米国で続く自動車排ガス浄化装置盗難

 以下は、米国における自動車排ガス浄化装置の盗難件数の推移です。急増が始まった2020年はそれまで(2008年から2019年の平均)のおよそ5倍、2021年は17倍、2022年は22倍になりました。2023年はやや減少したものの11倍の高水準です。

図:米国における自動車排ガス浄化装置の盗難件数 単位:件

出所:National Insurance Crime Bureauのデータを基に筆者作成

 自動車排ガス浄化装置は、エンジン(内燃機関)を有する自動車に搭載されている装置の一つです。ガソリンを燃料とするガソリン車やハイブリッド車、軽油を燃料とするディーゼル車に取り付けられています。

 米国では1975年に同装置を設置することが義務化されました。エンジンとマフラー(消音器)の間に取り付けられ、同装置に組み込まれている触媒作用を持つ貴金属がその性質を生かし、通過する排ガスに含まれる有毒物質を水などの物質に変えています。

 排ガス浄化装置に使われる触媒作用を持つ貴金属は、プラチナ、パラジウム、ロジウムなどです。PGM(プラチナ グループ メタルズ)と呼ばれる、元素記号の周期表の中央付近に位置する貴金属です。それらの価格推移が、以下です。

図:自動車排ガス浄化装置向け貴金属の価格推移 単位:ドル/トロイオンス

出所:Johnson Mattheyのデータを基に筆者作成

 パラジウムとロジウムの価格が、2020年から2022年にかけて高騰しました。新型コロナがパンデミック化したことをきっかけとした主要国の大規模な金融緩和やそれによる景気回復期待などが重なったことが背景にあります。2022年のウクライナ危機勃発も主要鉱山生産国であるロシアからの供給が減少するという思惑も、価格高騰を支えました。

 プラチナが急騰していない理由は以前の「プラチナだから積立投資をがんばれる理由」で書いたとおり、2015年のフォルクスワーゲン問題発覚の影響だったと考えられます。

 2020年は米国の自動車排ガス浄化装置の盗難件数が急増し始めたタイミングです。米国で報じられているとおり、自動車排ガス浄化装置の盗難の主因は関連する金属価格が高騰したことです。金属価格が高騰すると同装置をリサイクル業者などに持ち込んだ時の売価格が高くなります。これを当て込んだ盗難が増えたと考えられます。

 気になるのが、2023年に価格水準はおおむね元にもどったものの、盗難件数は高止まりしていることです。先述の通り2023年の盗難件数は、以前の水準のおよそ11倍です。価格水準が元にもどっても盗難件数が元に戻らないことは、ここから述べる日本の金属盗難でも、今後起きる可能性がゼロではないと筆者はみています。

日本でも相次ぐ金属盗難は関東地方が中心

 日本における金属盗難も急増状態にあります。以下のとおり、2023年は全国で1万6,000件超の金属の窃盗事件が認知されました。2020年の約3倍です。茨城県が最も件数が多く、2023年は2,889件、次いで千葉県が1,684件、栃木県が1,464件、群馬県が1,437件、埼玉県が1,172件でした。全国の金属窃盗の半数以上が関東地方で起きました。

図:日本の金属窃盗事件の認知件数 単位:件

出所:警察庁のデータを基に筆者作成

 2022年から2023年にかけて、とくに茨城県、千葉県、栃木県、群馬県の伸びが大きくなっています。このことは、以下の太陽光発電施設における盗難事件と深く関りがあります。関東地方で太陽光発電施設における盗難が多発しているとみられます。

図:太陽光発電施設における盗難件数と銅価格

出所:各種データを基に筆者作成

 関東地方で太陽光発電施設における盗難が多い背景には、以下の点が挙げられます。

(1)関東地方に太陽光発電施設が比較的多いこと。首都圏近郊のゴルフ場や農地の跡地が同施設として活用されるケースがあります。

(2)関東地方に外国人のコミュニティが複数あること。露木警察庁長官が「(金属窃盗が)不法滞在外国人の収入源になっていることがうかがわれる」と指摘しているとおり、金属盗難と不法滞在外国人の関係は否定できません。このこともあり、関東圏で用いられている盗難防止を呼び掛ける張り紙の注意喚起文言は、複数のアジア圏の言語で書かれています。

(3)関東地方に金属買い取り業者が比較的多いこと。都市化が進んできた中でインフラの建設・解体が繰り返されてきました。こうした中で、解体の際に発生する金属くずを処理する業者が増えてきたと考えられます。

(4)関東地方には需要家が多数存在すること。関東地方の都市部では再開発が、近郊では都市開発が続いています。このため、インフラ敷設のための銅の需要があると考えられます(データセンターなども含め)。

盗難を取り締まることが難しい背景

 2023年に日本で最も金属窃盗の認知件数が多かった茨城県では、以下のように、チラシを貼ったり、呼びかけをしたりするなどして対策を行っていますが、今のところ目立った効果は出ていないようです。

図:盗難を防ぐ動き(茨城県の例を抜粋)

出所:各種資料より筆者作成

 金属※の盗難が相次いでいる理由の一つに、買い取りを規制する強いルールがないことが挙げられます。※銅線、太陽光発電設備ケーブル、水道使用量の検針に使われる水道メーター、側溝のグレーチング、公共施設などの水道の蛇口、ビニールハウス内散水用ポンプの金属製バルブ、エアコンの室外機、金属製フェンスなど。

 買い取り業者に持ち込まれる金属は金属くずとして扱われ、ほとんどの場合、溶解されるなどして、そのままの形では流通しません。盗難品の売買防止対策に、買い手に本人確認や帳簿保存などを義務付ける「古物営業法」がありますが、これは形をほとんど変えない中古品の売買を対象とするもので、買い取り後に形を変える金属くずはその対象外です。

 日本では、太平洋戦争前から1950年代ごろまで金属(金属くず含む)は軍事物資と見なされ、特別に管理されていました。こうした状況の中、1949年に「古物営業法」が施行され、中古品と金属くずの扱いが明確に分かれました。この前後から、金属くずの売買は自治体ごとに条例で規制することとなり、今に至っています。

 こうした状態を改善すべく近年、複数の自治体で関連する条例の制定・改正を行う動きが出てきています。

図:条例で盗難品の流入を規制する動き

出所:各種資料を基に筆者作成

 ですが、法律ではないため全国をカバーできず、県外に盗品が持ち出された場合、適用できない場合があることや、制定・改正に時間がかかる場合があること(茨城県警は複数回、起案を見送っている)などが課題となっています。

 また、法制化を検討するにあたっては、古物営業法(中古品の売買を扱う)とのすみ分けが必要であること、金属の盗難が目立っていない地域では重要度が高くないことなどに留意する必要があり、全体として、金属の盗難や盗難品の買い取りを規制する動きはなかなか進んでいないのが、実情です。

盗難撲滅は横断的な対応で実現できる

 金属盗難の問題は単なる盗難なのではなく、買い取る業者、その金属を溶解する業者、それを運ぶ業者、そしてそれを保管する業者、さらにはそれを使用する業者がいて成り立っているといえます。点と点を結んでできた面を一網打尽にしなければ、盗難を撲滅することができないでしょう。「横断的な取り組み」が欠かせません。

図:国内で発生している金属流通上の問題(一例)

出所:筆者作成

 買い取り業者に認証制度を設けることは、関連する条例がある自治体で実施されています(検討中の自治体もあり)。こうした認証制度を、溶解する業者、運送する業者、保管する業者、使用する業者、輸出する業者など、金属流通に関わる業者全てに導入することにより、盗難品の流入や流通を減少させることができると考えます。

 その結果、それが抑止力となり、盗難を減らす効果も期待できます。

 足元、金属の盗難や盗難品の流入・流通を法律で規制することを望む声が各所で上がりつつありますが、これらはまとまる必要があると筆者は考えています。流通に関わる上記の業界が横断的に手を組み、声を大きくしていくことで法制化の機運を大きくしていくことができると考えます。

 溶解と保管に関わる認証制度について、筆者は以下のようにイメージしています。LBMA(ロンドン貴金属市場協会)が行っている溶解業者の認証制度、LME(ロンドン金属取引所)が行っている倉庫業者の認証制度をまねます。

図:溶解・保管の段階でできる認証制度

出所:筆者作成

 認証された溶解業者は、疑わしくない品のみを溶解し、一定の品質の流通しやすい半製品を作り、それに刻印を施します。認証された倉庫業者は、認証された溶解業者から納入された金属のみを保管します。そして、その倉庫業者が発行する、金属の種類や数量、保管場所が明記された証書である「倉荷証券」を売買できる先物市場を創設します。

先物市場の創設は盗難防止の機運を生む

 こうした仕組みを導入することで、流通段階における盗難品の排除、トレーサビリティの強化、円滑な流通が実現できると考えられます。もともと先物市場には、公正な価格の発見、現物調達手段の多様化、ヘッジ機能の提供、投資機会の創出などの役割があります。

 これらの役割を金属スクラップ先物市場(仮称)が強く果たしていくことで、日本に正しく管理された流通経路や価格が生まれ、それが抑止力となって、社会問題になっている金属盗難を減らすことができると考えます。

図:金属スクラップ先物市場の創設の意義

出所:筆者作成

 冒頭で述べたとおり、米国における自動車排ガス浄化装置の盗難件数は、貴金属価格が下落してもなお、高水準のままです。日本においては、価格が高騰していても盗難を減らすことができる仕組み作りを行っていかなければなりません。それには、業界を横断した動きが必要不可欠です。

 ある意味、金属を買い取り、溶解して形を変えることは「作る」ことであり、それを使用することは「使う」ことだといえます。そもそもこの金属盗難の問題は、実はSDGsのテーマの一つである「作る責任・使う責任」と深く関わっているといえます。

 実は、金属窃盗を食い止めようとする全体的な動きは、盗難件数の減少や正しい品の流通を促進することだけでなく、国際的な発信力を強めることにもつながります。盗難が増えているというピンチを、チャンスに変えていけるよう、横断的な取り組みが期待されます。

[参考]コモディティ関連の投資商品例

海外ETF(上場投資信託)(NISA(ニーサ:少額投資非課税制度)成長投資枠活用可)

インベスコDB コモディティ・インデックス・トラッキング・ファンド(DBC)
iPathブルームバーグ・コモディティ指数トータルリターンETN(DJP)
iシェアーズ S&P GSCI コモディティ・インデックス・トラスト(GSG)

投資信託(NISA成長投資枠活用可)

SMTAMコモディティ・オープン