フランス大統領選のマクロン氏の勝利によって欧州政治リスクが後退しましたが、6月のフランス下院選挙でマクロン氏が立ち上げた新党・共和国前進の議席数が大きく伸びない場合は、再び欧州政治リスクが高まるかもしれないというお話を前回しました。欧州政治リスクを高めるかもしれないイベントはフランスの選挙だけではありません。2回の選挙の前には英国の総選挙があります。このイギリスの選挙にも注目しておく必要があります。そして9月にはドイツの総選挙があり、その前哨戦であるドイツ地方議会選が5月に行われました。

6月8日 英国総選挙
6月11日 フランス国民議会選挙(下院選)の第1回投票
(6月13-14日 米国FOMC(利上げをするかどうか、利上げペースが早まるかどうか))
6月18日 フランス国民議会選挙(下院選)の決選投票
9月24日 ドイツ連邦議会(下院)選挙

メイ首相の緊急演説

イギリスのメイ首相は4月18日、緊急演説し、2020年5月に予定されていた下院(定数650)の総選挙を早め、6月8日に行う意向を表明しました。これまでメイ首相は早期の総選挙を否定していただけに、この緊急演説は英国内だけでなく欧州各国にも驚きをもたらしました。英紙フィナンシャル・タイムズは、イースター休暇から戻ったばかりの英国の政治家を「気絶させた」と衝撃の大きさを表現しています。この突然の緊急表明は、現在の議席数が過半数を上回っているとはいえ、わずかであり(過半数326に対し、わずか4議席上回る330)、今後約2年間続く欧州とのハードな離脱交渉に向けて政権基盤を盤石にしたいとの狙いがあるようです。

3月に議会から離脱通知の承認を得た時に、審議の過程で、eu単一市場から完全に抜ける「ハードブレグジット(強硬離脱)」に対する反対論の強さが浮き彫りになり、野党各党から相当強い抵抗を受けたようです。下表のように、野党のeu離脱を巡る各党の基本姿勢は異なっており、この状態に対して、メイ首相は緊急演説で「議会はばらばらで交渉の成功を脅かしている」と強く批判しています。選挙で選ばれてもいない貴族院(上院)議員たちがeu離脱に対して戦うと明言しているのは間違っているとも批判しています。このような状況を打破するため、国民に支持を訴えたようです。

英下院の議席数とEU離脱を巡る各党の基本姿勢(定数650、過半数326)

保守党 与党 330 強硬離脱
労働党 229 野党 319 穏健離脱が大勢
スコットランド民族党 54 スコットランドの離脱に反対
自由民主党 9 離脱に否定的
その他 27  
欠員 1    

この緊急演説の直前の世論調査(4月17日)では、与党保守党の支持率は44%、最大野党労働党は23%となっており、労働党とは20%以上差がある状態となっていました。メイ首相はこの世論調査を受けて勝負に出たのかもしれません。最新の調査でも保守党の支持率は労働党に大きく差をつけている状況であり、英紙デーリー・テレグラフなどは保守党が過半数を100議席以上超える歴史的大勝利を収める可能性があると報じています。

メイ首相が解散総選挙を表明した時、ポンドは急伸しました。ポンドは対ドルで1.25台から1.30台へと500ptも上がり、ポンド円は136円台から148円台へと10円以上の円安となりました。4月後半にドル円を108円台から114円台の円安に押し上げた一因にもなっていると言われています。このように為替市場では、解散総選挙はeu離脱交渉を有利に進められるとの期待が広がったようです。もし、選挙で圧勝となれば、もう一段のポンド高になることも予想されます。しかし、大敗はないとしても、与党辛勝、つまり、与党保守党の議席数が解散前とあまり変わらず過半数を大きく上回らなかった場合は、ポンドの失望売りが出るかもしれません。

英国内では、通商関係や規制などの激変を避け、軟着陸をめざす「ソフトブレグジット」を求める意見や、eu残留を望む声も根強くあります。英国民の思いは離脱と残留は拮抗しているとの見方もあります。もし、これらの声や思いが選挙で反映された場合には、与党圧勝とはいかないかもしれません。

また、ここへ来て英国の景気減速感が出てきています。4月28日発表された1-3月期gdp速報値は、実質で前期比+0.3%と、昨年10‐12月期+0.7%から減速し、昨年6月のeu離脱決定後で最も低い水準となっています。gdpの約8割を占めるサービス業が前期の+0.8%から+0.3%へと減速したことが影響したようです。英中央銀行のイングランド銀行(boe)は、5月11日、2017年の実質gdpを、2月時点の予測から0.1%下方修正し、1.9%と予測しました。個人消費の減速などが背景にあると説明しています。このような減速感を受けて、eu離脱に伴う景気への悪影響について国民の不安が強まれば、保守党への支持が低下する可能性があり、残留論が再燃するリスクが高まるかもしれません。

英国の総選挙については、与党保守党が優位との見方が大勢ですが、万が一の場合のシナリオにも留意しておく必要があります。

ドイツ総選挙

9月24日にはドイツの連邦議会(下院)選挙があります。今年初め、トランプ旋風が吹き荒れていた頃は、欧州でも反eu,反移民を唱える政党の勢いが増し、メルケル首相の4選も難しいかもしれないと囁かれていました。しかし、オランダやフランスの選挙を受けて、ドイツの地方選挙でも風向きが変わってきたようです。5月14日、ドイツ最大の州、ノルトライン・ウェストファーレン州の議会選挙でメルケル首相率いるキリスト教民主同盟(cdu)が勝利しました。9月の連邦議会選挙で第1党の座を巡り争っているドイツ社会民主党(spd)の牙城だった同州で勝利したことから、メルケル首相は4選に向けて一歩前進したようです。このことは欧州の政治リスクが後退したことを意味し、ドイツ株は上昇し、ユーロも買われました。これはいいニュースです。

これまでのところ、年初に今年のリスク要因として注目されていた欧州政治リスクは低下の方向ですが、年後半はどうなるでしょうか。このままリスクが低下していけばマーケットにとってはプラスですが、まだ安心して目を離すわけにはいかないかもしれません。一難去ってまた一難、やはり、引き続き欧州政治リスクには注目しておく必要がありそうです。