相続人自身が資金を負担して相続税を支払わなければならなくなってしまいます。

リーマン・ショックのような株式市場全体の下落は防ぎようがありませんが、個別銘柄の悪材料に起因する、個別銘柄レベルでの株価急落は、投資する銘柄数を増やすことでかなり小さくすることができます。最低でも10銘柄程度には分散させておくのがよいと思います。

(注意点2)年齢を重ねたら信用取引はできるだけ避けるようにする

(注意点1)のように、特定の銘柄に投資資金を集中させておくのはリスクが高い行為です。それに加え、信用取引を行っていたらどうでしょうか。

上記のA社株の例でいえば、信用取引で1万株の3倍の3万株を買い建てしていたら、株価が急落した際の損失も3倍になってしまいます。

さらには、信用取引の場合、マーケット全体が急落した際の影響も大きくなってしまいます。現物取引だけなら、リーマン・ショック級の急落により個別銘柄の株価が30%~40%程度下落するところ、信用取引で3倍のレバレッジをかけていたら、損失がその3倍に膨れ上がります。例え複数の銘柄に分散投資していたとしても、レバレッジがかかっている分、損失も大きくなってしまうのです。

信用取引によるレバレッジの分だけ、相続がおきてからの価格変動が大きくなってしまい、相続人にいらぬ迷惑をかけることにもなりかねません。ご高齢になったらできるだけ信用取引は避け、現物取引にとどめておくことが無難です。

(注意点3)どの証券会社に口座を持っているかをあらかじめ伝えておく

前回のコラムでお話ししましたように、上場株式等につき相続が発生した場合、相続人が証券会社にその旨を連絡したうえ、相続手続きを進めるという段取りになります。

しかし、被相続人が生前にどの証券会社と取引していたかを相続人が知らないというケースも少なくありません。

証券会社から取引報告書などが送られてきますから、被相続人宛ての郵便物をチェックすればある程度は把握可能です。しかし、最近はネット証券では取引報告書等を郵送ではなく電子交付するところも増えてきています。そうなると郵便物を見ても分かりませんし、口座は持っていて預けている株式もあるが、近年売買をしていないので郵便物がしばらく来ていない、ということだってあります。

そこで、ぜひ家族の間で、どの証券会社に口座を持っているかを確認しておいてください。できれば、証券会社の口座だけでなく、銀行の口座(預金はもちろんのこと投資信託を銀行から買っている可能性もあります)、加入している保険、ゴルフ会員権など、全ての財産についてそのありかの情報を家族間で共有していただきたいと思います。

(注意点4)できるだけ早く遺産分割協議ないし相続人全員の実印を集める

前回のコラムで触れましたが、上場株式等の相続手続きには1~2カ月程度かかります。その間、被相続人が保有していた上場株式の株価は日々刻々と変動していきます。

株価が上昇すれば問題ないですが、逆に下落を続けた場合、相続財産の時価が減ってしまうのにもかかわらず、相続発生時の時価で計算された相続税が課されてしまい、最悪の場合は納税資金が足りなくなってしまうという事態に陥ってしまいます。

このリスクは、時間が経てばたつほど高まっていきますので、できるだけ早く相続手続きを完了させることが必要です。そのためにはできるだけ早く遺産分割協議を行う、ないしは相続人全員の実印を集めて速やかに相続手続きを行うことが重要です。

(注意点5)遺産分割でもめそうなら遺言を書いておく

ご家族の環境によっては、ご自身に相続が起きた時、残された家族で遺産の取り合いになりそうだ、とお感じの方も少なくないと思います。

上場株式の場合、相続が発生した後も時価が日々変動します。相続人の間で遺産分割協議がまとまらず、相続手続きがいつまでたっても完了しない間に株価が大きく下落してしまい、納税資金の工面に非常に苦労するという事態は避けなければなりません。

そこで、ご家族間で遺産分割協議がまとまりそうもないとお感じの場合は、あらかじめ遺言書を残し、遺産分割協議を経ることなく上場株式の行き先を指定しておくことが1つのプランです。

なお、無用なトラブル(遺言書の有効性についての争いなど)を避けるために、自筆証書遺言ではなく公正証書遺言の形式とすることを、専門家の立場からはおすすめしておきます。

相続人にとって相続手続きというものは一生に何回もあるものではなく、全てが初めての経験だったりします。特に、相続人が株式投資・資産運用を全く行っていない方だと、何も分からず右往左往してしまうでしょう。

そんなことのないよう、ご自身が元気なうちにご家族に上場株式の相続手続きに必要なことをしっかりと伝えておいてください。また、親御様が熱心に株式投資をされている場合は、あらかじめ取引のある証券会社・銀行を聞きだしておくことを強くお勧めします。

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