需要と供給で動く為替相場

「為替はなぜ動くのか」では、為替はドルの需給によって動くというお話をしました。例えばドル円の場合、日本国内と海外勢の需要サイド(ドル買い)と供給サイド(ドル売り)による需要と供給の偏りによって相場が動きます。この需給に思惑・期待・投機というバイアスがかかり、時には相場が大きく動きます。下表は「為替はなぜ動くのか」で掲載した需要サイド(ドルの買い手)と供給サイド(ドルの売り手)の一覧表です。

  ドル売り円買い
(ドル安円高要因)
ドル買い円売り
(ドル高円安要因)
貿易取引 輸出取引 輸入取引
国内投資家 海外投資の戻り( 利金・配当・満期 ) 海外投資(外貨預金・外債・投信、海外企業へのM&A)
海外投資家 対日資本投資(株・債券の購入、日本企業へのM&A) 日本からの流出(利食い・満期)
投機筋 ドル売り投機 ドル買い投機
当局
(財務省、日銀)
ドル売り(円買い)介入 ドル買い(円売り)介入

今回は、その需要サイド(ドル買い円売り)で大きく占める日本国内からの海外証券投資についてのお話をします。上の表では、「国内投資家」の右の欄にある海外投資(外貨預金・外債・投信)に当たります。ここでいう「国内投資家」は、法人、個人両方を意味します。法人では、年金、生命保険、損保、信託銀行、投資顧問、投信会社などの機関投資家や事業法人をいいます。また、海外投資は、外国債券(外債)、外国株式(外株)、外貨建てREIT、外貨預金などに投資することをいいます。機関投資家などは直接市場で購入したりしますが、年金などは投資顧問会社などに運用を委託したりしています。また、個人は、外貨預金は銀行で、外債や外株は直接証券会社で購入する場合もありますが、多くは外貨投信の商品を証券会社や銀行から購入するパターンが多いようです。

国内投資家 機関投資家
(直接運用)
年金基金(信託銀行・投資顧問への運用委託が中心)
生命保険、損害保険、信託銀行、投資顧問、投信会社
事業法人 銀行から外貨預金、外貨投信、証券会社から外債や外株、
投信を購入。投資顧問会社に運用委託
個人 銀行から外貨預金、外貨投信、証券会社から外債や外株、
外貨投信を購入、投信の比重が高い
海外投資商品 外国債券(外債)、外国株式(外株)、外貨建てREIT、外貨投信、外貨預金

海外証券投資

国内投資家の海外投資商品への購買力は大きく、この数年の円安の原動力になっています。特に海外投資商品のうち、外債や外株などの海外証券投資が大きな原動力になっています。昨年後半以降、特に日銀が10月末に追加緩和を決定した後は、日米の金融政策の違いが鮮明になり、高い利回りを求めて米国などへの投資が増えています。また公的年金の運用機関であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が資産構成の見直しを昨年10月末に決定したことも海外証券投資の押し上げ要因となっています。

※GPIF (Government Pension Investment Fund、年金積立金管理運用独立行政法人)
GPIFは、厚生労働省所管の独立行政法人。日本の公的年金のうち、
厚生年金と国民年金の積立金の管理・運用を行っている(共済年金は対象外)
2014年12月末資産規模 137兆358億円 世界最大の機関投資家

2014年海外証券投資買越額 13兆円

2014年の海外証券投資の買越額(購入額から売却額を差し引いた金額)は、年金基金、保険会社、投信会社を合わせて13兆円の買越額となっています。これは、1998年以降で最大の買越額になります。特に大きく買い越してきたのは年金です。GPIFの運用は国内債に偏っていましたが、金利の低い国内債の運用では運用益が出ません。そこで昨年10月末に運用方針を見直し、国内株や海外証券投資の比率を大きく増やしたという背景があります。年金の海外証券投資は、2013年は8兆円弱の売り越しでしたが、2014年は4兆円強の買い越しになりました。

投信も4兆円強の買い越しとなり、4年振りの大きな金額になりました。生損保などの保険会社も4兆円強の買越額となっています。

家計の外貨資産 46兆円

家計(個人)の外貨資産も7年半ぶりに過去最高となっています。2013年末と比べ7兆円増加し、外貨資産残高は46兆円となっています。投信経由の海外証券投資が約30兆円、外債や外株の直接購入が約10兆円、外貨預金が約6兆円の内訳となっています、通貨はドル建てが大半を占めています。これら家計の海外証券投資は銀行や証券会社、投信会社経由で行われているため、上述の買越額とはだぶっているので注意して下さい。

そして、今年2015年に入ってからも海外証券投資は勢いを増しており、昨年のペースを上回る規模で増えています。生保は3月には決算対策で売り越したようですが、2015年度の投資計画では外国債券での運用を拡大し、4兆円弱とするようです。リーマンショック後で最大となる積極的な投資姿勢となっています。しかも少しでも高い利回りを求めるため、為替ヘッジをかけない「オープン外債」にするようです。(為替ヘッジとは、外債購入時に為替リスクを避けるため、外貨買いをすると同時に外貨売りを行うこと。為替リスクは回避できるが利回りは低くなる。為替ヘッジは相場に与える影響は中立となるが、為替ヘッジなしのオープン外債はドル高要因となる。)

1ヶ月に1兆円を超えるドル買い円売りは大きい金額です。どんどん円安に押し上げていくことができなくても、円高を抑制する効果はあります。この海外証券投資の動向は今後も円安要因として大きく影響してくる可能性があるため、この動向を押さえておくことは、為替相場を予測する上では必要不可欠なことになります。但し、リスクシナリオも考えておく必要があります。海外証券投資が増えている背景は、国内の金利が低く、米国が利上げの方向に動いていることが大きな要因ですが、もし、米国の利上げが後倒しになり、景気も減速傾向になれば米金利は下がり、投資妙味が減退することを留意しておく必要があります。更に、今回は、日本からの海外投資の話ですが、海外からの日本投資や、海外からの訪日旅行の急増は、円高要因となることも忘れてはいけません。これら海外証券投資動向は、日本勢も海外勢の動向も、新聞記事として掲載されていますので注意して見ておく必要があります。

2014年海外証券投資の買越額 13兆円(1998年以降最大の買越額)

  • 年金 4兆円強の買い越し(2013年は8兆円弱の売り越し)
  • 保険 4兆円強の買い越し
  • 投信 4兆円強の買い越し

2014年家計の外貨資産 46兆円(7年半ぶりの過去最高、2013年末比7兆円増加)

  • 投信約30兆円
  • 外債や外株の直接購入約10兆円
  • 外貨預金約6兆円