日本も高インフレ国に

  日本のインフレ率が急速に高まっています。8月の総合インフレ率(CPI[消費者物価指数]総合指数前年比上昇率)は3.2%、エネルギーと生鮮食品を除くコアコア・インフレ率(CPIコアコア指数前年比上昇率)は4.3%に達しています。

日本のインフレ率(CPI前年比上昇率)推移:2020年1月~2023年8月

出所:総務省より楽天証券経済研究所作成

 ガソリン補助金などでインフレを抑えていても焼け石に水、物価上昇に歯止めがかかっていません。この期に及んで、日本銀行が「インフレ率2%がまだ安定的に達成できていない」と言い続けているのは理解に苦しみます。

 以下の通り、足元のインフレ率は日米きっこうしています。米国の高インフレが問題になりFRB(米連邦準備制度理事会)が史上例のない急ピッチの利上げが必要になったのに対し、日銀が「大規模緩和を修正する必要がない」と言い続けていることに違和感を覚えます。

日米の総合インフレ率(CPI総合指数の前年同月比上昇率)推移:2020年1月~2023年9月(日本は8月まで)

出所:米労働省および日本の総務省より楽天証券経済研究所が作成

 日銀は、日本も高インフレ国になってきている事実を、きちんと認識すべきです。日本は少子高齢化の国なのでインフレは一時的、どうせデフレに逆戻りするとの思い込みがありますが、私は日本も既に高インフレ国に仲間入りしていると考えています。

 その最大の理由は、異次元緩和やり過ぎ、通貨を増やし過ぎたことです。財政規律が働かず、これからも政府支出は増え続け、国債発行量は増え続けることが予想されます。いくら少子高齢化の国でも、ここまで規律の無い金融緩和をやり続ければ深刻なインフレになることを、これから日本は経験することになると考えています。

 財政規律がまったく働かないことから、日本の普通国債発行残高は、2023年3月末時点で1,043兆円に達しています。それでも日本でインフレ率・金利の上昇が遅かったのは、日本の家計が、1,107兆円もの現預金を抱えているからです。

 今後、インフレによって実質価値が目減りしていく現預金を減らす動きが出てくれば、それが、さらなるインフレ高進の契機となる可能性があります。

インフレは国民生活にマイナスでも株にプラス

 インフレは、景気や株価にプラスでしょうか、マイナスでしょうか? 一言で言えば、「適度なインフレはプラスだが、過度なインフレはマイナス」です。FRBは2%程度のインフレが望ましいとしていますが、米国のインフレは3~4%にとどまり、行き過ぎたインフレが景気にも株価にもマイナス影響を及ぼす可能性が懸念されています。

 それでは、日本のインフレはどうでしょうか。日本の総合インフレ率は3.2%まで上昇しています。これを「悪いインフレ」という人もいますが、私はそうは思いません。日本は長期にわたりデフレが続いてきたために、国際比較で物価も賃金も地価も株価も割安になっていると判断しています。低すぎる価格に対する適切な調整が始まっていると考えています。

 私は現在の日本のインフレは企業業績・株価にとってプラスの「良いインフレ」と考えています。念のために申し上げると、どんなインフレも国民生活にとってはマイナスです。「日本は良いインフレ」と私が言っているのは、あくまでも日本の企業業績・株価への影響のことです。

 ここで、理論経済学からみたインフレの考察についてお話しします。理論経済学では、まず「全てのモノやサービスが均等に値上がりする」インフレを想定します。仮にインフレ率が10%として、全てのモノやサービスが10%値上がるとしましょう。すると、企業の利益は10%増加して、株価は理論上10%上昇します。なぜでしょう。

 企業の売上高は10%増加します。10%の値上げが通るからです。一方、原材料費も人件費も光熱費も交通費もあらゆる費用が全て10%増加します。すると、売上高から原価や販売管理費、税金などを差し引いた利益も10%増加します。1株当たり利益が10%増加しますのでPER(株価収益率)での評価が変わらないとして、株価は理論上10%上昇することになります。

 このように完全な均等インフレが起こると、経済への実質的な影響は限りなくゼロに近くなります。労働者は賃金が10%増えるが、物価が10%上がるので購買力は変わりません。株に投資している人は、株価が10%上昇するが、物価が10%上がるのでやはり購買力は変わりません。

 それでは、完全均等インフレ下では、経済への影響はゼロなのでしょうか? そんなことはありません。すごく損をする人と、得をする人が出ます。

 損をするのは、現金・預金を保有している人です。利子がほとんどつかない中で、物価が10%上昇すると、預金の価値は実質10%目減りします。それでは、誰が得をするのでしょう? 得をするのは、借金をしている人です。借金の価値が実質10%目減りするからです。

 日本で最大の借金主は「日本国」です。普通国債の残高だけでも昨年末で1,026兆円あります。つまり、インフレで一番得をするのは「日本国」です。均等インフレで企業の利益や個人の所得が10%増えると、法人税や所得税も10%増加するからです。それでも借金の残高は変わらないので、実質的に借金の価値が10%目減りすることとなります。

 このように、インフレによって家計が保有する現預金を目減りさせると同時に、国が抱える借金の価値を目減りさせることを、「インフレーション・タックス(インフレ税)」といいます。家計が保有する現預金から10%の税金を取ったのと同じ効果が、実質的に得られるからです。巨額の借金を積み上げた国では、インフレーション・タックスが起こりやすくなります。

 コロナ禍の2020年・2021年、世界各国はこぞって財政の大盤ぶるまいで景気たて直しをはかりました。その効果で、世界各国の政府債務は急増する一方、個人が保有する現預金も大きく増加しました。その行き過ぎを是正するために、インフレが起こり、インフレーション・タックスによって個人預金と政府債務を目減りさせていると見ることもできます。

インフレ・サプライズに備え一定比率の日本株保有が必要

 長期の資産運用は、さまざまなリスクに備えて分散投資が必要です。マクロ経済環境に関するリスクとして意識すべきは2つあります。

【1】世界不況のリスク

 株の下落率が大きくなります。大きなダメージを受けないよう、株ばかりではなく債券や現預金にも資産を分散させる必要があります。

【2】インフレのリスク

 現預金の購買力が目減りします。高インフレで大きなダメージを受けないよう、債券や現金だけでなく、株にも資産を分散させる必要があります。

 2023年後半から2024年にかけて、日本経済は、インフレ・サプライズを経験することになると予想しています。つまり、大方の予想に反し、日本のインフレ率は3%台の高水準が続くと予想しています。そうなるリスクに備え、一定比率の日本株保有は必要と判断しています。

 個人個人によってアセットアロケーション(資産配分)は大きく異なると思いますが、平均値で見ると、日本の家計の金融資産は、現預金の保有が大きすぎるので、世界不況のリスクには一定の耐性があるものの、インフレのリスクには弱いと考えています。

日本の家計の金融資産2,115兆円の内訳:2023年6月末時点

出所:日本銀行

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