景気は底打ちしたか?回復傾向も依然迷走する中国経済

 中国経済の現在地を巡る評価や見方が錯綜(さくそう)しているように見受けられます。8月の工業生産は前年同期比で4.5%増、小売売上高は同4.6%増で、前月、市場予想を上回りました。  

 この動向を受け、低迷してきた中国経済がついに底打ちしたのか、という見方が市場関係者の間でも広がりました。

 9月のPMI(購買担当者景気指数)は、8月と比較して以下のようになっています。以前も本連載で扱ったように、中国では、国家統計局が発表するPMIと財新が発表するPMIの2種類があり、後者のほうが、沿岸部における中小企業を調査対象としていることから、景気の良しあしをより敏感に反映しやすいといわれています。

  製造業 サービス業
国家統計局PMI 50.2(0.5)  51.7(0.7)
財新PMI 50.6(▲0.4) 50.2(▲1.6)
国家統計局と財新の発表を基に筆者作成。
PMIは国家統計局が発表、財新PMIは財新が発表。()は前月比増減。▲はマイナス。

 国家統計局、すなわち中国政府が発表する製造業PMIが、ついに景気の良しあしの境目となる50を上回り、サービス業も顕著な上昇を見せたことが、中国経済の底打ち説に拍車をかけているように思われます。一方、財新PMIは製造業、サービス業ともに前月を下回ったことから、中国経済が抱えてきた需要不足という構造的矛盾から立ち直っていないのではないかという分析も出てきています。

 また、10月2日、世界銀行は2023年の中国経済成長率を4.4%増と見通し、4月から0.4ポイント下方修正しました。このように見てくると、中国経済の現在地と先行きを巡る情勢は、少なくとも、依然として「迷走」しているというのが実態ではないか、というのが私の分析です。

 不動産業界で物議を醸してきた恒大集団の創業者・許家印氏が、犯罪容疑で強制処分を受け、同社の香港証券取引所での売買が停止に追い込まれるなど、中国経済を巡るネガティブなニュースも絶えません。先週、先々週のレポートで扱ってきたように、中国政府は不動産市場を下支えするための措置を継続的に取っており、9月の関連統計結果が気になるところです。

コロナフリーの国慶節休暇は景気回復の起爆剤となるか

 中国は現在、国慶節休暇のさなかにあります。9月29日から10月6日、1週間におよぶ長期休暇です。コロナ禍が明け、初めて自由に、すなわちコロナフリーで国内を旅行できるようになり、人によっては海外旅行にも出かけられるようになりました。

 中国政府が発表した統計によれば、国慶節期間、国内旅行に出かける国民の数はのべ8.96億人に達し、前年比で86%増、国内観光収入は7,825億元(約16兆円)になる見込みとのことです。経済が発展している上海近郊や広州近郊では、ホテル、飛行機の予約数は昨年の5倍以上に上るという見方も示されています。

 私の知り合いでも、国慶節休暇を利用して国内旅行、海外旅行に出かける方々が多く、日本に来る知人も少なくありません。処理水問題は日中間のヒトの往来やビジネスにとって確かに不安要素ではありますし、日本の水産業界、中国の飲食業界などへの打撃は決して軽視できませんが、中国で反日運動が広がる、中国人が日本へ観光に来なくなる、日本企業・製品が中国でボイコットに遭うといった事態にまではならないだろうと私は見ています。中国政府も、景気回復、治安維持といった観点から、日本との関係は安定的に管理したいはずです。

 中国政府は2023年の成長率目標を5.0%前後に設定しています。この目標を達成するためには、特に10~12月期の指標が重要になってくると私は見ていますが(今月発表される7~9月期の統計にも注目)、その意味でも、コロナフリーで迎えた国慶節休暇が、特に個人消費の分野でどれだけ景気回復にとっての起爆剤になるかが重要になると思われます。

米中関係の改善は中国経済の追い風となるか

 第4四半期に当たる10~12月の中国経済を占う上で、私がもう一つ鍵を握る要素になると考えているのが米中関係です。日本では「米中対立」の4文字が枕詞のように市場や世論を出回っています。確かに、バイデン政権率いる米国は中国を「世界秩序やルールを変更する意図や能力を持った唯一の国」と定義し、習近平政権率いる中国は米国を「中国の台頭を封じ込め、中国の体制を転覆させようとしているいじめ国家」と認定しています。先端技術、人権、経済、軍事、台湾などあらゆる分野・問題を巡り、米中が覇権争いを展開する局面は、長期的に続いていくと見たほうがいいと思います。

 一方、今年2月、中国の気球が米国の領空を侵犯した事件が起きて以来、一気に緊張感が高まった米中関係ではありますが、6月にブリンケン国務長官、7月にイエレン財務長官、ケリー気候変動担当大使、キッシンジャー元国務長官、8月にレモンド商務長官と、閣僚や要人が相次いで中国を訪問しています。

 9月には、王毅中央政治局委員とサリバン国家安全保障担当大統領補佐官がマルタ島で約12時間協議を行い、ほぼ同時期、国連総会に出席するために米国を訪問した韓正国家副主席がニューヨークでブリンケン国務長官と会談しています。来週には、上院議員が超党派で訪中し、習近平国家主席との会談も模索するという報道も出ています。

 要するに、米中関係には対立と対話、競争と共存という2つの軸があり、対立し、競争しているからこそ、対話を通じて共存するというベクトルも相当程度機能しているということです。

 その意味で、2023年最大のクライマックスを迎えると思われるのが、11月に米サンフランシスコで開催されるAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議です。私か把握する限り、習近平国家主席はこの会議に出席し、かつ国家副主席時代から付き合いのある旧知のバイデン大統領と会談すべく、両国政府は緊密な協議、交渉を進めているというのが現状です。結果的に、習近平主席がどのような形で米国を訪問し、米中首脳会談が実現するのか、非常に見ものです。

 言うまでもなく、米中2大国がどのような関係にあるのかは、国際関係、世界経済にも根本的な影響を及ぼしますし、日本で日増しに関心や懸念の高まっている台湾有事にとっても決定的なインパクトをもたらします。「米中対立」を抜きにした「台湾有事」は考えられないのですから。そして、仮に台湾海峡で戦争を含めた武力衝突が勃発すれば、それこそ世界経済やマーケットへの影響は、リーマンショックどころではなくなる可能性も大いにあります。

 今年も残すところ3カ月弱。米中関係の行方にもしっかり注目していきたいところです。

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