7月15日夜から16日にかけてトルコでクーデター未遂がありました。軍の一部が首都アンカラなどでクーデターを企て、橋やテレビ局を占拠して「国の全権を掌握した」と表明しましたが、16日にはエルドアン大統領は「クーデターを鎮圧した」と宣言し、クーデターは未遂に終わりました。一日で鎮圧されましたが、この未遂クーデターによる犠牲は大きかったようです。大統領によると、市民を含む246人が犠牲となり、約1,500人が負傷したとのことです。そしてクーデター勢力側を加えた死者数の合計は300人を超えるとみられています。エルドアン大統領は休暇中でしたが、数時間脱出が遅かったら大統領自身が暗殺されるか拉致される可能性があったと大統領自ら説明しています。
日本から事態を眺めていると、一日で鎮圧され、翌日には市民も普通の日常生活に戻っている映像が流されていたことから大事には至らなかったのだなという印象ですが、かなり緊迫した事態だったのは間違いないようです。そのことを示すように、約6千人の軍関係者や司法関係者がクーデター関与の容疑により逮捕されており、また、8,000人の警官がクーデターに関与した容疑により免職となっています。そして、エルドアン大統領は3ヵ月間の非常事態宣言を発表し、大統領の権限を強化しました。欧米諸国はクーデター未遂事件に衝撃を受けただけでなく、その後の大統領権限強化が行き過ぎると人権が侵害されるのではないかと憂慮を示しています。
「トルコで軍がクーデター」という第一報は、日本時間7月16日(土)未明に届きました。筆者が知ったのは午前4時半頃ですが、既にドル円やクロス円は円高に反応しており、週の終値も円高で終わりました(104.92円)。このままクーデターが続けば、翌週も円高が続くことが予想されましたが、事態は一日で鎮圧されたことから、翌週月曜日早朝には円安方向にギャップを開けて始まりました(東京祝日、105.40円レベルでオープン)。皆さんも「トルコでクーデター未遂」と聞いた時はびっくりされたことと思いますが、トルコの軍のクーデターは初めてではありません。政治や経済の混乱時には、過去2度のクーデターを起こし、国政に介入してきました。1980年、左右両派の対立により国政が混乱した時には厳戒令を発して国政を掌握し軍政を敷いたことがあります。
今回のクーデター未遂は、トルコの政治状況が極めて不安定だということを物語っています。
トルコは、EUの加盟国ではありません。トルコにとってEUへの加盟は歴史的悲願であり、50年以上加盟へのラブコールを欧州に送ってきました。そして今年3月に、欧州への移民を受け入れる代わりに、EUとの加盟交渉を加速させることで合意し、加盟条件の大半をクリアしたと言われていました。しかし、今回のクーデター未遂事件で加盟条件のひとつである「民主主義を保証する安定した制度」という条件を満たす必要が出てきました。このまま大統領権限を強化し、軍権掌握を強めれば、欧州との協調路線に変化が生じるかもしれません。欧州にとっても英国がEU離脱を決定した後だけに、トルコを加盟させることによってEUの結束をより強めたいという思惑があるはずです。今後、欧州の政治・軍事バランス、中東の政治・軍事バランスが変化する可能性があるかもしれないということを相場シナリオのひとつに加える必要が出てきました。
トルコの基本データ
トルコを知るために、まずはトルコの基本データを見てみます。基本データとは、人口、面積、経済規模(GDP)の大きさです。「EUと英国」(2016年7月13日付)で掲載したEUと英独仏との比較で見てみます。下表はその一覧表です。
トルコとEU、英国、ドイツ、フランスとの基本データの比較(%はEU域内で占める割合)
トルコの面積は日本の約2倍になります。現在のEU28か国と比較すると断トツの1位となります。人口はドイツに次いで第2位となります。経済規模はドイツの5分の1以下、英国やフランスの4分の1以下と、まだ規模は小さいですが、労働人口も多く、若いことから成長の潜在力は非常に高いと言えそうです。このように、面積、人口は大国であり、経済は発展余地が大きいとなれば、EUにとっても英国離脱後の強い味方になるのですが、経済が発展するためには先程の加盟条件である「民主主義を保証する安定した制度」が必須条件となります。政治が安定していないと国民の生活は不安定になり、労働意欲が萎える可能性があり、経済の発展にはつながりません。今回、この点が問題視されたのですが、EU加盟への道のりは遠くなったかもしれません。
NATOでの存在力と中東の要
トルコはEUの加盟国ではありませんが、欧州とはNATOの加盟国としてその役割は非常に重要な位置付けとなっています。
トルコ軍の兵員規模は50万人強とNATO加盟国で米国に次ぐ規模となっています。NATOはソ連を中心とする共産圏(東側諸国)に対抗するため、米国を中心とした北アメリカ(=米国とカナダ)およびヨーロッパ諸国によって西側陣営の軍事同盟として結成されました(「NATOと英国」2016年7月20日付参照)。そして冷戦時代には、トルコは西側陣営にとって対共産圏の防波堤の役割を担っていた地政学上の重要な国となっていました。その役割は現在もロシアに対抗するため変わっていませんが、地政学上の重要な位置付けは対ロシアだけではなく、中東にとっても重要な要となっています(「『持てる国』と『持たざる国』」2015年8月19日付参照)。中東最大の経済規模を持ち、軍事力もサウジアラビアに次いでUAE(アラブ首長国連邦)、イスラエルと拮抗する軍事力を持っており、トルコ軍の存在感は中東安定の要となっています。
このようにトルコは、欧州の中でロシア、ドイツに次ぐ人口、中東最大の経済規模、ロシアに拮抗する兵力をもっており、地理的にも地政学上重要な位置を占めていることがわかると思います。そのトルコが政治的に不安定になると、欧州や中東にも影響が波及しかねず、長引けば世界経済にも影響を与えかねません。今後の欧州情勢、ロシア情勢、中東情勢を理解していくためにも、トルコの動向を把握しておくことが必要になります。また、「トルコでクーデター」の報道で為替相場が動いたように、事変のニュースは短期的に相場を動かしますが、事変が治まれば元に戻ります。しかし、リスク因子が内在する限り、中長期的に経済や政治に影響を与え続ける可能性もあります。従って、短期間で終了したとはいえ、これらの動きに引き続きアンテナを張っておく必要があるのです。
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