英仏の選挙は明暗が分かれる結果となりました。メイ首相の思惑は見事な程に外れました。しかし、ポンドやポンド円の急落によるドル円への影響は限定的な動きとなりました。昨年のBrexitと比べても、ポンドの下落幅は4分の1ほどであり、上値は重たいものの急落が連日続くような動きではありませんでした。反対の方向ですが同じような動きがフランスの国民議会選挙後にも見られ、マクロン陣営の予想以上の圧勝見込みにもかかわらず、ユーロに対する影響は限定的な動きとなっています。これまでにこの要因を織り込んできたこともありますが、マーケットはサプライズに対して慣れてきたのかもしれません。VIX指数という、別名「恐怖指数」と呼ばれるマーケットの不安心理を表す指数が、欧州の選挙や米国利上げ、テロなどの不確定要因が多い中でも、比較的低水準で動いていることが、「マーケットの慣れ」を物語っているのかもしれません。

相場動向を左右する米国の金融政策についても、米経済指標がまだら模様の状況が続いている中では、当局のタカ派発言に対しても素直に反応しない可能性があります。政治リスクや地政学リスクに対する反応が鈍くなってきて、金融政策についても出口戦略への次の一手がまだまだ不透明である状況では相場の動きが鈍くなり、気迷い相場が続くかもしれません。このような時に、やはり頼りになるのはファンダメンタルズを押さえることです。金融政策は為替相場を動かしますが、金融政策を決定するのは経済の動きです。景気が強いのか弱いのか、過熱しているのか過熱するのかを、過去の実績の数字と直近の数字、そして先行きの予想を押さえながらシナリオを想定していきます。

ファンダメンタルズの総体を表しているのが国の成長率(GDP)です。GDPの実績や改定値は常に押さえておく必要があり、GDPの先行き見通しにも常に注目しておく必要があります。「日米欧の経済成長率」(2017年5月17日付)では、日米ユーロ圏の中央銀行の経済見通しについて触れました。しかし、中央銀行の見通しはどうしてもバイアスがかかりやすくなるため、より中立的な予想として役立つのが国際機関の見通しです。代表的な経済見通しとしてIMF(年4回)、OECD(年2回)、世界銀行(年2回)があります。その時点の四半期見通しではなく、年間見通しを予想しています。直近では、6月上旬にOECDと世界銀行の経済見通しが公表されました。

OECD経済見通し(2017年6月時点 %)

  2017年見通し 2018年見通し
2016/11予測 2017/6予測 2016/11予測 2017/6予測
世界全体 3.3 3.5 (+0.2) 3.6 3.6 (±0)
日 本 1.0 1.4 (+0.4) 0.8 1.0 (+0.2)
米 国 2.3 2.1 (▲0.2) 3.0 2.4 (▲0.6)
ユーロ圏 1.6 1.8 (+0.2) 1.7 1.8 (+0.1)

( )内は前回予測との増減

※OECD(経済協力開発機構(Organization for Economic Co-operation and Development))
EU22カ国を中心に、日本、米国などその他13か国を含めた35カ国の先進国が加盟する国際機関。

世界銀行経済見通し(2017年6月時点 %)

  2017年見通し 2018年見通し
2017/1予測 2017/6予測 2017/1予測 2017/6予測
世界全体 2.7 2.7 ( ― ) 2.9 2.9 ( ― )
日 本 0.9 1.5(+0.6) 0.8 1.0(+0.2)
米 国 2.2 2.1 (▲0.1) 2.1 2.2 (+0.1)
ユーロ圏 1.5 1.7 (+0.2) 1.4 1.5 (+0.1)

( )内は前回予測との増減

日本については、OECDも世界銀行も、2017年も2018年も上方修正しています。アジア向けなど輸出主導で景気が回復し、2020年の東京五輪・パラリンピックに向けた設備投資が堅調で景気を下支えするとの見通しです。但し、2018年は財政刺激策が弱まるとの見通しから1%は維持するが2017年よりかは減速するとの見通しのようです。日本の足元のGDP実績は、1-3月期実質年率が速報の+2.2%から+1.0%に下方修正されています。在庫減少という一時的要因が下方修正の背景と言われていますが、改定値の発表日(6月8日)は、OECD(6月7日)と世界銀行(6月4日)の発表の後だけに、次は半年後となりますが、両機関が日本の見通しを下方修正してくるのかどうか注目です。7月にIMFが発表予定ですが、この下方修正が反映されているかどうかにも注目です。

米国の2017年見通しは、OECDは期待していたインフラ投資が出ないとみて▲0.2%下方修正しています。世界銀行も下方修正していますが、1-3月期の個人消費が弱かったことが背景としています。また、両機関とも2018年に向けて成長は伸びるとみていますが、OECDは半年前の見通しと比べると▲0.6%と大きく下方修正しています。トランプ政策にかなり期待し過ぎたようです。それでも税制改正が消費と投資下支えすると見込んでいるようです。足元の2017年1-3月期の実質年率GDPは、速報値+0.7%から+1.2%へと上方修正されましたが、それまでの前2四半期と比べると勢いが鈍ってきていることがわかります(+3.5%〈7-9月期〉→+2.1%〈10‐12月期)→+1.2%〈1-3月期〉。FRBが利上げペースを早めたり、資産縮小を始めたりするとなると、OECDや世界銀行の見通しの2%超の成長に届くのかどうか気になるところです。FRBも2017年見通しを+2.1%と予測していますが、もし、届かないのであれば、見通しを下方修正する前に引締めスタンスを緩めてくるというシナリオも想定されます。

ユーロ圏については、ECBの金融緩和や財政刺激策が景気を回復させるとして2017年も2018年も上方修正しています。しかし、世界銀行は2018年は前年より減速するとみているようです。足元の1-3月期ユーロ圏GDPは実質年率+2.0%となっており、両機関の見通しよりも高めの成長となっています。政治リスクが後退してきているため、秋のドイツやイタリアの総選挙も乗り切れば、達成可能かもしれません。

EUとの難交渉が予想される英国については、OECDは、2017年+1.6%、2018年+1.0%と見込んでいますが、英国中央銀行(BOE)経済見通しの、2017年+1.9%、2018年+1.7%と比べると厳しい見方をしていることがわかります。あるいはBOEが楽観的な見方をしているのかもしれません。

以上のように、改定値も含めた足元の実績や中央銀行の見通し、そしてそこに国際機関の見通しを絡めると、さまざまな疑問点が浮き上がってきます。この中央銀行は常に楽観的な見通しをしているとか、この理事はいつも厳しい見方をしているが的を得た発言が多いとかが見えてきます。それぞれの見通しを整理してまとめておくと、中期的なシナリオを描く時に役に立ちます。少し面倒な作業となりますが、試してみて下さい。